新型コロナウイルスに関する諸制限を段階的に緩和しているスペインのペドロ・サンチェス首相は5月23日、「順調にいけば、6月8日から始まる週にはほとんどの地域がフェーズ2に入る」と国民に語りかけた。

 フェーズ2ではプロスポーツの試合実施が認められる。つまり、リーガのハビエル・テバス会長が望む6月12日前後の再開がいよいよ可能になったわけだ。

 これを受け、5月18日より10人までのグループによる練習を行ってきた1部と2部のクラブは、人数制限なしの練習を今月中に開始することになるだろう。再開前に少なくとも15日間チーム練習を行わせることを、リーガは各クラブに約束している。

 ところで先日、1人のベテランが現役を退いた。

 アスレティック・ビルバオのストライカー、アリツ・アドゥリスである。

 現在39歳。もともと2019-20シーズン後の引退を明言していたので驚くことではないが、新型コロナウイルスのせいで残念な終幕となってしまった。

158得点のうち66%が30代以降。

 アドゥリスは、アスレティックのみならずスペインサッカー界全体にとって特別な存在だったと思う。30歳を越えてからの活躍がその理由だ。

 生地サンセバスティアンの名門ユースクラブ、アンティグオコでストライカーとして頭角を現した彼は、当時2部Bリーグに属していたアウレラを経てアスレティックのBチームであるビルバオ・アスレティック(2部B)に加入し、2002年9月のバルセロナ戦でトップチームデビューを果たした。

 以後、引退するまでリーガ1部だけで通算158得点しているが、その約66%(104ゴール)は30代になってから決めている。

 20代のシーズン最多得点はマジョルカでプレーしていた2009-10の12ゴールだけれど、31歳になってアスレティックに戻ってからは14得点、16得点、18得点と増えていき、34歳で臨んだ2015-16シーズンには20得点をあげている。

空中戦の数値でラモス、ピケを凌駕。

 2016年3月には、およそ5年5カ月ぶりにスペイン代表に招集されて、イタリアとの親善試合でチームを敗北から救うゴールを決めた。さらに同年11月のW杯予選マケドニア戦でも1得点し、スペイン代表の最年長得点記録を35歳と275日に塗り替えている。

 彼の最大の特長は空中戦の強さだった。

 身長は181cmだから小さくはないけれど、格別大きくもない。なのに、たとえば先述の2009-10シーズンは5ゴールをヘディングで決めている。バレンシアに移った翌2010-11シーズンも10得点の半分がヘディングだった。

 空中戦を制した回数に目をやると、これも30代になってからがすごい。

 2014-15シーズンのリーガでは1試合平均5.9回、アスレティック復帰から2016-17シーズンまでの平均は約4.6回である。

 リーガを代表するCBで、やはり空中戦を得意とするR・マドリーのセルヒオ・ラモス(34歳)の過去10年の最大値が2013-14シーズンの4.3回。身長194cmのバルサのジェラール・ピケ(33歳)も同シーズンの3.8回だから、アドゥリスの数字がずば抜けていることがわかる。

名DFアジャラから学んだジャンプ。

 なぜ、それほど強いのか。

 元アルゼンチン代表のCBロベルト・アジャラを手本にしていたという彼は、1999年から2004年までの主戦場だった2部Bリーグで空中戦のカギとなるジャンプを磨いたと、バレンシア時代に応じたインタビューで語っている。

「2部Bではピッチ上でなめらかにパスが繋がれることはあまりない。だから胸を使ってボールを足下にうまく落とす必要があった。そのためには自分がジャンプしたときの最高到達点がわかっていなきゃいけない。ジャンプのタイミングも重要だ」

 新型コロナウイルス禍さえなければ、アドゥリスはその並外れたキャリアに相応しい檜舞台を踏んでから選手生活に終止符を打つはずだった。

 4月18日に予定されていたR・ソシエダとの国王杯決勝戦である。スペインで最も熱いダービーマッチの1つに数えられる試合が、タイトルを懸けて行われるはずだった。

 しかしリーガの再開が見えてきた現在もなお、この試合に関しては新たな日時について候補日すらあがっていない。UEFAは8月初めまでに優勝チームを決めるよう求めているが、アスレティックもR・ソシエダも無観客での決勝戦強行を拒んでいるからだ。たとえ来季のEL出場権を失おうとも。

引退式、同僚はハグすることなく。

 一方で、昨季から痛みを発していたアドゥリスの左股関節は限界に達していた。引退を発表する前日には、人工股関節手術をすぐにでも受けるべきだと医者に言われたという。

「夢見たエンディングのことは忘れよう」

 潔く、アドゥリスは決断した。

 5月22日の引退会見はホーム、サン・マメスのピッチの上で行われた。

 スタンドは空席。メディア関係者はピッチの上に間隔を開けて並べられた椅子に座ってアドゥリスの言葉に耳を傾けた。

 集まったチームメイトは花道を作って去りゆくエースを称えたが、近づいて、ハグすることは許されなかった。

文=横井伸幸

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