7月に入り、NBAシーズン再開に参加する22チームの公式ワークアウトが始まった。今はまだ各練習場で個人ワークアウトが行われている段階だが、7月7〜9日にフロリダ州のディズニーワールド・リゾート内にあるESPNワイド・ワールド・オブ・スポーツ・コンプレックスに移動し、48時間の隔離期間後にチーム練習がスタートする。

 すでに選手、コーチ、スタッフの新型コロナウイルス検査が始まっており、初日の6月23日に検査を受けた選手302人中16人の感染が判明したことも発表になった。もっとも、これは計画の想定内だ。約5%の感染率は、同じくシーズン再開に向けて動き始めているNHL選手の感染率や、アメリカの同じ年齢枠での感染率とほぼ同じぐらいの数字。

 6月26日に共同電話会見を行ったNBAコミッショナーのアダム・シルバーと、NBA選手会事務局長のミシェル・ロバーツも予想範囲の感染率だったことで、口をそろえて「安心した」と語った。感染している16人の選手に重い症状がなく、回復すればチームに合流できる。

 ディズニーワールド周辺の地域では感染者数が増加傾向にあるが、現時点ではシーズン再開は計画通りに進められるという。

「キャンパスのほうが安全」

「最終的には、外の世界よりも、キャンパスのほうが安全だと信じている」とシルバー。“キャンパス”というのは、シーズン開催のための隔離地区に対するシルバーの呼び方だ。外から通ってくるディズニーのスタッフに検査が行われないことが不安視されていたが、状況を見ながら必要と思える場合は検査対象を増やすなどの対応策を取っていくことを検討していることも明かした。予測できないウイルスが相手だけに、柔軟な対応力が試される。

 シルバーはそのうえで、「これは決していつも通りではないし、シーズンの終え方として理想的なやり方ではない。関係する人たちの多くの犠牲が必要だ」とも認めている。

懸念されるメンタル面のケア。

 シルバーが“犠牲”と言ったのは、安全にシーズンを再開し、最後までおわらせるためには、選手やコーチ、スタッフが隔離された中の、様々な制限をされた環境で過ごさなくてはいけないからだ。

 そういった環境内で、リーグやチームがウイルス感染や故障と同じぐらい懸念しているのは、選手たちのメンタルヘルスだ。

 隔離された“バブル”内での生活は、習慣を大切にする選手たちにとって思うようにいかないことばかりになる。試合時間や練習時間も変則的で、いつも当たり前のようにやっているルーティンを行えない状況もあるだろう。敷地内での行動には多くの制限があり、かといって、敷地外に出て気分転換することもできない。敷地内の人数を制限するために、8月末までは家族や恋人に会うことすらできない。コロナ禍のなかで、離れて暮らす家族や大切な人の安全を不安に思う選手も多いだろう。

 ただでさえ競争が激しいNBAの中での生存競争だけに、選手によってはメンタル面での安定を保つことが難しい世界だ。トッププレイヤーたちは強いメンタルを持っていて当たり前と思う人もいるかもしれない。実際、少し前まではNBAでもメンタルヘルスの問題を語ることはタブー視されていたところがあった。

 しかし、どれだけバスケットボールがうまく、どれだけ強い身体を持っていても、選手たちは人間なのだ。

2年前、鬱を公表したデローザン。

 そんな当たり前のことをわからせてくれたのは、デマー・デローザン(サンアントニオ・スパーズ)やケビン・ラブ(クリーブランド・キャバリアーズ)など、一線でプレーしている選手たちが自分のメンタルヘルスの問題を公に語り始めたことだった。

 2年前、デローザンが鬱と戦っていることを公表すると、それを聞いたラブも、自分が試合中にパニック発作を起こした経験を明かした。2人とも、公表することで、同じようにメンタルヘルスに悩む人たちが公の場で悩みを話しやすい環境を作りたいと語っている。実際、それぞれのチームとしても、以前より本格的にメンタルヘルスに取り組むようになってきている。

 そんな中でのコロナ禍だった。

再開プランを記すハンドブックにも。

 選手会長のクリス・ポールは、共同会見のなかで、こう語っている。

「とてもありがたいことに、僕らのリーグでは、ケビン・ラブやデマー・デローザンのおかげでメンタルヘルスについて話しやすくなってきている。実際、現地に行ってプレーするにあたって、メンタルヘルスはとても大きな問題だ」

 リーグの再開プランを記したハンドブックでは、各チームが敷地内に帯同するスタッフの中にメンタルヘルスの専門家を加えることを推奨。限られた人数のなかで帯同できない場合は、選手たちが必要なときに、電話やオンラインで専門家と話せるような状態を保つように定められている。

ウィザーズも意識する「オープンな環境」

 八村塁が所属するワシントン・ウィザーズでも、メンタルヘルスの問題には、シーズン前から取り組んできた。

「私たちは、シーズン前からきちんとしたプラットフォームを築いてきました。最初に準備したのは、選手たちがいつでもメンタルヘルスや心理学の専門家に連絡を取れるような体制です」

 そう語るのは、チームのアスレティック・ケア&パフォーマンス部門責任者を務めるドクター・ダニエル・メディナ。選手の身体面の健康と並んで、メンタルヘルスも重要な柱だと位置づけ、取り組んでいるという。特にシーズン中断後は、いつも以上に先行きの見えないなかで不安を感じる選手たちをサポートするように心がけてきたという。

「社会全体で先行きが見えない状態で、この先の契約にどう影響するのかといった心配も出てきます。今後は、(プレイオフに進出したとして)7週の間、家族との接触をまったく絶たれるわけです。故障のリスクも高く、自分の先のキャリアにどう影響するかといったことも考えるでしょう。そういった意味で、私たちは個々の問題を語れるようなオープンな環境を作るように意識しています」

 チームの役割としては、選手とメンタルヘルスの専門家の橋渡しをすることも大事だとメディナは言う。そのために、選手が専門家に相談するスパーク(きっかけ)となるような工夫もしているという。そのひとつの例として、さまざまな動画を作成し、それを共有していると明かした。

支えるだけでなく、楽しめる環境を。

 ウィザーズは若い選手の多いチームだが、対照的にベテラン選手の多いチームでも、選手のメンタルヘルスは同じように重要な課題だ。

 たとえば、優勝候補としてあげられているロサンゼルス・レイカーズ。予想されるように勝ち抜いていけば隔離期間が最長で3カ月になるため、メンタル面への対応は無視できない問題だ。ロブ・ペリンカGMも、長期間、隔離されたなかで過ごすことで、選手にとっては身体面以上にメンタル面の負担が大きくなるだろうと語る。

「選手にとって、身体的に大変なのと同じように、メンタル面でも負担を負うことになる。むしろメンタルのほうが厳しいと言えるかもしれない。長期間家族から離れ、長い間、自分のホームではない町に暮らさなくてはいけない。その懸念に対してチームとしてどう対応するのか。今、メンタルウェルネス担当者がそのプロトコルを作成しているところだ」

 ヘッドコーチのフランク・ボーゲルも、大きな犠牲を払って再開シーズンに参加している選手たちのメンタル面にどうアプローチするかは大事だと言い、「単に支えるだけでなく、選手たちが楽しめるような状況を作ることも重要になってくる」と語る。

 メンタルヘルス、ウイルス、故障。選手たちは、コートに立つ前から様々な強敵と対峙する。それだけに、リーグ中の選手やコーチたちは、これまで経験したことがないような厳しい戦いになると、口をそろえる。

 昨季MVPのヤニス・アデトクンボ(ミルウォーキー・バックス)は、そういった選手たちの気持ちを代表するかのように言った。

「多くの人が、今年の優勝は(変則的なシーズンでいつものような価値がないという意味で)星印がつくと言っているけれど、実際には最も難しい優勝になると思う。それだけ、本当に大変な状況のなかで戦うことになるからね」

 シーズンはアメリカ時間7月30日に再開する。

文=宮地陽子

photograph by Jason Miller/Getty Images