最近、あるベテランの芸能関係者からこんな話を聞いた。

「ほんの5、6年前はオーディションで東京に来るときも、地味な学生っぽい服装で夜行バスに乗って、宿代もないからカプセルホテルに泊まっていたんです。

 でも次第に注目されて周囲の目が集まってくるに従って、どんどん洗練されていって、いい意味で容姿すら磨かれていった。いまは本当に女優オーラを放っていますね。しかも性格の良いところが変わらないのが一番いいです」

 いまや押しも押されもしない若手人気女優の1人となった吉岡里帆の話だった。

 見られることによって綺麗になる。注目されることによってスターへと輝いていく。

「何でもどんどん書いてください」

 実は偶然にも球界で同じことを唱えていたのは、巨人の長嶋茂雄終身名誉監督だった。

「メディアのみなさんに書いていただき、注目されることで選手は成長するものです。ファンから見られて、選手はさなぎから蝶になる。だから何でもどんどん書いてください。そのために協力はしますよ!」

 1993年の監督復帰直後だったと記憶する。

 当時はJリーグ発足の大ブームで、野球人気の低迷が叫ばれる中だった。それでも長嶋監督が言葉通りに選手を巻き込んで様々なパフォーマンスを披露して、ファンの注目を集めたことで、当時の巨人の選手たちは全国区へと育っていったのである。

 今年の巨人宮崎キャンプを見ていて、ふっと思い出したのはそのときのことだった。

 見られること、注目されることで選手に活力が生まれている。そう感じるのが阿部慎之助監督が就任した二軍の練習だった。

去年までは閑散としていたスタンドが……。

 とにかく新聞、テレビなど報道陣の数が激増した。

 去年までは閑散としていたスタンドにもファンの姿が一軍並みとは言わないまでも、それに近づく勢いで増えている。

 さらに巨人キャンプを訪れた評論家が、OBでゆかりのある人以外は、これまでほとんど立ち寄ることのなかったひむかスタジアムに足を向けるようになった。

 もちろんそれらの熱視線の先には新監督がいるわけだ。ただ、同時に阿部監督が指導する若手選手にも、メディアや評論家、そしてファンの視線がいやが上にも注がれることになるのである。

 一軍より30分早く始まり、一軍より遅く終わる二軍キャンプ。球場に一歩足を踏み入れると阿部監督の声が響き渡る。ティー打撃では選手の両足を広げさせて、次々と休む間もなくトスを上げる。

「もっと重心を低く! あと5センチ下げろ!」

 最後はバットを振り切ったところで静止させて、その姿勢をキープさせる。

「技術じゃねえ! 体力と根性だ!」

 ファンの歓声が響くのは場所をサブグラウンドに移したノックだった。

 キャンプ2日目の2月2日には注目ルーキーの山瀬慎之助捕手と育成出身の田中貴也捕手をショートのポジションに立たせて30分間に渡って鬼ノックを打ちまくった。

「技術じゃねえ! 体力と根性だ!」

 こう鼓舞しながら右に左に捕れるか捕れないか、微妙なところに絶妙なゴロを転がす。そのノックに1球、1球ファンから歓声が上がり、阿部と選手の掛け合いに拍手が湧き上がる。このスタンドや周囲を巻き込んだ活気こそ、選手が頑張れるエナジーとなっていくわけである。

「一軍気取りでやっているとやられる」

 その注目効果が早速、現れたのが2月4日に行われた一、二軍の対抗紅白戦だった。

「総入れ替えするよ。一軍気取りでやっているとやられる」

 試合後に一軍チームの白組を指揮した元木大介ヘッドコーチが活を入れたように、この紅白戦の主役はビジターユニフォームをまとった紅組の選手たちだった。

「まずは観察しようと。この子たちがどういう気持ち、振る舞いでベンチにいるのか。そこをしっかりベンチで見ていましたね」

 初采配をこう振り返った阿部監督。

 サングラス越しに選手の一挙手一投足に目を配り、ベンチワークにも頭をフル稼働した。初回にいきなり1番の湯浅大内野手が左中間を破る二塁打を放つと、すかさず2番の増田大輝内野手には送りバントのサインを出した。

一軍チームを圧倒した。

「最初は(選手の打撃)結果だけメモしていたんだけど、サインを出したり忙しくなって途中でそっちに専念した。サインミスもあったしね。片岡(治大三塁)コーチには謝りました」

 阿部監督は自分の監督業についてはまだまだダメ出しだった。それでも選手が監督の目を意識し、監督の闘志を受けて一軍組に牙を剥いた。

 1点を先制された3回には無死満塁から増田陸内野手の押し出し四球で同点に追いつくと、期待の育成助っ人、イスラエル・モタ外野手の勝ち越しタイムリーで試合をひっくり返した。

 さらに5回には吉川大幾内野手、立岡宗一郎外野手の長短打、7回には再び立岡の適時打で追加点。

 投手陣も先発の2年目左腕・横川凱投手から7人の継投で一軍打線を5安打1点に抑え込んだ。終わってみれば阿部二軍が7対1と一軍チームを圧倒した。

「遠慮なく伝えられているのは凄いね」

「阿部チームが非常に元気があってね、投手も野手もいいところが目立っていたという感じがしますね」

 試合後の原辰徳監督の第一声ももちろん二軍の若手への評価からだ。そして“実戦初采配”だった阿部監督評はこうである。

「ベンチでの言葉とか動きに対して、非常に意思が出ている。遠慮なく伝えられているのは凄いね」

 やろうとしていることが、しっかり選手に伝わっている。まだキャンプ4日目。それでもその実感を一、二軍の両監督が共有できた試合だった。

「選手を1面にしてあげてね」

「選手を1面にしてあげてね。オレはいいから。阿部監督、初采配、初勝利とかいらないからね。紅白戦だから。ちゃんと目立った選手を記事にしてもらいたいし、それが彼らの自信になる」

 試合後の囲み取材。阿部監督はこう語って報道陣を見回した。もちろん監督ばかりが目立っても、そこに集まった視線が選手へと移らなければ意味がない。そんな思いを込めた言葉だった。

 ただ、そうはいかないのがメディアの常で、翌日のスポーツ各紙は、やっぱり阿部監督の見出しが踊っている。

 でもそれも悪いことではないのだろう。

 いまは監督が注目の的でも、人が集まり多くの視線が注がれることが、何より選手の緊張感を生んで、己を磨く力になるはずだ。

 選手に降り注ぐノックの雨や叱咤激励の激しい言葉による熱血指導ばかりではない。

 見られることで素質が開花する。そんな阿部効果を感じる今年の巨人宮崎キャンプだ。

文=鷲田康

photograph by KYODO