富永啓生。2018年のウインターカップ(全国高等学校バスケットボール選手権)得点王は、桜丘高校(愛知)を卒業した2019年の夏に、活動の場所をアメリカに移した。

 将来を嘱望される稀代のシューターは、アメリカでもしっかり結果を出した。所属するレンジャーカレッジ(短大)ではデビュー戦で19得点(うち3ポイント5本)を挙げ、その2週間後の試合では34得点(うち3ポイント8本)をたたき出した。

 新型コロナウイルスの影響で、富永のアメリカにおけるルーキーシーズンは、たった5カ月で終わってしまった。

 それでも、実施された31試合すべてに出場し、平均16.8得点、3ポイントシュート成功率47.9%(104/217本)というチームトップのスタッツを記録。

 さらには、NBA選手を多く輩出する4年制大学のネブラスカ大学から、2021年秋の入学内定まで手に入れた。

ネブラスカ大からの早期オファーには「驚いた」。

 ネブラスカ大から富永への内定が出たのは、11月28日のことだった。

 アメリカの短大はバスケットボール選手にとって、4年制強豪大の3年次編入を狙うためのカテゴリー。有望選手が卒業前に編入の内定をとるのは当たり前のことだが、1年生のこの時期にそれが出るのはごくまれなことだという。

 現在、“日本で最も世界に近いシューター”といっても過言ではない富永は、これ以上ないほどに順調に成長している。

 5月1日に帰国した富永は、6月25日、日本バスケットボール協会が主催するオンライン記者会見に登壇した。

 ネブラスカ大からの早期オファーには「驚いた」とコメントした富永だが、平均16.8得点、3ポイントシュート成功率47.9%というスタッツの自己評価については「ノーマークのパスを受けて打つだけだったので、これくらいは入るだろうなと思っていました」と、にこやかに回答。

 苦労したこととして挙げたのは、食事と言葉だった。

「来るほうが貴重」というほどパスがもらえず。

 推定人口2500人、「田舎」といって差し支えない街での、初めての海外生活。

 加入当初は「来るほうが貴重」というほどパスがもらえず、練習中にケンカをするチームメートに面食らったという。

 アメリカに挑戦する選手の多くがぶつかるこれらの壁に、自信を失ったり、心細さを感じたりすることもあったのではと推測し、そう尋ねた。

 しかし富永は考え込むこともなく、「あんまりなかったです」と即答した。

馬場雄大とテーブス海の富永評。

 日本にいたころから、富永には怖いものなしの度胸を感じていた。

「大きい舞台でやるほうが燃えるタイプ」というのが本人談。

 高校3年、自身初めてのウインターカップでは、1万人以上の観客が注視するメインコートでビッグシュートを何本も決め、NBAプレーヤーばりのゴールパフォーマンスも披露した。

 幾重にも取り囲んだ報道陣に対しても、緊張したり戸惑ったりする様子はなかった。「取材を受けるの、好きなんです」。にこやかに語った。

 彼のメンタリティには、トッププレーヤーたちも特別なものを感じているようだ。

 アルバルク東京からNBAに挑戦中の馬場雄大(テキサス・レジェンズ)は、昨年9月に行われたインタビューの際に富永の名前を挙げ、以下のように話した。

「(渡邊)雄太や(八村)塁を見ていると、異国の地に行っても『自分の強みをぶつけよう』という強い志が大事だと感じるんですけど、富永くんには、2人や僕のような、誰に言われたわけでもない“根拠のない自信”を感じています。きっと彼は、NBAという世界を現実としてとらえていると思います」

挑戦することに対して恐怖心がまったくない。

 高校2年次からアメリカに渡ったテーブス海(宇都宮ブレックス)は、「海外挑戦に必要なもの」をテーマにしたインタビューで、富永の名前を挙げた。

「日本人がアメリカでプレーしようと思ったら、アメリカ人に負けない闘争心やメンタルの強さを育てなければいけませんが、もともとそれを持ってる人もいると思います。

 例えば富永くん。ポンとあっちに行って『もう余裕』みたいな感じですよね。きっと彼は、アメリカに挑戦することに対して恐怖心がまったくない。ああいう人が、アメリカでどんどん活躍できる選手なんだと思います」

 断っておくが、2人に筆者から富永の話題を向けたわけではない。それにも関わらず、2人のトッププレーヤーが富永のメンタリティについて言及したという“偶然”は、大変印象に残るものだった。

 そして、この証言が頭にあったから、富永の「(アメリカで心細かったことは)あんまりなかった」という返答は、ある意味答え合わせのようなものだった。

「ボールをリングに入れること」が好き。

 馬場もテーブスも、富永とさほど親交はない。近しい人間から見た彼の姿は、また異なるものだったりするのだろうか。桜丘高のトレーナーとして富永の3年間を見守った、前兼久俊一さんにコンタクトを取った。

 アメリカからも定期的な連絡を受け取っていたという前兼久さんは、彼のマインドについて以下のような意見を述べた。

「彼の近くで過ごして感じていたのは、啓生は、とにかくシュート、もっと厳密にいえば『ボールをリングに入れること』が好きだということ。おそらく、その感情が恐怖や不安といったものを超えてるんだと思います」

 マークがいようがいまいが、お構いなし。とにかく楽しそうに、打って、打って、打ちまくる(そして決める)。富永がウインターカップで見せたこのようなプレーに、爽快感を覚えた人は少なくないだろう。

シューターの絶対条件は「打ち続ける」。

 とはいえ、その境地に至るまでに、富永は大きな重圧にさらされてきた。

 シューターの絶対条件とされている行動がある。シュートの調子がよかろうが悪かろうが、40分間、常にそれを打ち続けることだ。入ればヒーロー、入らなければ地獄。それでも打つ。

 富永は桜丘高時代、「日本を代表するシューターになってほしい」という江崎悟コーチの方針で、下級生の頃から飛びぬけて多くシュートを打っていた。

 他の選手なら絶対パスというシチュエーションでも、「お前はシュートを打って、決めてこい」というのが指揮官の教えだった。

 ウインターカップでは、1人でチーム全体の6割近い数の3ポイントを打ち、2ポイントを含めてもそれは4割を超えていた。

 自分のシュートがチームの勝敗を握る──。それを常に自覚させられる環境で、富永はシューターに必要不可欠なメンタリティを養った。

泣きながらシュートを打っていた。

 前兼久さんには、忘れられない光景があるという。高校2年次のインターハイ3回戦。負けが濃厚となった試合終盤、泣きながらシュートを打つ富永の姿だ。

 映像を確認してみると、富永は確かに、試合終了のブザーが鳴る直前までシュートを打っていた。

 人より多くのシュートを打ってきた少年は、それを外し、自分が仲間を負けさせる経験も人一倍してきたのだ。

「エースとしての責任と自覚も、彼のメンタルを支えるものだと思います」

 前兼久さんはそう話した。

「シュート」という最強の自己紹介。

「パスが来ることが貴重だった」と振り返った、レンジャーカレッジへの加入時。富永はその貴重なパスを確実に沈めることで、チームメートの信頼を徐々に勝ち取っていったと話した。

 おそらくそこには、高度な英語力を必要とするようなコミュニケーションはなかったと思われる。シンプルに、「シュート」という最強の自己紹介をかましたことで、彼は仲間たちに認められたのだ。

 富永は7月の2週目にはアメリカに戻り、自主トレーニングに入る予定だ。

 来季は登録ポジションをポイントガードとする構想があり、来年秋に進学予定のネブラスカ大では、アメリカのヒエラルキー上位に君臨する選手たちと相まみえることになる。

 目標であるNBAを目指すうえで、困難は必ず訪れることだろう。

 しかし、富永はきっと、これらを恐れない。

 難しいと感じることはあっても、ひるむことはないだろう。“ボールをリングに入れる”。バスケットボールという競技におけるプリミティブな喜びを自らの旗印に掲げ、それを追求する喜び。さらなる大舞台でも、軽やかに、めいっぱい表現してほしい。

文=青木美帆

photograph by Miho Aoki