NBAシーズン再開案をオーナー側と選手会側が承認してから、6月15日で10日が過ぎた。当初の予定では、承認の翌週にはNBAコミッショナーのアダム・シルバーがメディア会見を行うことになっていたが、いまだにその会見は行われていない。つまり、大枠の承認後に決めるはずだった詳細について公式に発表するまでの進展に至っていないということだと推察できる。

 その理由のひとつとして、選手の間から、様々な意見や懸念の声が出たため、さらなる調整が必要になったことがあげられる。

 たとえば、現在の再開案では、開催地となるフロリダ州のディズニーワールド・リゾート内にあるスポーツ施設「ESPNワイド・ワールド・オブ・スポーツ・コンプレックス(WWOSC)」の“バブル(感染対策用の隔離エリア)”に選手の家族が合流できるのは、プレイオフ1回戦が終わった後の8月30日以降と決められている。これは、“バブル”内の人数を抑えることで、感染のリスクを減らすための措置だ。

 滞在チームが22チームから8チームに減り、滞在人数が半分以下になった段階で、1選手あたり3人までの家族が合流できるというわけだ。

 感染拡大防止のためには正しいやり方だが、個々の選手、特に小さな子どもがいる選手にとっては、現在のコロナ禍と社会情勢のなかで1カ月半余り家族と離れて暮らすことに不安を感じるのも当然だ。

感染予防への疑念と行動の規制に対する反発。

 ところでシルバー・コミッショナーは、WWOSCをあえて“バブル”とは呼ばず、“キャンパス”と表現している。完全に外の世界から遮断されるわけではないという意図をこめての呼び方だ。

 たとえばホテルを含めた敷地内で働くディズニーの職員は、“バブル”内に滞在するのではなく、外の世界から通ってくる。それでも現時点では全員が検査を受ける予定にはなっていないため、本当に感染を防げるのか懸念する声もある。最近、周囲の地域の感染数が増加傾向にあるだけに、なおさらだ。その一方で、“キャンパス”であるにも関わらず、選手が外に出るには厳しい制限があり、詳細を知らされて初めて、行動の自由がないことに驚いた選手も多いという。

新型コロナ禍に加えてBLM運動の影響も。

 ここまでは、“バブル”における安全と行動の自由のバランスをどこで取るかの問題だった。

 それも簡単なことではないのだが、ここにきて、現在アメリカで広がる“BLM(ブラック・ライブズ・マター=「黒人の命を軽視するな」の意)”の運動が絡んできた。

 一部の選手から、NBAが再開することで、世間の話題が試合の勝敗や、選手の活躍に移り、現在、全米に広がっている社会正義に向けての抗議運動に水を差すことになるのではないかと懸念の声があがったのだ。

 たとえば、米国『Yahoo Sports』の記事で、匿名の黒人選手の声として、こんな声が引用されていた。

「この時期に再開に合意することでどんなメッセージを発信することになるのか? 今、こうして抗議のデモ行進をしているのに、この恐ろしい状況下に家族を置いて、オーナー自身は行かないような場所に行って興行するのか? それは意味をなさない。時代の逆戻りだ」

 つまり、自由の制限された環境に隔離されるというのは、奴隷制時代の記憶を呼び起こすような状況とすることは、世間に対して望ましいメッセージではないというわけだ。

NBAにおいてBLMは義務でありライフワークに。

 この意見は極端な例かもしれない。

 しかし、そういう見方を笑い飛ばすことができないのが、アメリカでの奴隷制やその後の人種差別の歴史なのだ。

 黒人選手の割合が多いNBAにおいて、BLMの運動は今では多くの選手にとって生活の一部だ。ライフワーク、義務だと感じている選手も多い。

 SNSで発信するだけでなく、実際に地元のデモに参加している選手も多い。それだけに、運動が盛り上がりを見せている今、自分たちのことだけを考えてシーズンを再開することが正しいことなのかと迷う選手は、決して少数派ではない。

数人の有名選手が参加しない意思を示したという話も。

 6月12日には、カイリー・アービング(ブルックリン・ネッツ)らの呼びかけで、再開に不安や不満を持つ選手たちを中心に、約80人の選手がZoomで話し合いを行ってもいる。

 アービングは故障のために、どちらにしても今はプレーできる状態にないのだが、それ以外にもドワイト・ハワード(ロサンゼルス・レイカーズ)、カメロ・アンソニー(ポートランド・トレイルブレイザーズ)、ドノバン・ミッチェル(ユタ・ジャズ)らが、このZoom会談中に、現時点でプレーする意思がないことを表明したと伝えられている。

 その一方で、シーズンを再開し、試合を行うことこそ、NBA選手としてこの運動を進めるやり方だという意見の選手もいる。

 試合によって注目を集めれば、それだけ世間に自分たちの声を届けることができる。また、再開してサラリーを得ることで、家族だけでなく、ブラック・コミュニティをサポートすることができるというわけだ。

 たとえば、オースティン・リバース(ヒューストン・ロケッツ)は、インスタグラムにこう書いている。

「この運動を助けたいというカイリーの情熱はとてもすばらしいと思う。立派なことだし、勇気も与えられる。僕もその意見には賛成だ。ただし、NBA全体や選手全員を犠牲にすることには賛成できない。両方ともできる。プレーし、同時に、黒人の命のありかたを変える助けになることができる。そうしなくてはいけないと思っている。シーズン再開をボイコットし、中止することがいいやり方だとは思わない。みんなプレーし、そうすることで変化を助けたいと思っているんだ」

「対立しているのではなく、話し合いをしている」

 選手会のミシェル・ロバーツ事務局長は、ESPNの取材に答え、選手たちはプレーするかしないかで内部分裂しているわけではないと強調した。

「今、問題となっているのは、私たちが心から打ち込んでいる運動にとって、シーズンを再開することが害となるのかどうかということ。そして、逆にプレーすることで、この運動をさらに盛り上げることができないかということ。私たちは対立しているのではなく、話し合いをしている」

 ESPNの番組に6月15日に出演したシルバー・コミッショナーは、異例な状況でのシーズン再開に躊躇を表す選手がいることに対して理解を示し、そのうえで、再開までに解決できる問題だと期待をこめて語った。

「選手会は450人の選手を代表する組織だ。22チームの合計で、2ウェイプレイヤーも含めて、約375選手がオーランドに行くことになる。その選手たちの意見が統一されていないのは驚くことではない。それでも、これから数週間で、それらの問題を解決することができると思っている」

再開したリーグに参加しない権利も守るシルバー。

「(隔離地でのシーズン再開は)誰にでもできることではない。選手、コーチや審判など、関係者全員が大きな犠牲を払うことになる。理想的な状況ではない。私たちはパンデミックの中、4000万人が失業中という実質的な不景気以下の状況の中、そして国内の社会不安の中、自分たちの“ノーマル”を見つけようとしているのだ。自分にはできないと思う人がいるのは理解できる」(シルバー)

 実際、再開案では、ウイルス感染に対する不安をはじめ、様々な理由からシーズン再開に参加しない選手がいた場合、その間のサラリーは支払われないものの、それ以外の処分は一切ないとの取り決めも含まれている。

「それぞれに、適正な役割というのがある。選手のなかには、フロリダでバスケットボールをすることを選ばない選手もいる。彼らにとっては抗議活動が適正な役割なのだと思う」とシルバー。

 選手の反対意見に対して、声を封じ込めたり、契約を理由に強制的に参加させようとするのではなく、理解を示し、寄り添い、その上でリーグとしてどういう方法を取れば多くの合意を得て前に進むことができるかを判断する。それができるところが、シルバー・コミッショナーが、オーナーだけでなく、多くの選手たちから信頼されている理由だ。その関係があるからこそ、この困難なときに再開というチャレンジに挑むこともできる。

シルバー「再開を試す義務があると感じている」

 実のところ、リーグにとって今回のシーズン再開は、多くの経費がかかるため、決して多くの利益を生み出すわけではないとも言う。

 それでもシーズンを再開する決断をしたのは、それが「私たちがやるべきことだから」とシルバーは言う。

「NBAのコミュニティとして、NBA再開を試す義務があると感じている。再開しないということは、単に横で見ているだけで、実質的にウイルスに白旗を上げることだからだ。これは私たちがやるべきことなんだ」

文=宮地陽子

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