現在、アメリカで最大の話題は、新型コロナウイルスのパンデミックではない。人種差別とそれに対する抗議活動が社会問題に発展し、本来なら最優先のはずのコロナへの対策ですらも一時的に吹き飛ばした感があった。

 きっかけは5月25日、46歳の黒人男性、ジョージ・フロイドがミネアポリスの白人警官に殺されたこと。手錠で拘束されたフロイドはデレク・ショービン容疑者にひざで首を圧迫され、息ができないと訴えたのちに死亡した。

 この事件に端を発し、アメリカでは連日、各地で大規模なデモが勃発。平和的な抗議活動だけでなく、一部は暴動、略奪にまで発展し、まるで世紀末のように荒廃した映像が全世界を駆け巡ることになった。

 アメリカ中、いや世界中を巻き込んだ事態だけに、スポーツ界でも多くの人々が発言し、声明を発表している。混沌とした空気下で、“Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)”の呼びかけはしばらく継続されそうだ。

ジャクソンやジョーダンの言葉。

 一連の抗議活動の中で、特に目立つのがNBAプレイヤーや関係者の積極的な動きだ。中でもフロイドと長年の友人だった、2002-03年シーズンにスパーズのリーグ優勝にも貢献したスティーブン・ジャクソンは、様々な形でアクティビティの先頭に立ってきた。デモにも参加し、意欲的にスピーチ。ESPNのインタビューでは、「もう変わらないといけない。自分にとって兄弟のような友人がこんな形で死んではいけないんだ」と熱く訴えている。

 6月5日には現在はシャーロット・ホーネッツのオーナーでもあるマイケル・ジョーダンが、人種差別との戦いに1億ドル(約106億円)を寄付すると発表したことが大きなニュースになった。

「Black Lives Matterは論争を生むための宣言ではありません。我が国の制度を破たんさせる根深い人種差別が完全になくなるまで、我々は黒人の命を守り、より大切にするために取り組み続けます」

 ジョーダンはそんな声明も併せて発表している。NBAの象徴的な存在がこれほどの額を寄付したことで、改めて事態の重大さを実感した人も多かったかもしれない。

カリーら現役選手も抗議活動に参加。

 元選手だけでなく現役選手もプロテスト(抗議活動)の中でアクティブに動いている。ステフィン・カリー、クレイ・トンプソン(ともにゴールデンステイト・ウォリアーズ)はカリフォルニア州オークランドでのデモに参加し、「ジョージ・フロイド!」と叫びながら歩いている姿がチームの公式アカウントに投稿された。昨季新人王候補になったトレイ・ヤング(アトランタ・ホークス)も故郷オクラホマの集会でスピーチしている姿が大々的に報道されている。

 その他、ヤニス・アデトクンボ(ミルウォーキー・バックス)、ラッセル・ウェストブルック(ヒューストン・ロケッツ)、カール・アンソニー・タウンズ(ミネソタ・ティンバーウルブズ)、デマー・デローザン(サンアントニオ・スパーズ)、マルコム・ブログドン(インディアナ・ペイサーズ)など、多くの選手が抗議活動のデモ、ウォークなどに参加し、SNSでも数え切れないほどの選手が声を挙げている。もともと黒人選手が圧倒的に多いリーグだけに人種問題への関心は極めて高く、特に今はコロナでシーズンが中断中だけに、デモ参加といったアクションを起こすことも可能になったのだろう。

一過性のものに終わらせないために。

 ボストン・セルティックスでプレーする23歳のジェイレン・ブラウンは、5月下旬にボストンからアトランタまで15時間かけてドライブし、高校時代を過ごしたジョージア州の抗議活動に参加した。その後のブラウンのこんな言葉から、選手たちの意識が見えてくる。

「僕は黒人で、このコミュニティのメンバーだ。僕たちが目撃していることに関して“Awareness(認知度)”を高めていきたいんだ」

 人種差別に限らず、大規模なプロテストを一過性のものに終わらせないためには、その問題に対する世間一般の認知度が鍵になる。まずは何が起こっているかを世界中に知ってもらわねばならない。それを成し遂げるために、人種を問わず知名度の高いNBA選手の発言には大きな意味があるのだろう。

人種差別撤廃を訴えたアリ。

 今回の全米的な騒ぎの中で、ふと思い返したのが2016年に元世界ヘビー級王者モハメド・アリが逝去したときのことだ。アリが亡くなったのは、ちょうどNBA ファイナル第1〜2戦間の休養日。そこでは多くのNBA選手、関係者が追悼の言葉を送り、“ザ・グレーテスト”の死を悼んだ。カリーは「人に何を言われようと、自分の立場を生かし、信念を口にしたアリはお手本となる人物だった」と述べ、レブロン・ジェームズ(ロサンジェルス・レイカーズ)も「リング上での功績を抜きにしても、アリこそが史上最高だ」と熱く語り残したのだった。

 黒人の人権に関するアスリートの運動は長く続いてきたが、現役時代から人種差別の撤廃を訴えかけたアリの姿勢は特筆される。有名なのは1967年、「俺にはベトナム人を殺す理由はない。ベトコンにニガーと呼ばれたことはない」という言葉を吐き、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことだ。

 アリが活動したのは、まだ黒人がメジャースポーツのスーパースターになるなど考えられなかった頃。以降、時代は徐々に変わり、一時はアメリカ政府と対立したアリはいつしか公民権運動に邁進する英雄とみなされるようになった。この流れを見れば、依然として人種差別による事件が絶えないアメリカで、NBA選手たちが元世界王者を崇拝する理由がわかってくるはずだ。 

2014年も抗議のシャツを着たレブロン。

 レブロンもアリから大きな影響を受けたことで、黒人アスリートの代表であることを意識し、多くの社会的活動に関わってきた印象がある。

 2014年に黒人男性がニューヨーク市警の警官に絞め殺された事件でその警官が不起訴になった際には、同僚たちとともに「I can’t breath(息ができない)」と書かれたシャツを着てウォームアップを行った。その2年前にフロリダで黒人少年が射殺された際にも、少年と同じフード付きのスウェットを纏い、当時所属していたマイアミ・ヒートの仲間たちと写真撮影した。

「アメリカはなぜ俺たちも愛してくれないのか?」

 今回のフロイドさんの死亡事件後も、レブロンはすぐにそうツイートしていた。ネガティブな反響を恐れず、自らの立場を理解した上で声を挙げ続けている。レブロン、カリーのようなスターが行動することで、リーグ全体が差別の問題に発言しやすい雰囲気も確実にできている。

「フロイドは暴動を求めていない」

 もちろん物事を美化し過ぎるべきではなく、アメリカでも一連の抗議活動のすべてが好意的に捉えられているわけではない。背後にどんな思想があろうと、他の市民にも大きな影響を与える暴動、略奪などの行為は問題視されてしかるべきだ。パンデミックの中で、ソーシャルディスタンス、マスク着用などのルールが多くの人から無視されてしまったのも残念ではある。暴徒と化した一部の人たちのおかげで、どれだけの人が生活、健康面で災いを被っていることか。

 ただ、そんな中でも、プロテストに参加しているNBA選手たちは、総じて感情に走ることはなく、現実を直視し、平和的な抗議の大切さを訴えている。友人の死という悲劇に直面したジャクソンですらも、「フロイドは暴動を求めてはいない」と冷静に話していたのは象徴的だ。

 今後、人種差別の問題がどのような形で変化していくのかは誰にもわからない。これまでそうであったように、一時的に収束しても、しばらくしたら再び似たようなことが起こるのではないかという不安は消えない。

 しかし、そんな世界でも、アリをはじめとする先人たちの思いを汲んだNBAのスターたちは、若者たちのヴォーカルリーダーとして活動を続けていくのではないか。もちろん簡単に世界は変わらなくても、まだ若い彼らが信念を持って動くことは、アメリカの未来に少しずつでも好影響を及ぼしていくように思えるのだ。

文=杉浦大介

photograph by Al Bello/Getty Images