生死をさまよう大事故からよみがえり、懸命にリハビリを続ける兄の分まで、全力で東京五輪に突き進む。

 自転車BMXレーシングのオーストラリア代表として東京五輪の金メダルを狙う榊原爽(さや)が、このほどオンラインで取材に応じ、1年延期になった東京五輪に対する変わらぬ情熱や、2月の試合中に転倒事故に遭った3歳上の兄・魁(かい)への思いを語った。

「東京オリンピックが一番の目標であることに変わりはありません」

 前だけを見つめる20歳の目には覚悟が宿っていた。

6週間以上、ICUで治療。

 最愛の兄がまさかのアクシデントに見舞われたのは2月8日のことだった。

 オーストラリアのバサーストで開催されたBMXレーシングUCIワールドカップで転倒し、頭部に深刻な外傷を負った。爽も出場していた大会での信じがたいアクシデント。魁はそのままドクターヘリで首都キャンベラの病院に運ばれた。

 翌2月9日に手術を受け、ICUでの治療が始まった。最初の数週間は状態を安静させるため医療技術を用いた昏睡状態に置かれ、点滴で栄養を補給しながら人工呼吸器を着けて命をつないだ。

 重篤な状態から徐々に回復が見られるようになったのは事故から6週間が過ぎた後。3月下旬に人工呼吸器を外し、ICUから高度治療室に移った。

 だが、どこまで回復できるか、医師も明言はできないうえに、「言語に障害が残る可能性が高い」との診断も告げられていた。魁がまだ23歳と若く、強靱な肉体を持っていることを希望のよりどころとするような日々だった。

 そのころ爽は、キャンベラに投宿して看病を続けていた父・マーティン、母・由紀と離れ、シドニー近郊にある自宅に戻ってトレーニングを再開していた。

「兄と私の2人分、がんばりたい。魁のためにも東京オリンピックで活躍したい」

 そう思って気持ちを奮い立たせていた。

生命力に溢れる兄の姿があった。

 ところがここで新たな困難が押し寄せた。新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなって世界を襲い、大会はすべてキャンセルされた。そして3月24日、ついに東京五輪の延期が決まった。

「最初にそれを聞いたときは、何をやっていけば良いのか、正直分からなくなりました。トレーニングのジムに行くとしても、何のためにやっているのか」

 虚脱感に包まれた爽の心に再びスイッチを入れたのは、魁の存在だった。

 キャンベラの病院からシドニー近郊のリバプールという町のリハビリセンターに転院したことで、今度は爽と両親の3人でローテーションを組み、魁の見舞いに行くようになった。目の前には生命力に溢れる兄の姿があった。

4月30日、魁が事故後初めて立ち上がった。

「毎回、行く度に魁が変わっているんです。しゃべる様子もどんどんスムーズになって、リハビリでも『こんなこともできるんだ!』と、見るたびに驚かされました」

 さらに大きなサプライズだったのは、爽が当番でリハビリセンターを訪れていた4月30日のこと。魁が事故後初めて立ち上がったのだ。

「その姿をビデオで撮りながら、そこにいることができて良かったと心から思いました。両親と私にとっては『本当にここまで来たんだな』というアチーブメント。あれだけの事故から、3カ月たたずに立てるようになるなんて、本当にびっくりでした」

 クラッシュしてヘリコプターで病院に運び込まれたときは、命の保証もなかったのに、自分の脚で立つ日が再び訪れたことに感動を覚えた。

 しゃべることも少しずつ上達してきた。3月頃に「Yes」「No」と書いた紙を指さして意思を示せるようになると、リバプールに移ってからは声が出るようになった。

 初めてしゃべった日は、父から「Yesと言ったよ!」と興奮した様子で連絡がきた。今では日本語も少しずつ会話の中に混じるようになり、簡単な会話ならできるようになっているそうだ。

「1週間毎に100%を出せたと思えるように」

 すぐには回復できないという事実は厳然としてある。しかし、榊原ファミリーは力を合わせて困難に立ち向かおうと決めている。爽はこのように言う。

「魁自身もやっと自分の状況を理解できるようになったのかなという気がします。リハビリには時間がかかることや、今はその過程にいることを分かっています。ただ、クラッシュしたときのことや、そのレースの1、2週前の記憶はないようです」
 
 爽は今、週に6日間のトレーニングを行ない、毎週日曜日に休むというサイクルで過ごしている。

「今は大会がない。先を見すぎると疲れてしまうので、気持ちを保つためにも、1週間単位で考えながらトレーニングをして、1週間毎に100%を出せたと思えるようにやっています」

「1年間は差を縮めるチャンス」

 最初はショックだったという五輪の1年延期も、実力を伸ばすための時間ができたと前向きにとらえられるようになった。爽は昨年の東京五輪テストイベントで優勝しているが、実力的には自分を上回るライダーがいると考えている。

「トップライダーたちは26歳から28歳くらいの選手が多い。1年間は差を縮めるチャンス。私にとってはプラスになる」と思っている。

 そして、魁という、最高のエネルギーをもたらしてくれる存在がいる。

「子供の頃、先にBMXを始めたのは魁だったし、真剣に取り組み始めたのも魁が先。プロとして活動し始めた時には海外に2人で行って互いにサポートしあってきました。

 私は魁が兄じゃなかったら、絶対にここまで来られていません。選手としても人としても、魁がいたから今の私がある。前から尊敬していましたが、今では、あの大事故からここまで回復して来たことも凄いことだと尊敬しています」

魁のリハビリ支援のために寄付される仕組み。

 事故後、魁のもとには、子どもの頃に6年間を過ごした日本のBMX仲間や、世界中のライダーから多くの励ましのメッセージが届いた。そして、「#KaiFight77」とデザインされたステッカーが制作された。売上から材料費などを除いた全額が魁のリハビリ支援のために寄付される仕組みだ。

 魁を後押ししようという動きはさらに続いており、6月20日(土)日本時間19時から、自転車のバーチャルトレーニングプログラムである「Zwift(ズイフト)」を使ったチャリティーライド『Ride for #KaiFight77』(https://www.zwift.com/events/view/897137)が開催される。

 これは、兄のために何かできないかという爽の思いから実現したイベント。

 BMXレーシングの世界チャンピオンであるニーク・キマン(オランダ)や女子ロード・トラック界のレジェンドであるキルスティン・ウィルト(同)、女子BMXレーシングの東京五輪日本代表に内定している畠山紗英や、マウンテンバイクの男子日本代表に内定している山本幸平、そしてスキー・ノルディック複合で五輪2大会連続銀メダルの渡部暁斗など、競技の垣根を越えたトップアスリートが参加する。

 爽はチャリティーライド当日の様子を自身のインスタライブ(@sayasakakibara)で配信し、魁へのさらなる支援を世界に呼びかけようと考えている。

「今は、魁や私、そして私の家族を応援してくれたすべての人に『ありがとうございます』と言いたいです。私自身のことについて言えば、オリンピックという目標に変わりはないですが、今は、オリンピック本番というより、ここから1年間の自分の努力を見て欲しいという気持ちが強いですね。トレーニングで力強くなったり、技術的に上達したり、その進歩を見て欲しいです」

 BMXレーシングという競技にただひたむきに打ち込もうという決意。幼い頃から助け合ってきた魁との“共闘”が続く限り、爽はどんどん強くなっていく。

文=矢内由美子

photograph by (c)Saya Sakakibara