わかりやすさというのはヒットのかかせない要素である。

 今シーズン、その活躍がかくも明確に評価された日本人フットボーラーは他にいないかもしれない。

 ブンデスリーガの2部から1部への昇格を勝ち取ったシュツットガルトの遠藤航である。

 ヒットというのは、2部リーグのチームに所属する選手とは思えないほど話題にあがっていたからだ。

 ベルギーのシント・トロイデンからシュツットガルトへレンタル移籍したのは、昨シーズンの開幕後の昨年8月13日のことだった。そこから、初先発の座をつかむのには昨年11月24日のカールスルーエとのダービーを待つ必要があったし、その後には監督交代もあった。

 にもかかわらず、累積警告による出場停止の1試合をのぞき、そこから全ての試合に先発した。途中交代は一度もなくフルタイム出場だ。その活躍が認められて、4月28日には完全移籍も実現した。

チーム唯一の2部ベストイレブン。

 そんな遠藤に改めてスポットライトが当たったのはシーズン終了後のこと。

 老舗スポーツ誌の『キッカー』によるブンデスリーガ2部の年間ベストイレブンに選ばれたのだ。

・キッカーの週間ベストイレブン3回(チームトップタイ)
・MF部門での採点もリーグ全体で4位
・1試合平均採点の3.02点はGKコーベルについでチーム2位(採点は1〜6まで0.5点刻みで評価され、1が最高、6が最低の評価となる)

 それだけの要素があればこそ、2部で優勝したビーレフェルトが11人中7人を独占したベストイレブンに、シュツットガルトから唯一彼が選ばれたことに異を唱える声はなかった。

ドイツメディアがニックネームを付け始めた。

 他にも、ドイツメディアはこんな風に表していた。

「日本のボディーガード」

「Mr.信頼」

 警備会社のCMのオファーが来そうなニックネームだ。

 シュツットガルトと浦和レッズのOBであるギド・ブッフバルト氏も、カールスルーエ戦で特別解説を務めた際に、こう絶賛した。

「遠藤は典型的な『6番』だ。シュツットガルトの守備に安定性をもたらすし、マイボール時には彼のところでボールが落ち着く」

 ドイツではポジションを数字で表わすことも多く、『6番』というのは日本人が『ボランチ』と聞いて思い浮かべるポジションに近い。

 そんな遠藤のことを最も高く評価していた人物はたぶん、この人だ。

 スヴェン・ミスリンタート――。

ドイツ中が認める目利きのSD。

 シュツットガルトの選手編成の責任者であるSD(スポーツディレクター)で、日本のファンにも広く知られている。ドルトムントのスカウト、アーセナルのリクルート部門長を歴任した人物で、ドイツに彼の目利きとしての能力を疑う者はいない。

 彼にしっかり評価されたことには大きな意味があった。

 監督はよく代わる。成績不振にともなう電撃解任もよくある話だし、ときには首脳陣と衝突したり、プライベートな理由でクラブを去ることもある。

 監督からのラブコールを受けて移籍したのに、その監督がすぐにクラブを去ってしまい、路頭に迷う。そんなケースは移籍にはつきもので、こうした状況に苦しんだ日本人選手の名前も1人や2人はすぐに思い浮かべられるはずだ。

 監督は「雇われる」立場だが、選手編成を司るSDやGMは「雇う」側だ。

 どちらからの評価が、その人の将来に大きな意味を持っているのか。サッカー界とは無関係であっても、どこかの会社に一度でも所属した人間ならばわかるだろう。

むしろ、なぜ3カ月もベンチだったのか。

 ちなみに“前”監督による遠藤の評価について、こんなエピソードがある。今季の初めから12月のウインターブレイクに入るまで指揮を取っていたティム・ヴァルターだ。

 前述したとおりシーズン序盤の遠藤は出番を得られず、初先発を飾ったカールスルーエとのダービーマッチで好プレーを連続して定位置を確保したわけだが、この大活躍は逆の形で話題になった。

「加入から約3カ月もの間、遠藤がベンチに座らされていたのはなぜだったのか」、と。

 ヴァルター前監督が周囲に対して「エンドウはボランチをやらせるにはあまりに背が小さい」と漏らしていたこと、「エンドウを試してみる時間がなかった」と言い訳をしていたことも地元メディアに“暴露”された。

『シュツットガルター・ツァイトゥング』紙は、初先発が11月末になったことについて、当時のヴァルター監督の手腕について厳しく伝えていた。

「日本から来たMFが素晴らしいプレーを披露するまでに、ヴァルターはなぜこんなに長い時間をかけたのだろうか? 少なくとも、これまでの遠藤は4バックのどこかのポジションのオプションでしかなかったわけで、44歳の監督は、遠藤のことを決して(本質的に)見ようとしなかった」

 最終的に遠藤はヴァルターの信頼をつかんだし、監督解任の理由は、「選手たちの成長についてクラブ側と見解の違いがあると明らかになった」から。遠藤と直接的な関係はない。

 ただ、遠藤のパフォーマンスに地元メディアが腰をぬかしたのは紛れもない事実だった。

香川、レバンドフスキらをブレイクさせた手腕。

 同時に、遠藤は自らを評価してくれたSDに花を持たせることができた。

 なにしろ、シーズンの最終盤にはドイツ最大の発行部数を誇る『ビルト』紙がこう伝えたくらいだ。

「遠藤の加入は『今季最大の移籍』である。これは、ミスリンタートSDの手がける典型的な移籍だ。ベルギーでプレーしていて、(ドイツに住む)多くの人が知らなかった選手をミスリンタートは発見してきたのだから。この移籍が、チームに欠けていた継続性をもたらしている」

 ミスリンタートが、ドルトムントのスカウト時代に目をつけた香川真司、レバンドフスキ、オーバメヤン、デンベレらが、ブンデスリーガ初挑戦ながら次々にブレイクしたことがよく知られているからこその激賞だった。

ドイツ人が気にするデュエル数が圧倒的。

 では、周囲からの信頼を勝ち得た遠藤のピッチの上での貢献は、どう分析すれば良いだろうか。

 最近は、選手の貢献度を示すデータであふれている。

 例えば、それぞれの選手が出場した試合でチームが挙げた勝ち点はPPS(Punkte pro Spiel)という指標で表わされる。その選手が出場すると、チームは平均でどれだけの勝ち点を得るか、という数字だ。全勝ならば3.00、1勝1敗なら1.50、全敗ならばもちろん0.00になる。

 実は、遠藤が出場している試合で勝ち点のペースが増えていたというわけではない。彼のリーグ戦でのPPSは1.67点で、20試合以上に先発した選手の中でもチーム8位だ。特筆すべき数字ではない。

 しかし、注目されたのはドイツでの評価に大きく影響する以下のデータだろう。

 90分あたりの守備時のデュエル数:6.96回(チームトップ)

 守備時のデュエル勝率:66.27%(チーム2位)

 つまり遠藤は身体を張ってデュエルを挑み、勝っていた。

 178cmの身長はドイツでは低い部類に入るが、空中戦デュエルも138回でチームトップを記録している。

 ドイツではデュエルを指すZweikampfという指標があり、そのデータは毎試合のようにメディアに載る。そして、守備でもっとも身体をはっているのが彼なのだ。だからこそ、高く評価触れたのも当然のなりゆきだった。

守備は守備でも、攻撃につなげる守備。

 さらに興味深いのは、身体を張る場面が変化していたことだ。

 中継局のインタビューで印象的だったのは、待つ守備だけではなく積極的に前に出てボールを奪いに行く守備への手応えをにじませていたことだ。いわゆるゲーゲンプレッシングに磨きをかけていったわけだ。

 そうした攻撃的な守備の成果も、いくつかのデータに表れている。

・インターセプト総数 127回(チーム2位)
・90分平均インターセプト数 5.23回(チーム2位)

 シーズンの最初から出場していれば、インターセプトの単純な回数でもトップを記録していただろう。何しろ遠藤が先発したのは34試合のうち20試合だけだったのだ。

遠藤がいればアジアカップは優勝していた?

 遠藤の守備能力については、日本代表のチームメイトたちも感じている。準優勝に終わった昨年のアジアカップ後、負傷で決勝戦を欠場した遠藤の不在を嘆く声が漏れ聞こえてきていた。

 例えば、決勝戦でカタールのゴールの起点になったのはFWハサン・アル・ハイドスへの縦パスだったが、準決勝まで獅子奮迅の活躍をしていた遠藤がいればあのパスは通っていなかったのではという選手がいた。

 ただそう発言することは、たとえその意図がなくても代役を務めた選手に火の粉が飛ぶ可能性がある。それを望む選手などいないので、当時はひっそりと語られていたのだ。

 何にせよ、遠藤の危険の芽を摘む能力が日本代表にとって大きな意味を持っていると感じるチームメイトがいたことは間違いない。

決定的なパスも増えている。

 ペレグリノ・マタラッツォ監督が就任して以降のシュツットガルトは、1アンカーではなくいわゆるダブルボランチのフォーメーションを採用する試合が増えた。それに伴い、遠藤が攻撃に参加できる回数が増えた。そして攻撃面の変化も、データに反映されている。

 遠藤はマタラッツォ監督のもとで計15試合にフル出場したが、5試合ごとのデータを見ると、以下の2つの項目で気になる変化が起きている。

・スルーパス(1試合平均試行数/成功率)
・ペナルティエリア(PA)内へ送ったパス(1試合平均試行数/成功率)

 変化は、以下の通りだ。

<19節〜23節>
スルーパス1.6本/25%
PA内へのパス1.2本/33.3%
<24節〜28節>
スルーパス1.8本/44%
PA内へのパス1.8本/33.3%
<29節〜34節>
スルーパス2本/50%
PA内へのパス2.4本/58.3%

 スルーパスもエリア内へのパスも、成功率が明らかに上がっており、エリア内へのパス本数は倍増している。

 マタラッツォ監督がもう少し早く就任していたら、数字の変化はもっと顕著なものになっていただろう。今後への期待を感じさせる形で、遠藤のドイツ挑戦1年目は幕を閉じた。

「どれだけ上に行けるのかが大事」

 思い出されるのはおよそ2年前、2018年7月25日の成田空港でのこと。かけつけたサポーターとメディアに囲まれながら、遠藤はこう宣言した。

「大事なのは、今回のロシアW杯での悔しさを忘れずに、しっかり4年間過ごすこと。その一歩として、海外移籍が自分のなかにある。これからは、ヨーロッパでどれだけ『上に行ける』のかが大事になって来ると思いますし、その結果が4年後につながれば良いなと。目の前のできることをしっかりやって、最終的に4年後にW杯という舞台に立てるように頑張っていきたいです」

 その言葉通り、あのときからすでに2つの階段を上がった。1つ目はベルギーからドイツへの移籍で、2つ目は自ら勝ち取ったリーグの昇格という形で。

「遠藤はチームで最も大切な選手だ」

 カテゴリーを駆け上がったきたからこそ、これから求められるのはプレーヤーとしてのレベルを誰の目にもわかるくらいに上げることだ。

 シュツットガルトは2部では圧倒的にボールを保持しており、支配率は63.8%でダントツのトップだった。でも、1部で同じような戦いを望むのは現実的ではない。今季のブンデスリーガ1部では、支配率が2番目に高かったレバークーゼンでさえ62.4%だ。

 明らかな格上チームもいる1部では、攻撃的な守備を見せるだけではなく相手の攻撃を耐える局面も出てくるだろう。そこで、どれだけのパフォーマンスを見せられるのか。

 簡単ではないが、期待感はある。

 最後に、現在のマタラッツォ監督の言葉を紹介する。チームを1部昇格に導いた、名門コロンビア大学の出身の指揮官はこう話している。

「遠藤は現在、我々のチームで最も大切な選手だ。スペースを埋めて、ボールを失わず、まるで『銀行』みたいに頼りになる存在だ。常にボールを受けられるように顔を出してくれるし、重要なデュエルでも勝ってくれる」

 思えば、シャルケ時代のイバン・ラキティッチも、ラウール・ゴンサレスのことを『スイス銀行』と評していた。銀行に例えるというのは、それくらいの信頼を意味する。

 果たして、信頼という名の貯金を増やせる選手になれるかどうか。全てはドイツ最高峰の舞台で明らかになる。

文=ミムラユウスケ

photograph by AFLO