3月下旬、ある晴れた日のお昼ごろ。アリゾナ州ムーンバレーCCの1番で、ヘイリー・ムーア(米国)がティーショットを放った。身長約180cmのパワーヒッターの打球はフェアウェイを難なく捉えた。

「ちょっとスイング弱いんじゃないのー!?」

 ティーオフ前に選手名を読み上げた中年男性が、ムーアをからかった。だが、軽快なジョークに反応する観客はいない。それどころか、選手を応援するファンも、スコアボード係のボランティアもいない。

 なぜなら、ここは「カクタスツアー(米女子3部ツアー/カクタス=サボテン)」だからである。

 通常、プロ志望の女子大生ゴルファーやプロになりたての若手の主戦場である。先立つ資金がない若者の懐事情をふまえて、全ての試合はアリゾナ州周辺で行われる。キャディ費を節約して1人でラウンドできるように、試合中のゴルフ用距離測定器の使用も可能だ。

州知事も認めたゴルフのプレー。

「この非常時に、試合をする必要ないでしょ!」

 新型コロナウイルスの影響で世界中の主なゴルフツアーが一時中断してる最中、いまだに行なわれているカクタスツアーに対し、SNS上では批判の声も上がっている。

 開催している理由は、アリゾナ州の感染者数がニューヨーク州やカリフォルニア州に比べて少なく、また感染拡大のスピードが遅いことが挙げられる。

 アリゾナ州は、アメリカ南西部に位置し、面積29万5300平方km、人口約730万人である。日本全体から北海道を除いた面積に埼玉県民の総人口が暮らしているような感じだ。

 人口密度が低いことで、濃厚接触の割合も都市部より少なく、アリゾナ州知事は4月1日に外出禁止令を発令した際、食料品や日用品の買い出しや薬局の営業などに加えてゴルフも「Essential Activities (不可欠な活動)」に含めた。

 州知事のお墨付きなので、むやみにツアーを中断する理由はないわけだ。

大会運営スタッフはたった1人!!!

 試合開催のハードルが極めて低いことも続けられる理由だ。

 主催者はマイク・ブラウン氏である。

 そう、1番ティーでスターターを務め、ムーアにジョークを飛ばした中年男性が、たった1人で主催から運営まで全てこなしているのである。

 スポンサー、チケット販売、テレビの放映権、ボランティアの手配など一切ない最小限のツアーである。

 それでも「安全面には細心の注意を払っています」とブラウン氏は語る。「米国CDC(疾病対策センター)は50人以上集まるイベントや、10名以上の集会の自粛を勧告しています。その勧告を守って、出場選手の人数も制限しています。ペアリングは1組2選手にした上で、選手1人ひとりに、日々消毒したカートを用意しているんですよ」

 選手がピンフラッグに触ることなくカップからボールを取り出しやすい様に、カップの底に“プールヌードル(スポンジのポール)”を入れてカップ内の深さを浅く調整するなど、様々な工夫を重ねている。

有名選手らがぞくぞくと参加!

 2月下旬にレギュラーツアー(米女子1部ツアー)が中断すると、アンナ・ノードクイスト(スウェーデン)、カルロタ・シガンダ(スペイン)、ティファニー・ジョー(米国)などアリゾナ周辺を拠点とする有名な選手たちが続々とスポット参戦した。メジャー通算2勝のノードクイストは3月下旬のムーンバレーCCの試合で優勝を飾っている。

「いつも利用するゴルフ場3カ所のうち2カ所が閉まってしまったので、ゴルフができるだけでありがたい。それにカクタスツアーなら試合の雰囲気も味わえて良い」(ノードクイスト)

 ノードクイストが受け取った優勝賞金は2000ドル(約22万円)だ。

 スポンサーがいないため、カクタスツアーでは、出場選手の参加費を集めた中から、順位に応じた賞金を支払う方式である。ノードクイストをはじめ有名な選手たちは「(参戦は)賞金のためではない」と米メディアに答えている。

若手選手を襲う収入ゼロの恐怖。

 世界中で感染が拡大し続ける現状を懸念し、レギュラーツアーの中断期間は延長し、早くて6月中旬に再開予定と発表された。多くのトップ選手たちは、自身のゴルフのピークを再開のタイミングに合わせるため、一旦、試合モードのスイッチを切り、オフに入った。

 だが、駆け出しの若手たちの事情は違う。

 21歳のルーキー、ヘイリー・ムーアは4月下旬現在も参戦中である。

「もしカクタスツアーがなかったら、絶対バイトを探していました」と自身の胸の内を丁寧に語ってくれた。

「感染を防ぐには人との接触をなるべく避けた方がいいので、世界中で働く機会そのものが減っています。でも仕事がなくても(食費など)出費は避けられない。(もしカクタスツアーがなかったら)YouTubeを通してゴルフレッスンをしたり、ウーバーイーツやドアダッシュなど飲食店の宅配サービスのバイトを考えたと思います」

貧しい家で育ち、苦労してプロになったが……。

「うちは裕福な家庭ではないので」というムーアは、昨年、米女子ツアーの最終予選会に臨むのに、大会参加費や渡航費がどうしても足りないと気づいたため、「gofundme」 というクラウドファンディングサービスで資金を募った。米メディアがこの資金募集を取り上げたことが後押しとなり、無事に資金が集まり、予選会も見事に突破した。

 ところが試練は続く。今年2月にプロデビュー戦となる1試合に出場したのみで、レギュラーツアーが中断してしまったのだ。

 自宅のあるカリフォルニア州サンディエゴでは、外出禁止令の影響でほぼ全てのゴルフ場が閉鎖した。職場を失ったムーアは、カクタスツアーへの参戦を決めて、愛車を運転してアリゾナに向かい、「gofundme」も再開した(ムーアのクラウドファンディング https://www.gofundme.com/f/haley039s-path-to-lpga )

「『自分はプロゴルファーなんだ』という覚悟」

 ムーアはアリゾナ大の卒業生のため、アリゾナに友人は多い。今は友人宅に泊めてもらいながら連戦しているのだという。

「誤解しないで欲しいのは、(金銭的な理由だけで試合に出ているのではなく)カクタスツアーを楽しんでいることです。私はゴルフも試合も好きです。アリゾナにコーチがいるので、試合で課題が見つかったら、すぐコーチの下で練習に取り組むことも出来ますし、ゴルフ仲間も試合に出てるので、同組になったら距離を保ちつつもお喋りしたり、楽しんでいます」

 3月末のサンシティCCの試合でムーアは勝利し、優勝賞金2500ドル(約27万円)を手にした。

「自分の努力が報われた気がします。こういう状況下だから、特に嬉しい」

 ムーアの今年の目標は、シード権を獲得することだ。

「そのためには(カクタスツアーでも)『自分はプロゴルファーなんだ』という覚悟を持って一打一打を大事にするようにしているんです」

ツアープロが宅配のバイトでしのぐ!?

 レギュラーツアー2年目、24歳のサラ・バーナム(米国)も、カクタスツアーに参戦中である。

 2月に3試合中止の知らせを受けた時、バーナムは動揺を隠せなかった。

「これからどうなってしまうんだろう? とすごく不安になって……」

 バーナムの地元のミネソタ州の冬は極寒で雪が多く積もる。満足に練習が出来ないため、1月から4月の間は、アリゾナに家を借りている。

 バーナムはアリゾナに残ることを決め、すぐバイトを始めた。「Shipt」という食料品などの宅配サービスのバイトである。

「お金のためというより、暇だと悪い方に考えすぎてしまうので、忙しく働こうと思いまして(笑)」

 2週間限定でバイトをしたことで気持ちの整頓がつくと、ゴルフを再開した。

バイトより勿論優勝賞金の方がイイ!

 新型コロナウイルスの影響で、練習場所が変わった。

 愛用していたカントリークラブは会員限定となり、バーナムは入れなくなったため、近くのパブリックのゴルフ場で練習を始めた。

「時々、すごく混んでいるんですよ。なるべく人がいない午前中に行って、他人との距離があることを確認しながら練習しています」

 カクタスツアーには3月下旬から参戦したのだが、すぐに結果を出してみせた。出場した4試合で2勝を挙げたのである。「バイトで稼ぐより優勝賞金の方がいいですよね?」と筆者が問うと「もちろんです!」とバーナムが笑った。

「なんで、今もやってるんだ?」

 アリゾナ州の保健局によると、同州の新型コロナウイルスの感染者数は4719人(4月17日現在)。同日の日本の感染者数の約半分である。緩やかだが刻々と感染者は増えている。

 カクタスツアーには、米メディアから頻繁に取材の問い合わせが入る。「『なんで、今も(ツアーを)やってるんだ?』って、しょっちゅう聞かれますよ」と主催者のブラウン氏が言う。

「だって選手は試合に臨む準備ができてるんだからさ」

 だから戦いの場を設けるのは当然でしょとブラウン氏は言わんばかりであった。

 カクタスツアーのミッションは「女子ゴルファーが、1部や2部ツアーで戦うための準備の場を提供すること。参加選手にとって良心的な環境や参加費であること」である。

 ブラウン氏の信念、トップ選手の思い、若手の決意……各々がそれぞれの舞台で戦い続けている。

文=南しずか

photograph by Shizuka Minami