まさか自分が変わることのできる日が来るとは思わなかった。心が折れ、下ばかり見ていた、かつての自分はもういない――。

 横浜DeNAベイスターズの山下幸輝は、今日も笑みを浮かべ、プレーをする喜びを体いっぱいに享受している。

 コロナ禍により静寂が漂うスタジアムに、バッターボックスに立つ山下の声が響き渡る。

 バットを振れば「うぉりゃっ!」と声を張り上げ、ボールを見逃しても「うおっ!」と腹の底からうなり声が出る。あふれる鼓動。その声はまるで言霊のごとくバットに伝わり、捉えたボールは強烈な打球となり外野へと飛んでいく。

「辞めたいと思うぐらい、野球を面白いと思えなかったんです」

 6年目の今シーズン、山下はファームで打撃好調をアピールすると、7月中旬に一軍に合流した。以来、主に代打として帯同され、チャンスの場面で打席に立っている。思い切りのいいバッティング。昨季まで切り札だった佐野恵太がレギュラーになったことで手薄になったDeNAの代打陣であるが、ラミレス監督は「ここぞという場面で点が欲しいときは山下を使う」と信頼を寄せている。

 とにかく印象的なのは、明るく快活なその表情だ。常に口角が上がり、覇気に満ちている。どこか内向的に見えていた、昨年までの山下にはなかった風情である。

「以前は、人目を気にするタイプだったんですよね……」

 山下は苦笑しつつ、自分自身のことを振り返る。

「今までは笑ってプレーなんかしていたら、まわりから叩かれるだろうなって思っていましたからね」

 とにかく自分に自信を持てなかった。ミスを恐れることで、プレー中に体が硬直することもあった。押し寄せるような緊張感で自分らしさなど出せるはずもなかった。

「前は、スタメンと言われたときは緊張しすぎてヤバかったですし、一軍に行けと言われて嫌だなと思ったこともあったんですよ」

 期待をされていても自分に確信を持てなければ、時にそれは大きなストレスとなる。結果が出ず悩みの渦中にいる選手が「チャンスに打席がまわってきてほしくない」「スタメンから外してもらいたかった」と心情を吐露するのは珍しいことではない。山下は続ける。

「正直に言えば辞めたいと思うぐらい、野球を面白いと思えなかったんです。振り返れば自分で自分を追い込んでしまっていました。ただ今は、人目を気にすることなくやろうと思うようにして、そうしたら不思議と吹っ切れたんです。今は楽しくやっていますよ」

 そう言って見せる納得した笑顔の裏には、塗炭の苦しみを乗り越えてきた、たくましさが見えるようだった。

一度も1軍に呼ばれなかった昨シーズン

 5年目の昨年は、一度も一軍に呼ばれることがなかった。入団して以来、初めてのことであり、山下は自分のキャリアについて考えざるを得ない状況に追い込まれた。

「昨年はシーズンの序盤に、これは今年かぎりかなって思ったんですよ……」

 一度は終わりを覚悟した。

「だから次の仕事のことを考えたりもしましたし、就職活動をしないといけないなって」

 だが悲壮感ただよう山下の思いとは異なり、オフに球団から契約更新をされた。自分より若い選手がチームを去っていくのにも関わらず、もう終わりだと覚悟した自分の首が皮一枚でつながっていた。

 意識を変える必要があった。でなければ、ぐずぐずと朽ちていくだけだ。

「自分は恵まれている」2人の“ある選手”との出会い

 そんなオフ、面白い出会いがあった。懇意にしているスポーツメンタルコーチの鈴木颯人氏の紹介で、陸上十種競技の右代啓祐とプロサーファーの大原洋人と食事をする機会があった。右代は日本記録保持者であり、また大原は2015年に世界の有力選手が参加する伝統あるUSオープンで日本人として初めて優勝したトップ・コンペティターだ。東京オリンピックの日本代表候補にも名を連ねている。

 日本を飛び出し世界を相手に戦う2人の話は新鮮だった。一方で、メジャー競技とはいえない彼らの日常は、プロ野球(NPB)の選手からすれば想像を絶するものでもあった。自分でスポンサーを集めたり、自費で世界を転戦するなど経済的な負担はもちろん、練習場所の確保など苦労の連続であることを知った。

「本当、自分は恵まれた環境にいるんだなと感じたんですよ。こんなのでプロだなんて恥ずかしいと思ったし、このままじゃいけないって。2人の話を聞いて、すごく感じるものはありましたね」

 さまざまな種目をこなす高い身体能力を持つ右代からは、より高みを目指すなら自分自身の体を自由自在に使えなければいけないと諭された。

「自分の体を使えない人が、バットとかを持っても上手くいかないよって。例えば簡単なことですけど逆立ちをして、それを動画に撮ってイメージ通り動けているのかチェックしたりしています。大事だなと実感しましたし、自分の体が変わってきたひとつの要因になっています」

壁にぶつかったとき立ち返れる場所

 闇の中で見た光明。自分のなかで変化の兆しが鮮明になっていく。次に己の能力を伸ばすため山下が目を付けたのはウェイト・トレーニングだった。

「野球選手として自分の取り柄ってなにかなと考えたとき、正直、思い浮かばなかったんですよ。けど唯一、ウェイトだけは自信があったんです。ただ、これまで中途半端にやっていた。下半身はあまり好きじゃないからやらなかったり……。だから、ここは自分を変えるためにも目いっぱいやろうって。とくに自粛期間中は徹底的にやりましたね」

 ハードなウェイトを課すと体はみるみるうちに変わり、自粛期間中だけで体脂肪率12〜13%をキープしながら体重は7㎏も増えた。山下はパワーがついたことを実感した。

「打球も明らかに飛ぶようになりましたし、何より調子のいい時期を長く維持できている感覚があります。あと不思議なんですけど、打てなかったとしてもウェイトをすればいいというか“戻れる場所”ができたんですよね」

 壁にぶつかったとき立ち返れる場所。拠り所とでもいうのか、それがあるのとないのではメンタル的にずいぶん違ってくる。心をまっさらにできる場所が山下には必要だった。

 パワーを付け強くスイングできるようになると、山下は技術的な向上も試みる。

「基本的にポップフライが多かったので、とにかく強い打球をライナーで打つことを心掛けました。これまでは何となく振って飛べばいいという感覚でしたからね」

「野球を楽しめば結果は出るんじゃないか」

 ある日、山下はファーム打撃コーチの大村巌に質問をした。

「人がいないところを狙って打つことは可能ですか?」

 大村コーチは答えた。

「可能だよ」

 そこから山下は大村コーチにアドバイスを受けながらツーストライクに追い込まれた場面やバッティングカウントの際、まわりを見て守備がいないところを狙って打つようになった。打撃フォームは以前と比べバットのヘッドを寝かし、膝の曲がりを浅くして、前足を振り上げタメを作った。ゆったりとしたフォームながらも俊敏に反応できるように。

「昨年までは初球の変化球を見逃すことが多くて、勝手に追い込まれてしまう状況だったのですが、今は初球から思いっ切りいくことを心掛け、そして素早くタイミングがとれるよう、現在のフォームに行き着いたという感じですね」

 着実に気持ちも体も技術も変わっていった。春季キャンプでは3学年下の同僚であり、オフに単身メキシコで武者修行し、プレーする根本的な楽しさを享受した関根大気と話し、大いに刺激を受けた。なぜ自分たちは野球をやっているか。どんな気持ちで野球を始めたのか。プロとなり結果をシビアに求められるがゆえに、いつしか苦行となってしまった野球だったが、この気持ちのまま終わるわけにはいかない。山下は吹っ切れ、野球を楽しむことを心に誓った。一度は死んだ身。そこに恐れるものはない。

「結果が出ている人ってどういう人なのか逆算して考えたんですよ。野球を楽しめば結果は出るんじゃないかって。ちょっとずつですけど結果は出ているので、間違ってなかったなって思っています」

後悔なくプレーすることを貪欲に追求する

 楽しむ以外に今はなにを考えて野球をしていますか、と尋ねると、山下はしばらく考えて口を開いた。

「正直、自分の実力や技術では、数字として夢を与えることは難しいと思うんです……」

 そしてゆっくりと噛み締めるように言うのだ。

「だから、人間ここまで変われるんだということを、いろんな人に見てもらいたいなと思っているんです」

 もう、エラーを恐れ不安な思いを胸に抱え守備に付くことも、追い詰められた精神状態で殊勲打を放ち安堵の涙にくれることもない。ただあるのは、今を目いっぱい、後悔なく生きることだけだ。

「ただ一軍に合流したばかりのときは自分らしさを発揮できていたんですけど、結果が出るにつれ、もっと結果が欲しくなってしまって……」

 たしかに昇格当初にくらべればバットは湿りがちだが、貪欲であることに間違いはない。プロである以上、勝負はつづく。

「まあ、一度は諦めた身ですから、そんな勝負とは思わず、普段通り楽しみながら過ごしていきたいなって」

 艱難辛苦の末の悟りというべきか、柔和な表情を見せる山下は確実に変わった。いや、変わることができた。そして望むべき追い風が吹いたのだ。

「まさかこうやって自分が変われるとは思ってもいませんでしたね」

 明るいオーラを放つ、ここ一番の代打の切り札は、今日も吹っ切れた笑みを浮かべ、声を上げ、バットを強振する。

文=石塚隆

photograph by KYODO