渋谷、青山学院。

 令和になって初めての天皇杯で優勝したサンロッカーズ渋谷は、東京都渋谷区にある青山学院記念館という体育館をホームに戦うバスケットボールクラブである。

 新春の箱根駅伝の青山学院大学がチーム全員で1本のタスキをつないで頂点に立ったように、まさに「全員バスケ」で渋谷は5年ぶり2度目の天皇杯のタイトルを手にした。

 川崎ブレイブサンダースとの決勝は、大会史に残る死闘となった。スコアは78−73。

 勝利の要因はどこにあったのか。

 石井講祐と関野剛平の2人の新加入選手と、伊佐勉ヘッドコーチ(HC)の言葉や決断とともに振り返っていく。

3人の外国人のうち、誰を起用するか?

 決勝当日の1月12日、伊佐HCは4時半に目が覚めた。

 前夜に布団に入ってから3時間しかたっていない。睡眠は頭の回転をよくしてくれるから、「もう少し眠らなければ……」と考えて、ウトウトしたものの、およそ1時間がたったころ部屋のカーテンを開けた。

 8時に予定されているコーチ陣のミーティングまでは時間がある。前の晩からどうしても決断しきれなかった問題の答えを探るため、思考を巡らせることにした。

 外国籍選手をメンバーに登録できるのは2名まで。そんなルールがあるから、チームにいる3人のうち誰をこの試合で起用するのかについて、最後まで頭を悩ませていたのだ。

 まず、スモールフォワード(SF)が本職で、パワーフォワード(PF)もこなすライアン・ケリーを起用することについてはすぐに決まった。アシスタントコーチ(AC)陣からもほぼ異論はなかった。

 悩んだのは、次の2人の内のどちらを起用するのかについて、だった。

 1人目の候補が、パワーに秀でたセンター(C)のチャールズ・ジャクソン。

 今季ジャクソンとケリーの2人で戦ったリーグ戦で、敗れたのは10月23日の宇都宮ブレックス戦だけ。宇都宮は負傷などでインサイドの選手3人を欠いていた非常事態ゆえに、極端に機動力重視の戦いを挑んできた試合だった。いわば奇策にやられてしまった。見方を変えれば、正攻法の戦いでは一度も負けていない。

 また、ジャクソンは前日の天皇杯準決勝に出場していないためフレッシュな状態だ。そのうえ、今季はすでに川崎とリーグ戦を2試合戦って1勝1敗だったが、勝ったほうの試合はジャクソンがチームトップタイの22得点をあげて勝利に貢献してくれていた。

アシスタントコーチの意見は分かれた。

 もう1人の候補が、スピードがありCもPFもこなせるセバスチャン・サイズ。

 昨年10月26日の川崎との対戦では彼とケリーが一緒にプレーして敗れていた。また決勝に出場する可能性を見越して24分20秒の出場に「制限」していたものの、前日の準決勝でプレーした疲労もある。

 一方で、川崎のジョーダン・ヒースのマークをするにはサイズが最適だという考えもあった。ヒースはPFながら、リーグ戦で3Pを、リーグ記録を大きく更新する数字となる52.3%の高確率で決めている。彼がインサイドにいるときにも、アウトサイドに出たときでも、上手く守れる「脚力」が必要だった。

 どちらを起用すべきか。

 コーチミーティングでACたちに意見を求めると、推す選手が2対1で分かれた。

 ただ、多数決をするつもりはなく、伊佐HCがACたちに求めたのはその選手を起用したときのメリットとデメリットについての意見だった。

 最後に決断する権利も、決断の責任も、HCにある。

「ジャクソンには申し訳ないけど、サイズで行こう!」

 後になってみれば、この決断が優勝を決める要因の1つとなった。

同点シュートが5本、逆転シュートが7本も。

 川崎との決勝戦は、どちらに転んでもおかしくないシーソーゲームとなった。

 78−73という結果から感じられる以上に拮抗した内容で、同点のシュートが5本、逆転のシュートが7本も記録された。

 そんな試合で渋谷の攻守のキーとなったシーンをそれぞれ1つずつ見ていく。
 
 まずは、「攻撃」について。前半の最後の攻撃が、象徴的だった。

 残り36.1秒。2点を追う渋谷の攻撃はタイムアウトあけからスタートした。

 まず、川崎がマンツーマンディフェンスからゾーンディフェンスに切り替えてきた。これに上手く対応できずに、24秒のシュートクロックが残り4秒ほど(第2Qの残り時間は約15.6秒)で盛實海翔がどうにか3Pシュートを打った。

リーグ最多のオフェンスリバウンド。

 このシュートはリングにはじかれたが、渋谷の3選手がオフェンスリバウンドを取りに行き、ポイントガード(PG)の渡辺竜之佑がこれをつかみ、そのまま右アウトサイドにいた石井へパスを送った。

 ここに1つ目のポイントがある。

 今季のBリーグで、渋谷は1試合平均14.7本のオフェンスリバウンドを取っている。これはもちろんリーグ最多だ。

 近年のNBAでは、オフェンスリバウンドを狙いにいかないチームが増えている。オフェンスリバウンドに人数をかけて相手にリバウンドを取られると、速攻からイージーバスケットと呼ばれる簡単に得点を入れられる状況になるリスクが高いという統計があるからだ。

 伊佐もそのトレンドはわかっているが、10月27日にリーグ戦で川崎を下したあとに、オフェンスリバウンドをあえて取りに行かせた理由について、こう語っている。

「狙いにいくぶん、相手に走られます (笑) 。でも、うちにいるのはアクティブに動ける選手たち。オフェンスリバウンドを取れそうなメンバーだし、『取れなかったら、頑張って戻れ』と言えば、それを実行できるメンバーです」

3P王・石井はあえてシュートを打たず……。

 再び試合のシーンに戻ろう。

 オフェンスリバウンドをつかんだ渡辺からのパスを、石井が受けた時点で残り12.3秒。盛實のシュートが一度リングにあたっているから24秒のシュートクロックはリセットされている(このときは残り14秒を切ったので表示されていない)。

 石井が振り返る。

「あの時間帯は外からのシュートが続いていたのに、なかなか入っていなかったので、1本中に入れたいなと思っていて。で、パスを入れるなら(ニック・)ファジーカス選手のところをつこうと」

 この日、チームには攻撃の際、「ファジーカスを引き出せ」という指示が出ていた。

 昨シーズンにBリーグ史上最高確率での3P王に輝いた石井だが、この場面ではあえてシュートを打たず、サイズに手招きした。サイズが、石井の近くにいた川崎の辻直人にスクリーンをかける。

 右サイドにいた石井は反時計回りに回転するような動きで、ゴール下に向かうふりをし、同時にサイズがリングに向かって走る。リングの正面にたっていた川崎のファジーカスは、石井の方に寄ってくる。これでギャップが生まれた。

 石井からのバウンドしたパスを受けたサイズが豪快にダンクをたたき込んで、同点に追いついた。

全員が同じ共通理解をもてるように。

 3人のACのうちの1人で、琉球ゴールデンキングス時代にも伊佐のもとで働いたことのある浜中謙は、このシーンを見て、こう感じていた。

「まず、セバスチャン(・サイズ)は気持ちが盛り上がっている時には、パスをもらってすぐにシュートを打つことがありました。でも、リングにアタックして決めてくれたところに、彼の気持ち的な成長と、チームのコンセプトの浸透を強く感じました。
 
 今季、川崎さんと対戦して敗れた試合では、チームのコンセプトについてコートに出ている5人の内の3人は共有できていても、残り2人が出来ていないようなシーンが多かった。

 決勝戦当日のミーティングでも伊佐の口から『1つのプレーに直接関与するのが2人だけでも、残りの3人も含めて全員が同じ共通理解をもてるように』と説明があったのですが、それを感じさせてくれる場面でありました」

絶妙な「クロック・マネージメント」。

 見落としてはいけないのは、サイズのシュートが決まったあとのことだ。

 大急ぎでボールを拾ったファジーカスが、ゴール下からのスローインの準備をしたのが残り3.9秒。そこから一気に相手ゴールに向かって走るジョーダン・ヒースへ。しかし、ヒースがシュートを打つ前に前半終了のブザーがなった。

 再び、石井の回想に戻る。
 
「もちろん、ボールをもらったときに時計は視野に入っていて。残り12秒ちょっとだったので、すぐにシュートに行くのではなく、時間を使おうと思っていて。やっぱり、『クロック・マネージメント』は、すごく大事なので。

 普段から、残り何秒で何点差で負けている場面で……と想定した練習もしているので、そういう積み重ねが出せたのかなと」

 もしも、あと1秒でも早くサイズがシュートを打っていたら、おそらく川崎のヒースはゴールを決めていたはずだ。今季のBリーグで史上最高ペースで勝ち星を積み上げている川崎は、残り時間に応じたプレーが抜群に上手い。

ボールプレッシャーが最大のキー。

 緊張感のある場面で、川崎のお株を奪うようなプレーを見せたことは、同点に追いついた事実以上の重みを持っていた。だから、伊佐HCはこう表現する。

「決勝戦は結果的に1点を争うクロスゲームになったことからも、ファジーカスを引き出せという指示を遂行してくれたことからも、あれは後半につながるビッグプレーだったと思います」

 攻撃のシーン1つにも、かくも多くの意図が込められ、その成果が現れている。それでもなお、伊佐は優勝の要因については、「守備」の原則にあると明言している。

「ボールプレッシャーが僕らの最大のキーです」

 相手チームの攻撃時に、ボールを持っている選手とボール自体に激しくプレッシャーをかけること。それこそが、渋谷がもっとも大切にしているプレーである。

笑いながら守っている関野。

 そんな彼らの守備を象徴するのが、この試合の第2クォーターの残り8分29秒、相手からスティールした石井が決めて20−16となった後のこと。川崎は、熊谷尚也のスローインを、急造のPGを任された辻が受けた。

 相手陣内の深いところで、関野が猛然とプレッシャーをかけにいく。それでも辻はどうにかボールを運んできたが、ハーフラインをちょうど越えるあたりで、川崎のファジーカスの陰から石井が辻に向かって出て行った。石井のトラップに一瞬だけひるんだ隙に、2人がボールを奪いにかかる。最後は石井がボールをつかみ、そこから3秒もかからずに、サイズがレイアップを決めた。この直後、川崎はタイムアウトを取らざるを得なかった。

 ボールプレッシャーの申し子である関野について、伊佐HCはこう評している。

「相手にボールに持たせて、笑いながら守っているんですよ。ちょっと気持ち悪いくらいですが(笑)、相当、良いディフェンダーになるんじゃないかなと。彼はもっと伸びると思います」

 普通ならば苦しいと感じるはずの守備の局面の心理について、関野は笑顔を浮かべてこう話していた。

「自分たちの得点の後、相手の攻撃が始まるときにディフェンスをセットするんですけど……1対1の場面だなと気づいた瞬間に、他のことは考えないでよくなるじゃないですか。『絶対に守ってやろう、絶対にボールを獲ってやろう』と思って、なんか、笑っちゃっていますね」

川崎の3Pシュート成功率が低かった訳。

 とはいえ、ボールをキレイに奪って一気にゴールを決めた場面が、決勝戦でそれほど多くあったわけではない。川崎もまた、タレントと組織力を誇るチームだからだ。

 ただ終わってみれば、ボールプレッシャーの成果を示すこんなデータが残った。

 決勝戦での川崎の3Pシュート成功率、22.9%。

 Bリーグの1試合平均の成功率が最も低いチームでも30%、川崎はリーグ1位の38.1%を記録しているチームである。

 決勝戦でのこの成功率の低さは、渋谷の激しいボールプレッシャーが川崎の選手たちの体力を削り取っていったことと無関係ではない。

残り0.8秒で勝利を確信。

 決勝戦に出場したのは、川崎ではプレー可能だった10人のうち8人。一方の渋谷は、プレー可能な12人全員がコートに立った。ほとんど差が見当たらなかった両チームの差は、そこに見て取れる。

 渋谷は「全員バスケ」で「ボールプレッシャー」を40分間続けることができた。それを可能にしたのは、全員が出場することで、コートに立っている間は激しくプレッシャーをかけ、こまめにベンチで休む時間を取ることができたからだ。

 決勝戦の残り0.8秒のこと。前身の日立サンロッカーズ東京が2015年に天皇杯を制したときから今もチームに残る唯一の選手である広瀬健太が1本目のフリースローを決めた。

 4点差のリードとなり、優勝を確信した伊佐はベンチの先にあるエリアに座っていたジャクソンのもとへ歩みを進めた。

 ジャクソンが「コーチ、まだ試合は終わっていないよ」と言うのを聞く前に、伊佐は自分の目からあふれ出すものがあることを感じていた。

「試合前のチーム全体でのミーティングで『今日はライアンとセバスチャンで行く』といったときに、CJ(ジャクソンのニックネーム)は浮かない顔を少しだけ見せながら、しっかりとうなずいてくれたんですよ。

 どんな選手でも、ファイナルには出たいもの。申し訳ない気持ちはもちろんあって、優勝した際には彼と一番最初にハグをしたいと考えていました。でも、あのとき彼の顔を見た瞬間に、もう……」

ジャクソンは「オレはハッピーだよ」。

 ベンチで40分を過ごしたジャクソンは、しかし、こう考えている。

「オレにはオレの役割が、コーチにはコーチの仕事がある。で、オレたちがつかんだのは勝利だ。コーチの『グレイトな』決断だったと思う。オレはハッピーだよ。チームメイトのことを信じて、優勝したんだから」

「優勝したからこそ、他のチームが必死で来るでしょうから、これからが大変ですよ」と謙虚に語る伊佐は、睡眠時間が短かったにもかかわらず、良い決断をできた要因について、もう1つだけ挙げている。

「以前、bjリーグで琉球ゴールデンキングスにいたときに4回(HCとしては2回)優勝させてもらっています。当時の有明(コロシアム)でのファイナルの経験というのが、今回の天皇杯で活きましたね。

 HCとして初めてのファイナルだったらもっと緊張していたと思うのですが、今回は緊張もなく。そういった意味では、キングスにいたときに経験させてもらったことはとてもありがたかったです」

 これから渋谷はアウェーでの対戦が数多く続いていくことになる。次の本拠地での試合は、2月1日、琉球ゴールデンキングス戦である。

 琉球には渋谷区渋谷で生まれ育った木村達郎社長がいて、昨季の渋谷のキャプテン満原優樹がいる。そして琉球は、渋谷の伊佐HC、浜中ACに加え、山内盛久と渡辺にとっての古巣でもある。

 そのとき、令和初の王者となって獲得した天皇杯が、青山学院記念館でお披露目されることとなる。

文=ミムラユウスケ

photograph by Yukihito Taguchi