今からちょうど5年前の出来事をイ・ボミは鮮明に記憶していた。

「それにしてもあれからもう5年も経ったなんて、本当に早いですよね(笑)。もちろん当時の出来事は忘れません」

 現在韓国にいるイ・ボミは、電話越しに懐かしそうに昔を思い出して笑っていた。

 2015年は、彼女が日本ツアーに参戦してから初めて賞金女王になったシーズン。悲願でもあった“マネークイーン”の称号を手にするきっかけをつかんだのが、5月の「ほけんの窓口レディース」だった。

 初日から上位に位置したイ・ボミは、最終日に「66」を叩き出し、2位に4打差をつける圧勝だった。前回大会に続く2連覇。その前に出場した「アクサレディスゴルフトーナメント in MIYAZAKI」、「ヤマハレディースオープン葛城」、「KKT杯バンテリンレディスオープン」、「フジサンケイレディスクラシック」では4試合連続で2位。なかなか勝てない状態が続いていたからこそ、この優勝の喜びはひとしおだった。

亡き父に捧げた優勝をきっかけに。

 それにイ・ボミが何よりも忘れられないのは、前年の9月に父のイ・ソクチュさんを亡くしてからの初優勝だったことだ。18番グリーンで母のファジャさんと抱き合い、大粒の涙を流すシーンは多くの人たちの胸を打った。父を亡くしたあと、憔悴しきっていた姿を見ていただけに、この優勝で様々な思いが吹っ切れたに違いなかった。

 この優勝を皮切りに、その後も勝利を重ねたイ・ボミは、年間7勝をマーク。獲得賞金は2億3049万7057円で、男女通じて日本ツアー歴代最高獲得賞金額を記録するという偉業を成し遂げて、賞金女王のタイトルを手にしたのだった。

 愛称の“スマイルキャンディ”、ゴルフ場では「ボミちゃん!」と呼ぶ声があちこちで聞こえるほど、人気は急上昇し、年始のバラエティ番組に出たことで、知名度は一気に高まった。『冬のソナタ』の“ヨン様”(ペ・ヨンジュン)以来のブレイクで、「日本人に一番愛される韓国人」とも言われたほどだ。

 この翌年も日本女子ゴルフツアーの賞金女王に立つ姿も見てきたが、だからといって偉そうになったり、天狗になったりはしない。謙虚な姿勢で、今でも友達のように接してくれている。とてもありがたいことだ。

開幕した韓国ツアーに参戦。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世界のゴルフツアーが延期や中止を余儀なくされるなか、韓国女子ゴルフツアーの「KLPGAチャンピオンシップ」が5月14日に開幕した。

 日本女子ツアーは今季すでに18試合が中止となり、開催が不透明のため、イ・ボミは一旦、韓国に帰国しており、このタイミングで母国のツアーに出場していた。

 コロナ禍の中、十分な練習ができないなかでの出場で、最終ラウンドには進めず、97位と成績はふるわなかったが、「今後につながる課題が見つかりました! 無事に試合が開催できたこと、久しぶりに緊張感のある試合ができたことがとてもうれしかったです」とその声はとても元気だった。

 韓国にいながら「(試合後に)気軽に電話してください」という。現場取材ができない状況のなか、話を聞く立場からすればとてもありがたいことだが、これは決して普通のことではない。

イ・ボミ家族の積極的なアプローチ。

 筆者もまた、イ・ボミとの信頼を築いたきっかけがある。彼女と初めて出会ったのは、2011年の日本ツアーデビューの時だった。

 当時は「2010年韓国ツアー賞金女王」の肩書きで、注目はされていたが、日本のほとんどのゴルフファンにも知られていなかった。熱烈なファンもごく少数で、その方たちと一緒に試合後に食事に行っていたこともあると聞いている。

 私が韓国語を話せることもあり、イ・ボミはとてもうれしそうにいろんなことを話してくれた。それに私をつかまえて離さなかったのは、母のファジャさんだった。

「これから日本でずっとプレーするので、機会があったら取り上げてくださいね」と言って、現場で顔を合わせると「ご飯は食べたのか」と心配してくれていた。とにかくいつも何かしら気にかけてくれていた。

 そんな家族ぐるみの積極的な“アプローチ”もあり、私も心情的に無視するわけにはいかなかった。イ・ボミのプレーや発言を熱心に追いかけていた。

日本の選手と同じように。

 ただ、1年目は賞金シードを獲得したものの、優勝はできなかった。知名度が徐々に上がったのは、2年目の2012年にツアー初優勝してからだ。この年は3勝して賞金ランキング2位になっている。

 のちにイ・ボミはこう振り返っている。

「初めて日本に来たとき、私には小さな夢がありました。それは、日本の方に応援してもらうことでした。私がバーディーを取っても、ほかの選手がパーを取ったときのほうが拍手が大きかったことに、すごくショックを受けたのを今でもよく覚えています。いつになったら日本の選手と同じように、祝福の拍手を受けられるのだろうと悩んでいました。『応援されたい』という気持ちはどの選手も同じだと思うんです」

 あまり知られていないが、人気絶頂を経験したイ・ボミにもそんな過去がある。

 どうしても日本と韓国は、どのスポーツにおいても“ライバル関係”として比較されがちで、日本ツアーだから日本の選手に活躍してほしいと思うのは当然の心情だと思う。

 ただ、それでも“韓国人”である彼女のイメージを少しでも良くできるようにと、人気が出る前から積極的に声掛けして、奔走していた頃が今では懐かしい。

「父も安心してくれている」

 そんなイ・ボミにとって大きな存在だったのは、ゴルフを始めるきっかけを与えてくれた父のイ・ソクチュ氏だ。前述の通り2014年9月に他界した。

 この時、イ・ボミは日本プロゴルフ選手権に出場していたが、父の容態悪化の知らせを聞き、3日目に途中棄権して帰国。息を引き取るまでの時間を共にした。

 ファンクラブの集まりの席で「これから娘をたくさん取り上げてくださいね」と満面の笑みを見せるソクチュさんの姿を今も鮮明も覚えている。娘のプレーを追う熱心な姿もよく見ていたし、イ・ボミには「賞金女王になる」というソクチュさんとの約束があった。しかし、その姿を目の前で見せられず、2015年の年間表彰式で大粒の涙を流して父への感謝の気持ちを述べていた光景は今でも忘れられない。

「昔はよく父が夢に出ていたのですが、今ではもう出てこなくなりました。父が安心してくれているのだと思います」

 あれから5年の歳月が経った。

「春は暖かくてすごく好きですし、いい季節ですよね」

 電話越しにそう話すイ・ボミ。あの頃の5月は、今でもとてもいい思い出として残っているようだった。

 2017年を最後に勝利から遠ざかっているが、昨年12月に俳優のイ・ワン氏と結婚し、新たなステージに立った。そして「また優勝を味わいたい」という。イ・ボミに忘れられない春はまた訪れるだろうか――。

文=キム・ミョンウ

photograph by Atsushi Tomura/Getty Images