2019年度(2019年4月1日〜2020年3月31日)、NumberWebで人気を集めたベスト記事セレクションを発表します。
 第2位はこちら!(初公開日:2019年8月5日)

 全英女子オープン最終日。2位に2打差の単独首位で1番ティに立った渋野日向子は、それまでの3日間と同じように屈託のない笑顔でスタンドやロープ際のギャラリーに挨拶をした。そして、日本人らしく一礼。それからセットアップに入っていった。

 ティショットを打ち、フェアウエイ方向へ歩き出した渋野は、ロープ際から声援を送ってくれていたギャラリーの方へ視線を左右に動かしながら、小さく手を振り、にっこり微笑み、そうやって前方へと進んでいった。

 そんな渋野の様子を見て、米TV中継局のアナウンサーは驚きの声を上げていた。

「最終日最終組でティオフする選手が1番ティであんなふうにスマイルを見せ、あんなふうに観衆に手を振って歩いていくなんて、これまで見たことがありません」

 そして、その現象は18番まで続いていった。あるホールのグリーンを終えて次のホールのティグラウンドへ向かう途上では、ロープ際から差し出された「すべての手」に応えるようにハイタッチやロータッチを繰り返し、声援に笑顔で応え、会釈もした。

「心臓が止まりそう」な状況で……。

 極めつけは、首位タイで迎えた72ホール目の18番。バーディーを奪えば優勝、パーならプレーオフという状況は、強靭な肉体を誇る米ツアーの男子選手たちでさえ、「心臓が止まりそうだった」などと表現するであろう緊張のシチュエーションだった。

 しかし、フェアウエイからセカンドショットを打とうとしていた渋野は、そのときでさえ満面の笑みを見せながらキャディと会話していた。

「ここでシャンクしたらカッコ悪いな」という話をしていたそうだが、メジャーの優勝争いの大詰めで、勝利を左右する一打を打つ際に、そんな気楽な会話を交わし、笑顔を見せるという姿も、前述のアナウンサーの言葉を借りれば、「これまで見たことがありません」。

 日本人によるメジャー制覇は1977年の樋口久子以来、42年ぶりの快挙だが、笑顔で勝利を手に入れたという意味では、渋野は「日本」という枠を超え、世界の誰もやらなかったこと、誰もやれなかったことをやってのけたと言っていい。

 そう、笑顔で勝利したことが、彼女の勝利の意味を一層深く大きくしてくれたのだと私は思う。

タイガー・ウッズが復活優勝したときも。

 これまで四半世紀の間、米ツアーやメジャー大会で誰かの勝利を取材するたびに、私は何度も何度も「笑顔が力になった」と書いてきた。

 つい最近もそうだった。タイガー・ウッズが昨年のツアー選手権で復活優勝を遂げたときも、今年のマスターズでメジャー15勝目を挙げたときも、「笑顔が力になった」と書いた。

 だが、それはもう少し詳細に書けば「大観衆の笑顔が力になった」、あるいは「周囲のサポートがウッズを笑顔にしてくれた。それが力になった」だった。

 今年、全米オープンを制したゲーリー・ウッドランドは「家族の応援や笑顔が僕の力になった」。そして、もう1つ、ウッドランドの場合は、以前から交流のあったダウン症の女子大生ゴルファー、「エイミーの笑顔が僕の力になった」。

自分の笑顔で大観衆を笑顔に変えた。

 北アイルランドで開催された全英オープンを制したシェーン・ローリーは「アイリッシュの人々の応援と笑顔が僕の力になった」。

 だが、渋野の場合は、彼女自身が笑顔で力を出していた。

 その笑顔で大観衆を笑顔に変え、大観衆を味方につけ、ひいては、そこからもたらされた応援に彼女が押し上げられていた。

 すべての始まりは、彼女の笑顔。笑顔が力になり、笑顔で力を出し、笑顔で勝利した渋野日向子――その勝ちっぷりは、これまでずっと笑顔の力に着目しながらゴルフを書いてきた私にも、取材者として、書き手としての喜びをもたらしてくれた。そう、私も彼女のおかげで笑顔にさせてもらった。

「サンキュー」の一言。

 優勝後も渋野の笑顔は全開だった。優勝スピーチは、スポンサーや主催団体の名前をメモを見ながら英語で読み上げた後、ひと呼吸置き、あらためて満面の笑顔で「サンキュー!」の一言。

 それは、流暢な英語を操る欧米人選手たちの立派な優勝スピーチと比べれば、内容は無く、「サンキュー」の一言だけ。たったそれだけのスピーチだった。

 だが、それで十分。その一言だけで十分。たどたどしい英語で一生懸命に読み上げたからこそ、そのひたむきさに大観衆は頷きながら聞いていた。

 あらためて見せた笑顔と「サンキュー!」の一言が、とてもピュアだったからこそ、人々は彼女に惜しみない拍手を送った。

 現地では現地の人々への感謝を込めて、現地の言葉で感想を述べ、お礼を述べる。その姿勢が現地の人々に受け入れられ、声援やサポートにつながっていく。

小林浩美が先駆者だった。

 日本の女子選手では、小林浩美がその先駆者だったと言っていい。米LPGAで初優勝を遂げたとき、マイクを向けられた小林がはち切れそうな笑顔で「Just happy.」と一言だけ言った姿が今でも忘れられない。

 宮里藍も英語をしゃべることにはとても積極的で、彼女も笑顔が素敵だった。

 小林は米ツアーに腰を据えて本格参戦し、宮里もそのスタイルに追随し、どちらも米ツアーや世界の舞台で頂点を極めることを目指しつつ、残念ながらメジャー制覇は叶わなかった。

 渋野は、そんな諸先輩たちが教えてくれた「笑顔と英語」を自ずと身に付け、生かして勝った感がある。だが、諸先輩たちとの決定的な違いは、米ツアーや世界の舞台より「日本」を見つめているところだ。

「あらためて日本が好きだなと思いました」

「日本がいい。まだ日本で十分に成績も出せていないのに海外でやる資格はないとおもっています。日本での経験も浅いです。日本が好きというのもあります。優勝してうれしかったですけど、あらためて日本が好きだなと思いました」

 そう言って、さらに笑顔を輝かせた渋野の最大の強みは、どこからどう見ても、これまでもこれからも、やっぱり笑顔だ。

 元米LPGA選手で現在はゴルフアナリストを務め、世界ゴルフ殿堂入りしているジュディ・ランキンが、こう言っていた。

「スマイルは国際語ですね」

 そして、スマイルこそは、ゴルフにおける最高、最強の武器である。

文=舩越園子

photograph by KYODO NEWS