ウイルスという見えない脅威によって、スポーツ界から「日常」が奪われてしまった。

 Jリーグやラグビーのトップリーグに続いてプロ野球の開幕も延期となり、大相撲やBリーグなどは無観客(その後Bリーグは中止に)。さらに、プロだけではなくアマチュアスポーツ界も感染拡大を防ぐために足並みを揃え、歴史ある春の選抜高校野球は中止となった。

 甲子園のグラウンドに立つ夢を奪われた高校球児の無念は計り知れないが、彼らに限らず、春の大会に向けて日々汗を流していたその他競技の部活生たちも、きっとぶつけようのない悔しさを抱えているに違いない。

 スポーツが「日常」から消えてしまうのは、あの東日本大震災の時以来だ。

 サッカー専門誌の編集部に籍を置いていた当時、誌面作りにずいぶんと頭を悩ませたことを思い出す。福島第一原発の爆発事故が映し出されるテレビ画面に呆然としながら、はたしてこの状況でもスポーツ雑誌を作るべきなのかと自問自答したものだ。

9年前と異なる、世界中での危機。

 ただ9年前と異なるのは、それが日本国内だけの問題ではないということだろう。サッカーに限って言えば、東日本大震災後にはヨーロッパをはじめ世界中のリーグや選手から、日本の復興を願う励ましのメッセージが届いたが、今回はヨーロッパのサッカー界も甚大なダメージを受けている。

 いまや世界中のスポーツが、望まざる停滞を余儀なくされている。

 この脅威が、いつ、どのような形で終息を迎えるのか。門外漢にはまったく想像がつかないが、ただひとつ言えるのは、スポーツは、スポーツによってもたらされる希望や感動は、いかなる危機的状況に直面しても、決して消え失せはしないということだ。

 9年前、復興支援チャリティーマッチでのカズのゴールに、内田篤人のアンダーシャツに書かれたメッセージに、そして震災から約4カ月後に世界制覇を成し遂げたなでしこジャパンの快挙に、どれだけの人が心を打たれ、勇気づけられただろう。

今宮純さんが絞り出した言葉。

 スポーツは震災にもウイルスにも屈しない。そして、ときに不幸な死でさえも受け止め、立ち止まることはなかった。

 記憶に深く刻まれているのは、1994年5月、F1サンマリノGPで起こったアイルトン・セナの死亡事故だ。今年1月に亡くなったモータースポーツジャーナリスト、今宮純さんがイモラ・サーキットからの生中継で、嗚咽をこらえながら絞り出した言葉が忘れられない。

「こういう事実はですね……とくにモータースポーツに働いてきている者の1人とすれば、やはり受け止めなくてはいけない。来来週はモナコグランプリですが……、セナはいませんが……、F1は続いていくわけです」

セルヒオ・ラモス、イニエスタは。

 マルク・ビビアン・フォエ、アントニオ・プエルタ、ダニエル・ハルケ、松田直樹……。サッカー界にも悲しい別れはいくつもあった。

 2007年8月にピッチで倒れ、そのまま帰らぬ人となったプエルタ。彼とセビージャの下部組織時代からチームメイトだったセルヒオ・ラモス(現レアル・マドリー)は、その親友がスペイン代表でつけていた背番号15のユニフォームを受け継ぎ、翌年のEURO2008を制した。

 歓喜の赤い輪の中で、S・ラモスだけがプエルタの顔写真をプリントした白いシャツをまとっていたのが印象に残っている。

 2009年8月、急性心筋梗塞によって26歳の若さで亡くなったエスパニョールのキャプテン、ハルケ。ユース時代から親しい間柄だったアンドレス・イニエスタ(現ヴィッセル神戸)は、翌年の南アフリカW杯の決勝で、スペインを初の世界王者に導くゴールを叩き込むと、ユニフォームを脱いで疾走する。アンダーシャツにはこう書かれていた。

「DANI JARQUE SIEMPRE CON NOSOTROS(ダニ・ハルケ、僕たちは永遠に一緒だ)」

内戦とW杯、クロアチアとスーケル。

 スポーツには、紛争をも乗り越える力がある。

 1998年のフランスW杯で、初出場ながら3位に輝いたクロアチアがそうだろう。独立をめぐる内戦によって、祖国が戦火にみまわれてからわずか数年。選手たちにとってあのW杯は、民族の誇りを取り戻すための戦いだった。

 大会得点王に輝いたダボル・スーケルは、こう語っている。

「国家の再生のために──。その一念だけでプレーした。それが今の僕たちにできることだから」

 もちろん、スポーツの力が及ばないケースもあるだろう。しかし、これまで人々が膝を折りそうになった時、寄り添い、両脇を抱え、立ち上がる支えとなってきたのは、紛れもない事実だ。

業界への負の影響は計り知れないが。

 今、出口の見えないトンネルの暗闇に、誰もが恐れおののいている。今年のビッグイベントであるEURO2020が1年延期となった。仮にサッカーのヨーロッパ各国リーグがシーズン短縮となり、さらには東京五輪までもが延期もしくは中止となれば、スポーツ業界に及ぶ負の影響はそれこそ計り知れないだろう。

 けれど、こんな時だからこそ、スポーツの持つ力を信じたいと思う。日本のF1解説のパイオニアだった故人の言葉になぞらえるなら。

「それでもサッカーは、スポーツは続いていくのだから──」

 以前、こんな話を聞いたことがある。

 イタリアの有名レストランは、バカンス明けの8月の最終週に予約が殺到するそうだ。久しぶりだから、という理由だけではない。休暇を兼ねて世界各地を巡り、様々な食材を口にしてきたシェフの舌が、その時1年でもっともナチュラルで研ぎ澄まされているからだ。

観客の前でプレーできるという幸せ。

 困難な状況に置かれている今のアスリートたちも、それと似ているのかもしれない。

 中断期間明けにはきっと、ボールと戯れる喜びを、大勢の観客の前でプレーできる幸せを再認識した選手たちが、最高のパフォーマンスを見せてくれるに違いない。

 震災も紛争も不幸な死も乗り越えてきたのだ。ウイルスなんかにスポーツが屈するはずがない。だから、悲観もしない。

 たとえ時間はかかったとしても、再びスタジアムに、アリーナに、桝席に歓声が戻った時、これまで以上に素晴らしい「日常」が待っていると、そう信じている。

文=吉田治良

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