あの若者たちは今もまだ、頑張ってるんだろうな――。

 日本プロ野球のキャンプが始まったというニュースを聞いて、そう思った。「あの若者たち」とはこの1月、広島のとある田舎町にある「Mac's Trainer Room BASEBALL(以下マックズ)」で自主トレーニングをしていた日本プロ野球の選手たちのことだ。

 昨季、球団史上初のワールドシリーズ優勝を成し遂げたワシントン・ナショナルズでトレーナーをしていた高島誠が運営するトレーニング施設「マックズ」は、球速アップのための胸郭、胸椎トレーニングや、股割りメソッド、股関節、骨盤の回旋運動など、野球のプレーを前提とした考えの中でトレーニングを行う施設である。

 たとえば、パルクール。

 山登りからボルダリングが派生したように、パルクールもフランス海軍の将校が作った軍事訓練を基礎とし、エンターテイメント的な側面から競技としても成立している。壁を素早くよじ登ったり、大きなギャップを飛び越えたりする競技としてのパルクールは、日本の「サスケ」をルーツとしたアメリカの人気テレビ番組「Ninja Warrior」を連想させる。

練習に取り入れたパルクール。

 ただし、野球に特化したトレーニング施設であるマックズでは、怪我するリスクなく、投手や打者の体重移動や重心位置の感覚を養うのが目的なので「壁を素早くよじ登ったり、大きなギャップを飛び越えたり」するのは必要ない。地上に置いた何種類かの特製の鉄棒(パルクール・バー)の上を飛び移るのがメインになる。

「それでも棒の上から落ちないようにするには、体の力を入れたり抜いたりしながらバランスを取らないといけない。自分の重心がどこにあるのかを素早く見つけるには、全身を使わないとうまくできないんです」

 と高島は言う。元野球少年の彼がパルクールを取り入れた理由は、単純明快だった。

「僕らの子供の頃って……」

「僕らの子供の頃って、ジャングルジムで遊んだり、鉄棒で遊んだりするのが普通だった。器具じゃなくても、公園にある岩と岩の間を飛び移ったり、木登りしたりして、体の重心をどこに置いたらいいのかというのを自然と理解して、野球をやる前にある程度は投げたり打ったりする動きの基礎みたいなものができていた。

 今は親が『危ないことはやっちゃいけない』と言うだけじゃなく、子供の方がやらない時代。もちろん、そういうことを実際にやったら危ないのは間違いないし、じゃあどうすんだ? と考えた時にこれがあった」

 たとえばラプソード。

 過去数年の間に日米両方のプロ野球で急速に広まっている最新のテクノロジーで、投手なら投球の回転数や回転軸や変化の度合い等々、打者なら打球の飛び出し角度や速度などを計測し、その場で確認できる。

「単純に自分が投げる球の回転軸とか回転数とか分かった方がやってて楽しいし、その方が効率よく技術も上がる。僕らだって野球の見方が変わるし、プロ野球だけじゃなく、大学でも高校でも、使えるものはどんどん使った方がいいと思う」

マックズで自主トレしていたプロ野球選手。

 高島が「まだまだ狭い」と未来の拡張を目指す施設には、ラプソードが設置された練習場以外にも、前出のパルクール(・バー)に加え、ペンタゴン・バーやヘックス・バーと呼ばれるウェート・トレーニング器具、瞬発力を鍛えるボックス・ジャンプも用意されている。

 パルクールやボックス・ジャンプは、バランス感覚が必要な上に「体幹を使わなければできない」(高島)。難易度の高いそれをまるでボクサーのようにバランスが取れた動きでスイスイこなしていたのが、高校時代から「マックズ」で自主トレーニングを行っているオリックスの山岡泰輔投手だった。昨季13勝を挙げた日本プロ野球期待の右腕である。

テクノロジーの時代の練習方法。

「自分の場合、結果が出ているから継続しているだけのこと。結果が出てなきゃ、やってないですね。自分は高校の時から、何を言われても自分に合わないなと思ったらやらなかったし、それは今でも変わらないですよ」

 と山岡は言う。ドライな視線に思えるが、指導する側の在り方が議論されるようになった昨今の野球界で、彼のように強い意志を持っている選手が台頭しているのは偶然のことじゃないだろう。

 野球の技術にしろ、トレーニング方法にしろ、昔は一部の人たちだけが持っていた情報が、今ではTwitterやYouTubeなどを通じて誰でも簡単に手にすることができる。

「テクノロジーの時代」に育った選手たちが、「自分たちの時代」に固執してアップデートしない指導者を上回る情報を持つことができる時代になったのだから、あとは本人が情報の取捨選択をできるかどうかだ。「マックズ」に来ていた選手たちも、それは変わらない。

パの新人王もやってきた。

 その中の1人が、昨季のパ・リーグ新人王であるソフトバンクの高橋礼投手だった。

「最初は全然できませんでしたけど、やってく内にちょっとずつ、できるようになってきた感じです」

 侍ジャパンのチームメイトで同年代の山岡が、2017年のデビュー以来、怪我することなく毎年、淡々とイニングを重ねることに「なぜだろう?」と興味を持った彼は、何の先入観もなく「マックズ」にやって来て、今の自分に足りないものを再発見したという。

「今は腹筋に(疲労が)キテるけど、それは体幹が弱いからです。自分が投げてるYouTubeとか見ていて、人には『いいね』とか言われるけど、まったく満足してないんです。(投球)フォームとかも安定してないし、自分ではまだまだだと思ってます」

 今の自分に満足できない、というのはアスリートに必要不可欠なものだ。満足したら、それで終わり。諦めることと、ほとんど同じである。

プロにも学生にも同じ知識を与える。

 高島は言わば「子供の遊び」と「テクノロジー」をうまく融合させながら、たとえば「〇〇の筋力が弱いから、投げてく内に疲れると使えなくなるのでは?」といった具合に的確なアドバイスも送っている。

 そして、「マックズ」ではそんな情報をプロ野球選手にだけではなく、彼らが引き上げた後にやってくる「夜の部」の大学生や高校生、中学生にも惜しげもなく提供していて、それらの情報は、YouTubeでも惜しむことなく公開されている。

「110キロ投げてた子が130キロ投げられるようになっても、誰も見向きもしないでしょうけど、それは130キロ投げられる子が150キロ投げられるようになるのとまったく同じ理屈で、きちんと体の動きを理解して、鍛えるべきところを鍛えれば、球速なんてすぐに上がるものなんです」

今以上の自分を目指すために。

 やってる内容は違うが、アメリカには「マックズ」のような施設がそこら中にあり、他の子どもたちより少しでもアドバンテージを得たいと思う保護者が、優秀な施設や個人指導者を探すことも珍しくない。

 彼らの目標は「メジャーリーグ」。それを大前提に高校野球や大学野球があり、その階段を上がっていくにはどんな球を投げ、どんな打球を飛ばせばいいのか? と保護者と子供が同じ方向を向いている。そして、そのサポートをするのがプライベートのトレーニング施設なのだ。

 高島が「マックズ」でやってるのも、似たようなことなのかも知れない。もちろん、そこに通う野球少年がパルクールやボックス・ジャンプで山岡のように優れた運動能力を発揮したとしても、いつかプロ野球選手になれるとは限らない。だが、若い野球選手やその保護者にとっては、具体的な目標を設定して、そうなるためのサポートをしてくれる場所が身近にあるというのは大きい。

 SNSを見る限り、「マックズ」のように「今以上の自分」を目指す野球少年の手助けをする施設は少しずつ、しかし着実に増えている。

 夢は大きく果てしなく。日本から世界へと続く遥かな道のりに、野球少年たちの希望は、膨らみ続ける――。

文=ナガオ勝司

photograph by Mac's Trainer's Room BASEBALL