数年前、日本に帰った折に「知り合いの知り合い」みたいな人と、少し議論みたいなことになった。

 それは「サラリーマンには夢みたいな年俸を貰って“メジャーリーグ挑戦”なんて、言葉の使い方がおかしい。正確には“メジャー移籍”と書くべきだ」という相手の言葉に端を発したものだった。

「日本のプロ野球よりメジャーの方がレベルが上だと見られているから、“挑戦”になってしまうんじゃないですかね」と返したのが文字通り、売り言葉に買い言葉になってしまい、そこから「WBC連覇で日本プロ野球が世界一だと証明された」対「WBCはサッカーのワールドカップのような真の世界大会ではない」とか、「イチロー(当時現役)はメジャーでも一番になった」対「イチローが今でも日本でやってたら、打率4割とか三冠王とか達成している」みたいなことを不毛に言い合った。

 あの「知り合いの知り合い」は今でも、他の誰かに「そんなのは“メジャー挑戦”とは呼ばない」と言い張ってるのだろうか――。

秋山が7億、筒香が6億で契約。

 なぜなら、前埼玉西武ライオンズの秋山翔吾外野手がレッズと3年総額2100万ドル前後の契約(年俸7億7000万円、1ドル110円換算)、前横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智外野手がレイズと2年総額1200万ドル(年俸6億6000万円)、そして前読売ジャイアンツの山口俊投手がブルージェイズと2年総額635万ドル(年俸3億4925万円)で契約しての”メジャー挑戦”が今季、始まるのだから。

 今年、新しく“メジャー挑戦”する3人に期待する気持ちは膨らむばかりだが、とくに秋山と筒香の2人がオープン戦でしっかり結果を残して「開幕メジャー」を手にすれば、「投打二刀流」の大谷翔平選手は別として、2017年の青木宣親外野手(現東京ヤクルト)や川崎宗則内野手(昨季台湾・味全)以来となる新しい「日本人野手」が誕生することになる。

“メジャー挑戦”は死語にならない。

 メジャーの日本人野手についてはよく「成功例が少ない」などと言われるが、過去のサンプル=実例そのものが少ないので、そういう言い方はフェアじゃない。

 外国人枠がなく、カナダやメキシコ、ドミニカ共和国やベネズエラなどから全体の3割近くにあたる外国人選手が活躍しているメジャーでは、日本人選手は今でも圧倒的少数派である。

 だから、“メジャー挑戦”という言葉はいつまで経っても死語にならないし、“メジャー挑戦”をする日本人野手はいずれも「次に来る日本人野手たち」への責任も背負ってしまうことになる。

「そんなのは日本人メディアの勝手な押し付けじゃないか」

 それは否定しないが、同時に断言もしておきたい。

 メジャーリーグの各球団や代理人は、過去の契約例をもとに交渉を進めるので、今まで“メジャー挑戦”を果たした日本人野手の多くの活躍の度合いが、秋山や筒香の契約交渉の際に「前例」となって考慮されたことを。

 レッズもレイズも「リスクよりもリターンの方が高い」と見込んで秋山と筒香の2人と契約したのは間違いないだろうが、他の多くの選手同様、この投資が失敗に終わる可能性だってある。

 だから、我々はそれを“メジャー挑戦”と呼ぶのだ。

千賀「日本とメジャーは別物」

「日本のプロ野球よりメジャーの方がレベルが上」というのが言い過ぎなら、ソフトバンクの千賀滉大投手が2017年のWBC後に話したように「日本とメジャーは別物」である。

 それに順応する努力や厳しさはあって当然。そういう姿を取材を通して目の当たりにしてきた手前、それを単純に「メジャー移籍」などと呼べないのである。

 青木がブルワーズの控え外野手から右翼の定位置を獲得した当時、ロン・レネキー監督(現レッドソックスコーチ)はこう言っている。

「何かとパワーが推奨される本塁打の時代だからこそ、ノリのような選手が目立ち、むしろ、チームから必要とされるのだと私は思う」

日本人野手への評価は高まっている。

 川崎が控え野手としてメジャーとマイナーの間を行ったり来たりしながら、108年ぶりのワールドシリーズ優勝を目指していたカブスの中で存在感を示していた当時、ジョー・マドン監督(現エンゼルス監督)はこう言っている。

「彼がブルージェイズで応援団みたいな存在になっていたのは知っているが、こんなにも良い野球選手だということは知らなかった」

 それらは日本人メディアへの社交辞令かも知れないが、メジャーリーガーとして活躍できなかった選手に対して、取材現場でそういう言葉を聞いたことは一度もない。

 青木や川崎が“メジャー挑戦”した時代よりも、日本人野手への評価は契約内容を見る限り高い。その分、周囲を驚かせるのは簡単なことではないが、だからこそ、の“メジャー挑戦”なのだ。

 イチローが切り開き、その後に続いた選手が築いてきたメジャーリーグにおける日本人野手の位置。

 それは今、秋山や筒香に託されている――。

〈追記〉菊池涼介内野手(広島)は、交渉が不調に終わって日本球界への残留を決断した。向上心のある野球選手が『メジャーに挑戦したい』と思うのは自然なことだが、日本のしがらみの中で実際に「動く」のは簡単ではない。残念ながらスタートラインには着けなかったが、彼が自分の「気持ち」に従ってプロフェッショナルな行動をしたことは、リスペクトして然るべきだろう。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO