2019年10月にNumberWebにて配信した『セリエA ダイレクト・レポート』の「脅迫、暴行、報復上等の半グレ集団。ウルトラスの実態を潜入記者が語る。」は、イタリアサッカーの暗部に迫る記事として、「もっと多くのエピソードを読みたい」など多くの反響を受けた。

 そこで新春特別企画として、潜入取材した弓削高志さんが体験した生々しい実態を、全5回にわたってお送りする。最終回はクルバを率いるリーダーの言葉、そしてウルトラスという文化について――。

“ウルトラス”とは何者なのか。

 本場イタリアのグループの一員になった僕はある日、リーダーのカルミネに尋ねてみた。

「俺の前の仕事? 軽トラックの配送だよ。乳製品を工場から小売店に配達すんのさ。15年間毎日、毎日モッツァレッラ、モッツァレッラだぞ!?」

 中肉中背。どこか左とん平を思わせるカルミネには愛嬌があって、彼はたいがいは人懐こい笑顔を浮かべている。だが、彼は一度クルバ(ゴール裏スタンド)で拡声器を握ると、泣く子も黙る悪鬼へと豹変した。

 カルミネと発煙筒の煙にまみれ、チャントに声をからし、敵対グループとの抗争に身を置く週末を過ごしながら、僕は日本にいた頃、衛星TVの画面の向こうに憧れた海外サッカーのスタジアム文化の中枢に届きつつある、という実感をつかんでいた。

 W杯を4度制したこの国のサッカーを構成する、何か大事なものが“ゴール裏の裏”にもきっとある。僕はそれが知りたかった。

発煙筒300本持ちこんだっけなあ!

 本名カルミネッロ・クアルトゥッチョ。通称カルミネが仲間たちとウルトラスグループ「ボーイズ」を結成したのはもうずっと昔、1986年のことだ。78年に創設された町最初のグループ「ウォリアーズ」は、4年限りで解散していた。

「俺はまだ17歳だったが、ガキの集まりでもレッジーナを愛する気持ちは誰にも負けなかった。だからグループ名は『ボーイズ』なのよ」

「これまでで最高の思い出? そりゃあ、'99年に(レッジーナが)セリエA初昇格を決めた試合だな。あんとき、トリノとのセリエB最終節にこの町から2万人が行ったんだ。2万人だぞ! (当時のスタジアム)『デッレ・アルピ』に発煙筒300本持ち込んだっけなあ」

 半島南端のレッジョ・カラブリアと北都のトリノとは、1400km近く離れている。電車移動ならどうやっても最低12時間はかかる距離だ。

「いいことばかりじゃなかった。'89年の(セリエA昇格をかけた)プレーオフで、クレモネーゼにPK戦で負けたときは最悪だった。700km離れた(中立開催地)ぺスカーラに町から3万人が駆けつけた。向こうの応援団はたった700人だったっていうのによ、あんときの悔しさときたら……」

カルミネが伝説となった大立ち回り。

 カルミネの武勇伝で最も有名なのは、2000年秋に起きたブレシア戦での大立ち回りだ。

 レッジーナがセリエAに昇格して2年目のシーズンだった。

「残留争いの直接対決なのにちんたらやっていて、頭にきたから」という理由で試合中にピッチに乱入したカルミネは、取り押さえようとするスチュワードや警官たちをベルトでぶちのめした。騒動を起こした他の20人とお縄になった後、4カ月間のスタジアム出入り禁止処分を受けた。

 試合のある日曜日には、試合のある時間帯に3度警察署に出向き、署名する義務があった。サインが1度でも欠けると罰金300ユーロだった。

 試合の間何をしていたのかと聞いたら、「海岸の散歩道を独りでぶらついてた」と寂しい答えが返ってきた。「スタジアムに近いから歓声が聞こえてくるんだよ。あんときはつらかったな……」

 リーダーとしては純粋すぎるところがカルミネにはあった。

 2002-03シーズンのホーム最終節で、試合終了後クルバに挨拶に来なかったレッジーナの選手たちに腹を立てた彼は靴を両方とも投げつけると、白い靴下のままフェンスを乗り越えてグラウンドに乱入した。

「何で来てくれないんだ! 一緒に戦った仲間だろ!?」とベンチ前に詰め寄った後、クルバに連れ戻された。

 唇を歪め、子供のように泣きじゃくっていたカルミネを、スタジアム中が見守った。

激情家だからこそ、まとめ上げられた。

 激情家だからこそ、複数のウルトラス・グループをまとめ上げることができた。カルミネには、ゴール裏スタンドだけでなくスタジアム中を巻き込むエネルギーと魅力があった。

 他のメンバーと比べて大人になり切れていないようなところがあったが、グループの経理だとか実務的活動は、実生活でも卸業をしているらしい参謀役のチーチョが仕切っていた。

 中心メンバーの1人、アントニオはスーパーで働いていた。僕と同じ市内のアマ野球クラブにも所属していて、ゴール裏以外でも球場で一緒に汗を流した。

 手先が器用なポーランド移民のジュゼッペは、タトゥー職人だった。即席横断幕を作らせたら奴の右に出る者はいなかった。

 下は14歳から上はアラフィフまで、ウルトラスの仲間たちは確かに粗暴で言葉遣いも荒かった。だが、皆それぞれに生活があり、家族があり、ゴール裏以外の人生があった。

当時の監督も「独特だ」と表現。

 海峡ダービーに連敗した監督マッツァーリ(現トリノ)の試合後の会見をよく覚えている。

「言葉にするのは難しいんだが、レッジョのクルバ・スッド(南側ゴール裏)にいるファンというのは何か独特だ。イタリア中を見渡してみても特別な部類に入ると思う。彼らは自分たちの下に選手が集ってくれること、一体となることを強く求めてくる。私はそんなレッジョの空気が好きだがね」

 現役時代や指導者のキャリアを通じて国中のクルバを見てきた指揮官は、レッジョのファンに「勝てなかったことを詫びたい」と心から述べた。

 そして、翌シーズン以降4度戦った海峡ダービーを2勝1分1敗と勝ち越すことで、町とクルバに報いてみせたのだ。

ウルトラスの語源は19世紀らしい。

「ウルトラス」の語源は、19世紀のフランスにあるらしい。

 第2次復古王政期(1815−30)に反動政治を進めた過激な保守派グループ「超王党派(Ultra-royaliste)」を語源とする一説が有力とされている。もともと極右活動家の集まりだったという話だ。

 第2次大戦後の復興期を経たイタリア・サッカー界が、黄金時代へ向けて突き進み始めた'60年代、各クラブの応援風景も発展の一途をたどった。応援活動は組織化され、過激化した。

 数の力が、票田として政治活動にも影響をもたらすほど肥大化し始めたことに気づいたイタリアの新聞やTVが、フランスの故事にならい「ウルトラス」という表現を使い始めたとされている。

 もちろん、「ボーイズ」の連中との会話で「フランス王政」なんて単語が出てきたためしは一度もないが、ときどき難解な横断幕に出くわすことがある。

「URBS FOEDERARATA 264 a.c.」

 メッシーナのウルトラスが、ダービーのときに即興の横断幕で掲げた文言だ。紀元前264年というのはわかったが、スタジアムでラテン語を見てもお手上げだった。

イタリアのクルバは特別だ。

 帰宅後に調べて、当時の都市国家メッシーナが共和制ローマの一部となったポエニ戦争を誇示する意味だとようやくわかった(つまるところ、“俺たちメッシーナは栄光ある古代ローマの時代から歴史があるんだ。すげえだろ”と威張りたかったのだ)。

 世界史の授業を思い出した。

 ウルトラスの世界を読み解くのに、歴史や教養、アイロニーの素養が必要になることがある。だから、僕はイタリアの横断幕やコレオグラフィーを、れっきとした文化だと考えている。

 幸いなことに、僕はいろいろな国のスタジアムへ行く機会に恵まれた。

 欧州5大リーグを始め、北欧デンマークから東はウクライナ、西はポルトガルまで。狂信的で知られるトルコや独特の雰囲気があるスコットランドにも通った。

 だが、やはりイタリアのクルバは特別だ。

ウルトラスは少なからず反社である。

 目を閉じれば、今でも南イタリアのゴール裏で殴り殴られ、揺さぶられながら歌ったチャントをそらんじる事ができる。

 鮮やかな火花。さまざまな煙の匂いと大量の口笛に共鳴する鼓膜の痛み。

 あそこで見たもの、感じたことを思えば、クルバは社会の掃き溜めかもしれないと思う。

 デジタル・テクノロジーの進化とポリティカル・コレクトの潮流に乗るサッカーの世界は、クリーンな方向へ一直線に進んでいる。

 日本的視点でいうなら、イタリアで「ウルトラス」と名のつくグループは少なからず違法活動に手を染める圧力団体であり、右派・左派を問わず政治活動と結びつきを持つ反社会的勢力だ。

 実のところ、「熱狂的ファン」と「ウルトラス」の境目はどこにあるのか、横断幕やチャントの表現はどこまで許容されるべきなのか。そんな議論は、イタリアのファンの間でも絶えない。

 ウルトラスのような前時代的存在は煙たがられ、少しずつ絶滅の道へ追いやられるのだろうか。

ファンとウルトラスの違いだって?

「普通のファンとウルトラスの違い? そんなの、決まってるだろ」

 いつか、カルミネに聞いたことがある。

「普通のファンってのは1人、2人集まったらそれで終わりだ。ただな、ウルトラスは違う。皆で1つになって、揃って応援する。そうすりゃそれはもう“ウルトラス”なんだよ」

 彼の答えは、いかにもアナログ的で、面倒で、でも人間っぽかった。

 寒さがちょっと厳しい日には近所のバールに飛び込んで、壁の棚に「ボルゲッティ」の酒瓶を探してみる。

 1999年から2009年にかけてセリエAを戦った、南イタリアのレッジーナというチームを思い出しながら20度のそれを一杯呷ると、ゴール裏に行かなくちゃという気になる。

 僕は今でも、クルバに呼ばれている気がする。

文=弓削高志

photograph by Takashi Yuge