あらためて言うまでもないが、東京五輪が1年間延期された。

 慌ただしく日々を過ごし、1年なんてあっという間だと感じる人もいるだろう。もしかすると、五輪に関わるスタッフにとってすら、そうなのかもしれない。五輪に深く関わる人であればあるほど、調整とプラスアルファに追われて、息つく間もなく2021年の夏を迎えるはずだ。

 だが、選手にとってはどうだろうか。アスリートにとって、現役で勝負できる期間は限られている。まして、自他共に認める最高の状態までメンタルもフィジカルも高めきった状態など、そう長く続けられるものではない。

 緊張の糸は、張り詰めた分だけ緩める時間が必要だ。アスリートにとっての1年間の価値は、想像以上に大きい。

 岩渕真奈も、今年の夏の東京五輪にかけていた1人だった。

 2011年のW杯優勝、2012年のロンドン五輪準優勝を経験し、2016年にはリオ五輪予選敗退も経験した。その雪辱を果たすために、27歳という選手として絶好のタイミングで迎える東京五輪に照準を合わせてきた。

 個人としても、2017年3月にドイツの名門バイエルン・ミュンヘンを退団し、日本のINAC神戸でのプレーを選択している。その決断には、代表の活動に合流しやすいという要素も少なからず存在した。

 大きな目標にしていた五輪の延期について岩渕はいまどう思っているのか、まだ緊急事態宣言も解けていない5月上旬に本人に話を聞くことができた。

――東京五輪が延期になりましたね。

「自分の中でも色々なことをオリンピックを軸に考えていた部分があったから、正直そのプランが崩れたというか、自分の未来も変わりました。小学2年生で始めて以来、今が一番サッカーと距離がありますね。気持ちもそうだし、身体的にも今は結構な距離を感じています」

――こちらも、言葉が見つかりません。

「でも、大変っていうほどではないんですよ。オリンピックは延期かー、って思った程度ですし。それよりも、まずリーグ戦再開に向けて準備しなきゃいけないけど、再開予定日が何回も延びましたよね。正直、7月開幕なら今はまだやらなくていいだろうなと思うけど(笑)、クラブからはメニューが来ますから。なんか、自分のペースじゃないなと思います」

――モチベーションを保つことが難しそうです。

「そうですね……」

――リーグ戦ですが、五輪が延期になってモチベーションを保つのが難しいという話は他の選手からも聞きました。

「わかります、そうだと思いますよ。スポーツって年齢の影響が大きくて、27歳の自分で多分ギリくらい……って言ったら上の人に申し訳ないけど、やっぱ1年の違いって大きいですよね。

 自分の場合、27歳でオリンピックがあるってわかったのが22か23の時でした。27歳というのは選手として一番良い時期だと思いながら準備してきました。でも、もっと年齢を重ねてて今回のオリンピックを最後にしようと思ってた選手も絶対いる。そういう人たちは自分なんかより大変だろうなと思いますね」

「自分は隠さず言ってるタイプ。でも……」

――五輪を目指していたアスリートは、年齢や引退のことだけでなく、様々な思いがあっても、なかなか表には出せずにいるのではないでしょうか。

「自分は隠さず言ってるタイプだと思います。チームのトレーナーにも『今これやる意味ある?』とか言っちゃうし(笑)。

 でもやってるふりはしなきゃいけないですよね、やってなくても……冗談ですよ(笑)。でも、私よりまじめな人たちはぴーんと糸を張ってこの1年間過ごすんだろうなと思ったら、それはしんどいかなと」

――周囲にもそういう辛そうな選手はいます?

「そんなに連絡とらないのでわからないですけど、いるんじゃないですか。そもそも、自分は怪我に慣れてて、サッカーをしない期間があっても練習し始めたらどれくらいでコンディションが戻るというのを知っているんです。このくらい時間があれば大丈夫だろうなという感覚がある。

 でも、そんなにサッカーから離れたことがない人がほとんどだろうから、そういう人たちはやらなきゃという強い気持ちでやり続けてしまって、逆に大変そうだなと思います」

――振り返れば、2017年にバイエルンから日本に戻った時点で、代表や東京五輪が念頭にありましたよね。

「そうですね。いろんな葛藤はあった中で、あれから3年間でそれなりに成長できたとは思います。INACではなかなか結果が出てなかったので悔しくもあるんですけど、なでしこ(代表)では、結果が出るようになってきたかなと」

――この3年間、ご自身についてどのような変化を感じていますか?

「やっぱり気持ちの部分ですね。プレーというより、気持ちの部分で強くなったと思います。今までも責任を持ってやろうと思ってはいたけど、その責任の度合いというか自分の中での責任感の幅が大きくなりました。

 今までもマックスのつもりだけど、そのマックスがどんどん広がっていって、常に気持ちの部分で責任を持てるようになってきたという感じかな、と」

――ちなみに27歳で五輪を迎えたあとのプランというのは、どんなプランがあったんですか?

「若い時は、東京オリンピック終わったら子供を産んで……、とか思ってました(笑)。落ち着いたら復帰できるしって考えてたんですけど、現実的にはそんなことはなくて(笑)」

――(笑)。

もう一度海外で挑戦したい。

「INACとは、日本に帰ってきた時から、五輪の年までは移籍せずやりたいという話をしていました。実を言うとオリンピックが終わったらもう一回海外に行こうと思ってて、1、2年前から動いてはいたんです。それであとは自分が返事をするだけという時に、コロナの状況になってしまって。

 ドイツ時代も別にやれなかったわけじゃないけど、あの帰り方をして(バイエルンからの退団は、契約解除という形だった)、代表でも結果を出せるようになってきたからこそ、もう1回勝負したいという気持ちが強くなってきたんです」

――それが白紙に戻ってしまったんですか?

「INACは怪我をしている時も面倒を見てくれて、しかも今季はキャプテンをやらせてもらってるので、1試合も出ないでこの夏にチームを出ていくのは自分としてはイヤで。来年、東京五輪が終わってから海外へ再チャレンジするか、予定通りオリンピック前に海外へ行くかを天秤にかけました。

 オリンピックが終わっていれば、海外でたとえ試合に出られなくても自分がチャレンジして頑張りました、成長できましたでいいんです。でもオリンピックの前に行って試合に出られなくて、コンディション崩しましたというのはどうかな……って。いろいろ考えたら結局、今はいきたくないという結論になって、海外の話を全部断りました。今でも残念な気持ちは正直ありますね」

――次のステップに進むタイミングになるはずだったんですね。

「もう一回海外チャレンジするのが1年遅れたことは、東京オリンピックが1年のびたこと自体よりも残念。東京オリンピックのために1年頑張るのはいいんです。でも、海外に行けなかったこの1年はやっぱり残念」

――INACに加入した時からのプランでしたからね。

「はい。ずっと思ってたので……。やっぱり、自分は海外でやったほうが成長できるタイプだと思うんです。世界の舞台でちゃんと戦える選手になりたくて、そのためには結局、海外選手相手に日頃からやってたほうが自信も持てる。それに、プレーは技術より気持ちが大事だなって思うタイプなので、海外で常に戦うことで生まれる余裕はあるんだろうなって感じます」

――そんなに気持ちを大事にするタイプでしたっけ?

「自分は気持ちのタイプだと思います。負けず嫌いだし、めちゃめちゃ強気な方。もちろん技術もなきゃいけないし、その努力はしてきたつもりです。でも上手くても通用しない人って山ほどいて、じゃあその原因は何なのって、絶対内側の部分だと思うんです。

 日本の若い選手でも上手い選手はいっぱいいるけど、世界の舞台で活躍したり、フル代表で自信を持ってサッカーできてる選手が何人いるのって考えたら、自分はやっぱり海外にいったほうがいいと思う」

「代表って絶対勝たなきゃいけない場所だから」

――若い頃と感覚が変わってきている感じはありますか?

「やっぱり海外に行ったからかな。行ってる間に自分はできるんだっていう自信を身につけて、日本に戻ってからも、海外での経験が自信になっていると思います。

 でも、戻ってきて良かったこともたくさんあるんですよ。身体もしっかり整えられたし、コンスタントに代表に行くこともできる。海外にいると、国内合宿とか東アジア選手権に行けなかったから。だから、戻ってきたことはプラスです」

――ただ、その代表チームは苦しんでいますね。3月のSheBelieves Cupは3連敗でした(スペインに1?3、イングランドに0−1、アメリカに1−3。日本の2得点は共に岩渕)。

「2019年にW杯であの負け方(16強でオランダに惜敗)をして、でも負けた中にも成長を感じる部分はあったんです。その後の練習試合でも手応えはあったし、東アジア選手権も優勝しました。結果が全てなので、そうやって優勝したりすることで、どこかで自分たちを肯定していたんですよね。なんだかんだ勝ってるし、って。

 でも今年の3月にアメリカでボコボコにされて、このままじゃほんとにだめだよねって危機感が大きくなりました。東京オリンピックまで時間もないから」

――衝撃を受けたのですね。

「最近の中では一番ボコボコにされた大会だったので。

 結果と内容についての考え方って2つあって、勝っても内容が伴わなかったら意味がないと思う人と、いやもう勝てばいいでしょって思う人がいる。自分は、代表って絶対勝たなきゃいけない場所だから、『ボールはつなげなかったけど勝ちました』でも別にいいんじゃない? って思う方。だから、負けるのは絶対にダメなんです」

――その中で、ご自身は2得点しました。

「でも、まだまだ足りないです。自分は勝たなきゃ意味はないというのが前提なので。
それでもゴール自体は、コンスタントに代表で取れるようになってきた実感は持てました。強豪国が相手でもやれるんだって掴んだものはありましたね」

――リオ五輪予選で出場権を逃してから4年。早いものですね。

「なんか色々難しいなって思うこともあります。たとえば代表の環境は良くなって、飛行機がビジネスクラスになったりしました。もちろん良くなるに越したことはないけど、結果も出てないのにビジネスで移動するのはどうなんだろうって思うこともあります。

 女子サッカー界が良い方向に行くという意味ではいいことだと思いますけど、恵まれてる分結果を出さなくちゃいけないですよね」

――今後についてですが、海外移籍は五輪が終わるまで封印なのですね? 冬の移籍は基本的には考えない、と。

「そう思ってます。また魅力的な話をいただけたら、というところからですね。オリンピックがあるからっていう気持ちで頑張ってきて延期になったのは困ったけど、サッカーをやってる以上は頑張らなきゃいけないから。

 それに、オリンピックが1年延びて良いこともありますよね。代表が良くなるための時間ができたし。3月に負けていただけに、延期は決して無駄にはならないと思います」

文=了戒美子

photograph by AFLO