雑誌『Sports Graphic Number』が創刊40周年、通算1000号を迎えました。記念すべき1000号の特集テーマは「ナンバー1の条件」。NumberWebではこの特集を記念し、「私のナンバー1」という特集記事を配信することにしました。今回は、『スポーツ・イラストレイテッド』誌でも活躍したフォトグラファー南しずか氏が綴る、「ナンバー1の笑顔」の記憶です。

 忘れられないスーパーショット、1番好きな選手、歴史に残る名勝負――「私のナンバー1」というテーマで、真っ先に思い浮かんだのが「勝者の笑顔」である。

 私は時々メディアへ寄稿する機会をいただくことこそあるが、本職はフォトグラファーである。だから印象に残る場面というのはファインダー越しに見える世界だ。

 その私が衝撃を受けた場面は……カメラだけでは物足りず、体全身が記憶している、という感じだった。

 2012年の全英女子オープンゴルフ(以下、全英女子)最終日18番の申ジエ(韓国)の笑顔――月日が経ってもあの時の場面を鮮明に思い出すことが出来るほど、強烈な印象を抱いたシーンだ。

 なぜ、その申の笑顔が「私のナンバー1」なのか……申が年間世界ランク1位になった頃の話から始めたい。

パジャマ姿だった世界ランク1位の選手。

 2010年の初夏、私は申の初めての取材のため、当時、彼女が拠点としていたアトランタの自宅へレンタカーで向かった。それまで申とは試合会場で挨拶を交わす程度であり、ゴルフ場以外の場所で会うのは初めてであった。

 史上最年少で世界ランク1位になった申を単独で取材をするという緊張と不安が入り混じる。ところがこちらの思いとは裏腹に、自宅の扉を開けてくれた申はパジャマ姿だった。しかもスッピンで髪の毛がハネている!

 まさかの寝起き……いくら今回の取材のテーマが選手の私生活とはいえ、こんなに無防備とは。22歳の素顔に、思わずこちらの肩の力が抜けた。

 パジャマから着替えるのを待って、インタビューを始める。

 申らしく、どの質問にもゆっくりと丁寧に答える。

 ところが、ある質問が出た時、それまでのオフモードとうってかわって世界ランク1位の自信が垣間見える瞬間があった。

「年間通してトップ10に入る選手と、トップ10以下の選手では何が違うと思いますか?」 と聞いた時である。

「勝負どころで力を出せるかどうかですね」と申は即答したのだ。

「私は力を出せますよ」

 答えた後、申は私に穏やかに微笑んでみせたのだ。

 その時、ふと視線を下に落とすと申の手が目に入った。その両手はマメだらけだった――自信の裏づけには想像を絶する練習量があったのである。

“自分との戦い”と“自然との戦い”が全英。

 そんな申らしい強靭なメンタルと練習の成果がいかんなく発揮された大会がある。

 2012年の全英女子だ。

 申は2位の朴仁妃(韓国)に9打差と圧勝した。

 後続をまったく寄せ付けず、異次元の強さを見せつけた申に、当時の試合中の心境など、2020年4月下旬に改めて、彼女自身にいろいろ振り返ってもらった。

「全英女子とは “自分との戦い”、“自然との戦い”が最も赤裸々になる試合なんです」

 申の言うとおり、2012年の全英女子は、まさにその2つの極限の戦いが繰り広げられた。

 戦いの舞台となったロイヤル・リバプールGCには、これでもかというくらい強い海風が吹きつけていた。大会2日目はグリーン上のボールが動いてしまうほどの強風で「これではまともな試合ができない」という選手たちの抗議もあり、その日は中止となる。翌日に改めて第2ラウンドが行われた。

 第2ラウンドを終えた時点で、申は2位に5打差の単独首位。メジャー制覇に最も近い位置にいるものの、2日目が中止になったため、最終日は36ホールある。まだ何が起こるか分からない。

「私はポジティブ思考なので、あるがままの状態を素直に受け入れて『ピンチの時こそチャンスがある!』とチャンスメイクすることを心がけました」と申が振り返る。

 その言葉通り、最終日にボギーが先行しても、すぐバーディをとりかえした。

夕日に照らされた申の、一瞬の笑顔。

 最終ラウンドの11番、激しい雨風で一時中断した時は、そのちょっとした時間を利用して「最後の力を振り絞る大事な糧になるから」とサンドイッチを頬張った。

 そんな冷静沈着な申に呼応するかのように、13番あたりで雨と風が止んだ。すかさず13番、15番、16番とバーディを重ねる。追従者に付け入る隙を与えなかった。

 むかえた18番、刻々と夕闇が迫る中、サッと一筋の光がゴルフ場に差し込んだ。第3打を打つ前に夕日に照らされた申は微笑んでいた。

 私は気圧された。

 その天性の勝負師のゾッとするような強さに、一瞬触れた気がしたからだと思う。

「『勝つ』という感覚は、あらゆる言葉を使ってもうまく表現できないんです。私だけのフィーリングです」(申)

 穏やかで自身に満ちあふれたメジャー覇者の笑顔を、私は忘れることがないだろう。

申とはまた違った笑顔だった渋野。

 申とは種類が違う笑顔だが、昨年の全英女子の渋野日向子にも衝撃を受けた。

 選手が試合中の自身の好プレーに思わず笑みが溢れるというのは当然のことである。渋野も、良いショットを打ったり、長いパットを決めれば笑顔が弾けた。

 だが、渋野はそれだけではなかった。

 次のホールへの移動中に観客と笑顔でハイタッチを交わし、ギャラリーの男の子から「グローブ欲しい」とねだられたら「無視できない」と即座にサインして渡す。プレー中の待ち時間に駄菓子を頬張りながら、テレビカメラに目線を向ける。

 渋野の笑顔は、ギャラリーと一緒に盛り上がるという“思いやりの笑顔”だった。

申も渋野も「笑顔」が大事!

 最終日18番のウイニングパットを決めてガッツポーズすると、最高潮にギャラリーが沸いた。この去年の「全英女子最終日のハイライト」の動画は、米女子ツアー史上最高の再生回数を記録したという。明るくて親しみやすいニューヒロインの笑顔に、国籍問わずファンの心は鷲掴みにされたのだ。

 メジャー制覇の翌日、渋野はイギリスでメディア取材に応じた。人見知りをすることなく誰とでも平等に接する様子から、普段から常識と思いやりがあることが窺い知れた。「笑顔は世界共通」と渋野は言っていた。

 そんな渋野の言葉を今回の取材で申に伝えると、すぐに同意して「笑顔には希望もあるしね!」と答えてくれた。

 メジャーという最高峰の真剣勝負において、笑う余裕がある2人の、そのハートの強さにつくづく恐れ入った。

「勝者2人の笑顔」を思い出して……自宅にこもって原稿を書きながら、また痺れる試合が見れる日がいつか来るといいなと願う今日この頃である。

文=南しずか

photograph by Getty Images