『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載しています! 今回はドイツサッカーで指導者とライターの二足の草鞋を履き、オーストリア時代の南野拓実など幅広く取材している、中野吉之伴氏による2011年なでしこジャパンの女子W杯優勝です。

 溢れてくる涙を止めることができなかった。僕はスタジアムの記者席で人目も憚らずにいつまでも泣いていたと思う。

 舞台は2011年のドイツサッカー女子ワールドカップ決勝戦。日本女子サッカー代表「なでしこジャパン」は、優勝候補筆頭のアメリカ女子代表に2度リードを許しながら、2度追いついた。延長戦でも粘り続け、PK戦の末に勝利。日本のサッカーシーンで初めてワールドカップ優勝を果たした。

 日本中を狂喜乱舞させたあの瞬間を現地で体感できたのは、幸運以外の何物でもない。いまも、「なでしこジャパン」の戦いぶりを思い出してはじんわりと胸が熱くなり、力が湧き上がってくるのを感じることができる。

コメントをメモすることが精一杯の中で。

 僕はスポーツ紙の現地通信員として取材をしていた。試合日だけではなく、練習にも、各試合の前日記者会見にも足を運んだ。ただ、あの頃の僕はまだライターとしての活動に力を入れていたわけではない。

 取材といっても選手に自分で質問する力量なんてなく、“本職”の記者さんが作る囲みの最後尾から必死に耳を傾けて、選手のコメントをメモすることが精いっぱいだった。「ジャーナリズムとは?」なんてテーマは、考えたこともなかった。

 そんな僕でも、この試合が日本人にとってどれだけ大きな意味を持つのかということはわかっていた。

 あれは東日本大震災があった年だ。

 手元には甚大な津波被害のあった宮城県南三陸町の写真集がある。数年前、現地の小学生のために企画したチャリティサッカークリニックで同町を訪問したときに購入した。パラパラとページをめくってみる。それまで当たり前にあった日常が一瞬のうちに消えてなくなる絶望。真っ暗な虚無感のなか数えきれないほどの悲しみに襲われ、それでも人々は希望の光を信じて、立ち上がってきた。

鮫島「本当に感謝の気持ち」

 そんなときだったからこそ、道を築いてきた先輩に対する敬意と、自分たちを支え続けてくれる家族・友人・スタッフへの感謝を胸に、「優勝」という自分たちの夢を目指して、どんなに追い込まれても諦めずに立ち上がり、くじけることなく戦い続け、そして勝利をものにしてきた「なでしこ」の快進撃が、どれだけ日本に力を与えたことか。

 本気で諦めない力のすごさ。それを見事なまでに体現してくれたのだから。

 左SBとして攻撃にアクセントを加えていた鮫島彩は、「自分はみなさんが与えてくれた環境で好きなサッカーをやってきただけというか、本当に感謝の気持ちしかないですね」とサッカーができる幸せ、ありがたさを噛み締め、「なでしこ」のメンバー・スタッフ全員の思いを代弁していた。

 準々決勝で史上初めてドイツに勝った。もし、スウェーデンとの準決勝で負けていても、僕らはきっとその健闘を讃えていただろう。でも、選手も監督・コーチ陣も、自分たちの力を、可能性を最後まで信じていた。

丸山「優勝できるって思ってた」

 すべての化学反応がびっくりするほど絡み合い、重なり合い、それがどんどんと新しい力を生み出していく。ドイツでは大会を勝ち進むごとに力を増していくチームを「トーナメントチーム」と評するが、あのときの「なでしこ」は、そうしたトーナメントチームの典型パターンをも超えた存在になっていたと思う。

 ドイツ戦で値千金の決勝点を決めた丸山桂里奈は「優勝できるって思ってた。そういう勢いだった。こけちゃうかもしれなかったじゃないですか、ドイツに勝ったから。でも、そういうのがなかった。みんな自信を持ってやっていたし、誰が出てもプレーが良かったじゃないですか」と、自分たちに生まれた好サイクルを、ひしひしと感じていた。

 歯車がすべてかみ合う感触があったことだろう。

 だから、決勝の戦いでアメリカと対峙しても、臆することはまったくなかった。相手はものすごく強い。そんなことは想定済みだ。だから前半から追い込まれても、ギリギリのシーンが続いても、先に失点を喫しても焦ることはなかった。

 最強アメリカと決勝で戦う。それがどういうことなのか、わかっていた。

川澄と永里が試合中かわした会話。

 一時同点に追いつくゴールを決め、延長戦ではCKから澤穂希のゴールをアシストした宮間あやは「別にいつも通り、そんなに慌てず。前半0−0は想定内だったので、いつも通りのプレーを続けていればチャンスは来ると思っていたので」とハーフタイムでの雰囲気を振り返っていた。

 またボランチとして攻守を支えた阪口夢穂は「アメリカに失点したらいままでだったら追いつくことはできなかったけど、今日はできた。2回も追いつけたっていうのは本当に成長したということだと思う」と力強く語っていた。

「最後まで諦めないところが強さなので」。FWの柱として活躍した安藤梢はそう自信満々に語り、豊富な運動量で攻撃をリードしていた川澄奈穂美は「日本の選手の方が楽しそうにサッカーをやっていた。2点目を決められたときも永ちゃん(永里優季)と2人で『これぐらいの方が楽しいよね』って。今日は本当に負ける気がしなかった」と笑顔になる。

 一致団結。「なでしこ」はどこよりもチームとしてのまとまりがあった。

印象に残っているGK山郷の言葉。

 ドイツ陸上ホッケーの監督として、2004年に女子代表を、2008、'12年には男子代表をそれぞれオリンピックで金メダルに導いた名将マルクス・バイスは「本物のチームとは、試合のプレッシャーやストレスに襲われる厳しい条件下でも、自分たちの目標のために、それぞれが他人任せではなく、自主的にチームのための責任を担い、自分の力を最大限発揮できるチームのことを言う」と定義していたことがある。

 佐々木則夫監督が作り出したチームには、そのすべてがあった。

 試合に出ている選手だけではない。バックアップとして支える選手も、チームのために何ができるかを考えていた。

 僕が特に印象に残っているのはGK山郷のぞみのコメントだ。決勝戦のPK戦では、海堀あゆみが神がかり的なセーブで日本を優勝に導いた。そんな海堀を支えていたのが山郷と福元美穂の2人だ。GKの3人は他の誰よりも頻繁に集まってビデオ分析をしていたという。だから、海堀は決勝後に感謝の言葉を口にしていた。

「自分1人の力じゃないと思うので、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に自分が勝てたのは山郷さんと福ちゃんがいたからだと思うんで。いつも3人で戦っているつもりでした」

近賀もその思いを背負っていた。

 山郷は「なでしこ」のチーム力についてこう語っていた。

「こういう結果を出すために、自分も我慢しなくてはならないことが沢山あった。練習のなかでも自分の調整をしながら相手チームの役割をやるとか。常に仲が良いとかではなく、みんなが自分の持っている思いをチームのために捧げてくれた結果」

 自分の思いを託した海堀の活躍を自分のことのように喜び、そして泣いた。それは山郷もまた多くの人の思いを背負い、ここまで戦ってきたからだった。
「私は、いまのこのメンバーへの思いもあるし、いままで戦ってきたメンバーへの思いも同じくらいある」

 すみませんと一言つぶやいて、そして目頭を押さえていた。

 彼女の思いはチーム全体に共通するものだった。右SBとして攻守に貢献し続けていた近賀ゆかりは、そうしたサポートがどれだけ大きな支えになったかを話していた。

「ベンチのみんなにも声をかけてもらって。山郷さんとか矢野喬子さんとかベテラン、中堅で試合に出てない人が、いろいろとバックアップしてくれたのがチームにとって大きかった。その人たちのためにもという思いで踏ん張りたかったですし、優勝できて本当に良かったと思います」

最後はみんな「岩清水のために」。

 延長戦ではピンチを阻止するため、守備の要・岩清水梓が一発レッドで退場してしまう。それでも不利になるどころか、「岩清水のために」という気持ちがさらなる力となった。PK戦をピッチサイドで見られなかった岩清水はモニター前で応援しながら、ずっと泣いていたという。

「もうずっと泣いてました。止めて泣いて、決めて泣いて、勝って泣いて。大泣きですよ」

 そしてこのチームには澤がいた。中心選手としてチームを導き、大会MVPに輝いた。決勝戦でも宮間のCKのボールに、軽やかに宙を舞って鮮やかなシュートを決めてみせた。得点シーンだけではない。澤の危機管理能力は何度もチームを救った。

 それは、場数を踏み続けてきたことで蓄えた経験の賜物だ。苦しいときでも自分たちを見失わず、常にいまできることを探し、自分に課題を課し、もがき苦しむときがあっても、その先の成功を信じてやってきた彼女のサッカーへの思いが、この大舞台で最大限に光り輝いたのだと思うのだ。

「あのときの『なでしこ』のように」

「サッカーの神様はいました」

 澤は試合後にそうつぶやいて、微笑んだ。そうかもしれない。でも、あのときの僕には、澤が、そしてなでしこのみんなこそが神様のように見えたのだ。

 大会後に開催された国際コーチ会議の冒頭で、ドイツプロコーチ連盟会長のホルスト・ツィングラフが、「なでしこ」の戦いぶりから「最後まで諦めないことの大切さを改めて教えてもらった」と話していた。

「諦めない」とは――。「諦めるな」と仲間に声をかけ続けることだろうか。いや、そうではない。試合終了の笛がなるその瞬間まで、自分が、自分たちがこの試合に勝つために必要なこと、すべきこと、できることを探し続け、トライしつづけることだ。

 自分を、仲間を信じて、そしてこれまでとこれからを信じて。

「あのときの『なでしこ』のように戦おう」

 それは「諦めるな」というワードよりも、ずっとずっと心にダイレクトに響いてくる魔法の言葉になったのではないだろうか。

文=中野吉之伴

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