コロナ禍で多くのスポーツが影響を受けるなか、NumberWebでは、『Sports Graphic Number』の過去の記事から、「こんなときだからこそ読んで欲しい」と思う記事を特別公開します! 今回は、2018年にNBAデビューを果たした渡邊雄太選手の心の裡をお届けします。14年ぶり、史上2人目の日本人NBA選手はデビューのそのときどんなことを思ったのか。アメリカで、さらに先を目指し続ける1人の日本人の姿をご覧ください。

 2019年元旦。練習を終えた渡邊雄太は、コービー・ブライアントの昔のシグニチャーシューズ「コービー1」の復刻版を履いて、取材に現れた。

「これ、お気に入りなんです。この前、ロサンゼルス遠征のときに見かけて買ってしまいました。僕、ナイキにスポンサーしてもらっているのに、自腹で」

 カメラマンの指示に従って撮影のポーズを取る合間に、そう話して笑った。

 渡邊は子供の頃、コービー・ブライアントの大ファンだった。コービー1は、そんな彼のために、小学生の時に両親が買ってくれた思い入れのあるシューズだったのだ。

 今、渡邊は、あの頃テレビで見ていた憧れのスター選手たちがいた世界にいる。ブライアントは引退してしまったが、クリスマス前には彼が所属していたロサンゼルス・レイカーズとの対戦でベンチ入り。試合前にウォームアップしていたときに、ステープルズセンターの壁に掲げられたブライアントの永久欠番の旗も目に入ってきた。

「ここは言ってみれば自分がNBAを目指すきっかけになった場所ですし、ここでコービーがプレーしている姿をテレビでずっと追いかけて、NBA選手になりたいと思っていた」と渡邊。テレビの中にあった世界が日の前にあるのは、「不思議な感じだった」とも言う。

「達成感が正直、全然なかった」

 NBAに入ってからも、渡邊のモチベーションの源は子供の頃とあまり変わっていない。バスケットボールが好きで、だからこそ最高レベルの舞台でプレーしたい。昔から変わらぬそんな純粋な気持ちが、今も渡邊を突き動かしている。

 去年7月にNBAメンフィス・グリズリーズと契約を交わした渡邊は、10月27日には、グリズリーズの一員としてフェニックス・サンズ戦でデビュー。長年の目標を達成することができた。田臥勇太以来、14年ぶり、史上2人目の日本人NBA選手誕生と大ニュースにもなった。世界中のトッププレイヤーが集まるNBAは、長い間、日本人選手が手を伸ばしても届かない世界だった。そこに渡邊は間違いなく立っていた。

 しかし、周囲が騒ぎ、称賛するのとは裏腹に、渡邊はまったく満足していなかった。

「最初の目標がNBAのコートに立つことで、そこから第一歩が始まると思っていたけれど、改めてコートに立ってみて、達成感が正直、全然なかった。あの試合は、完全に勝負が決まった状態で出させてもらって、得点もしましたけれど、出場も短い時間で。正直、あの場面は誰でもいいわけじゃないですか。当然嬉しかったですけれど、(達成感は)なくて。ただ、NBAに対する思いはもっと強くはなりました」

「それよりもっと次、こうしたい」

 デビュー戦で渡邊が試合に出たのは、試合残り4分31秒。グリズリーズは25点の大量リードを取っており、残り時間で逆転される可能性がないからと、仕事を終えた主力がベンチに下がり、代わりにそれまで出番がなかったベンチ要員が試合に出てくる。俗に言う『ガーベッジタイム』だ。

「自分自身、あまり達成感みたいなのを感じることがなくて。なんか、ある程度、自分のなかで定めたゴールをクリアしても、それよりもっと次、こうしたいっていう気持ちのほうが強くなるんです」

NBAは人生の転機ではない。

 '18年は、そんな渡邊にとって、ひと言で言うとどんな年だったのだろうか。

「“変化”ですね。大きな変化があった1年だったと思います」

 ジョージ・ワシントン大での4年間を終えて卒業し、プロになった。NBAチームのトライアウトを受け、NBAドラフトでの指名こそなかったが、サマーリーグ出場を経て、7月にグリズリーズと契約した。

 ただ渡邊にとって、それらの変化は、あくまでこれまでの延長線にすぎないという。人生の転機となった年かと問うと、「転機……ではないかもしれないですね」と言う。「これまでの延長線上で、自分がまず目指したところをクリアして、これからまた新たなところを目指すという感じ。日本からアメリカに来た時のほうが自分の中でもっと大きな影響とか変化があった。大学時代から自分はプロ意識を持って生活はしていたから、プロになって変わったことといえば、勉強に使っていた部分をもっとバスケットに集中できるようになったくらいなので。大学4年間通してプロになる準備ができていたかなと思います」

 そういえば、去年3月、大学のシーズンが終わったときに渡邊は「これからの自分が楽しみです」と言っていた。まだNBAに入れる保証も何もないときだけに印象的だったのだが、新しい世界に挑むためにできる準備はすべてしたという自負があったからこそ出てきた言葉だったのだ。

NBAとGリーグを行ったり来たり。

 渡邊がグリズリーズと交わした契約は、本契約とは別枠の“ツーウェイ契約”だ。別枠とはいえ、各チーム2選手にしか与えることができないのだから、その契約を得ることは決して簡単ではない。それだけに、'18年に起きた出来事の中では、その契約獲得が一番達成感を感じたことだと言う。

 ツーウェイ契約とは、昨季からNBAが導入した若手選手向けの契約で、下部リーグ(Gリーグ)のチームに所属しながら、シーズン中45日までNBAチームで試合に出たり、練習に参加することができる。実際、去年10月半ばから始まったシーズンで、渡邊はNBAのグリズリーズとGリーグのメンフィス・ハッスルの間を行ったり来たりして過ごしている。12月末までにNBAの練習や試合に招集されたのは約20日。そのうち、実際にグリズリーズの試合に出たのは3試合だった。

一番緊張した、楽しかった試合。

 試合に出た3試合のなかで一番緊張したのは、2試合目、11月14日のミルウォーキー・バックス戦だったという。この試合では、初めて“ガーベッジタイム”ではなく、前半から使ってもらえた。チームに故障者が多く、主力の負担を減らすためという事情ではあったが、それでも、まだ勝敗が決していない時間帯に7分46秒プレーできたことは、特別だった。

「あの緊張感の中で、敵地で、しかもバックスという好調なチーム相手の試合。課題はまだまだ見えましたけれど、ブロックできたり、リバウンドを2本取ったり、やっていて楽しい試合でした」

 今はグリズリーズに呼ばれても試合に出られずに終わることも多く、まだ戦力として計算されていない状況が続いている。それでもベンチから、自分が出たら誰とマッチアップして、どんなプレーをすればいいかを考えながら試合を見ているという。

ツーウェイ契約、今はありがたい。

 一方、ハッスルにいるときは毎試合スターターで平均34分出場している。ハッスルのヘッドコーチ、ブラッド・ジョーンズは、渡邊のことを、「得点やリバタンドなどの数字を残すかどうかとは関係なく、試合を通して使いたくなる選手」だと言う。

「いいディフェンスをするし、正しい判断をするし、チームの戦術をすべて理解していて、いつも正しいポジションを取っている。常に集中していて、注意散漫ということがない。これはプロとして重要なことだ」

とジョーンズHCは絶賛する。

 試合のレベルが高く、待遇もいいものの、ほとんど出場時間がないNBAと、試合には出られるが、NBAと比べ試合のレベルも待遇面でも見劣りがするGリーグ。その2つの世界を行ったり来たりする生活を、渡邊は「今はそれがありがたい」と言う。

「NBAでは今はなかなか試合に出してもらえない。Gリーグでは多くのプレータイムをもらい、自分がこういうことができるようになったとか、ここをもっと直さなきゃいけないとかが明確に見えてきている。ルーキーシーズンにツーウェイという契約をもらえたっていうことは、すごく自分にとってありがたいと思っています」

やっぱりNBAで試合をしたい。

 Gリーグも経験しているからこそ、目指すのはNBAとの思いを一層強くしている。

「GリーグとNBAでは格差がありすぎるので。Gリーグを批判しているわけじゃないですけれど、ただやっぱりNBAでやったほうが、当然すべての面で上。そういう意識は余計に強まってはきますね」

 ジョーンズHCは、渡邊には“静かな自信”と“静かなタフネス”があると描写する。一見、そうは見えなくても、実際はどんな相手でも向かっていく闘争心を持ち、また誰にも負けないという自信も持っているというのだ。渡邊にそれを伝えると、「そうだと思います」と同意した。

「アメリカ人はどっちかというと自信を完全に表に出すタイプ。自分の中にある自信は、自分が毎日どれだけ練習しているかわかっているところからきている。それが、自分の心の中で大きな自信になっていると思います。タフさは大学4年間でとにかく鍛えられた。そういうのは、確かに自分の中にはあるかなとは思います」

さらに先へ、進んでいくために。

“変化”にあふれた'18年が終わり、新しい年がやってきた。'19年を、渡邊はどんな年にしたいと思っているのだろうか?

「1日1日、自分が常にベストな自分でいられるように。やることはそんなに変わらないと思うんですけれど、毎日努力を継続して、自分の新たな目標に突き進んでいかなきゃいけないなと思っています」

 NBAの試合に出ても特別な達成感がないのは、進めば進むほど、さらに先を経験したくなる純粋な気持ちがあるからだ。そんな気持ちを糧に、きょうも渡邊はシューズを履き、コートに向かう。

(Sports Graphic Number 970号 [新星の揺るがぬ自信]渡邊雄太「NBAデビューに達成感はない」より)

文=宮地陽子

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