8月13日、ルヴァンカップ清水戦翌日のオフのことだった。遠藤康は、鹿嶋市内の選手馴染みのレストランで知人と会っていた。ふと携帯電話の画面を見ると、同じ名前の不在着信の表示が並んでいた。

 内田篤人――。

「めずらしいな」。知り合いと別れた直後、店の前から電話を返した。すると、ちょうどこちらへ向かってくる内田の姿が見えた。

 偶然にしては、図ったようなタイミング。何の話かなあと思いながら、夕飯前だったため、「メシでも食おうか」と、再度お店に入った。

 注文を終えると、ふと内田が口を開いた。

「俺、引退するわ」

 遠藤にとって、思ってもいない言葉だった。

俺はずっと“うっちー”って呼んでいる

 遠藤にとって、内田との付き合いの始まりは学生時代にまでさかのぼる。今から16年前。宮城県出身の遠藤と静岡県出身の内田をつないだのは、U-16日本代表の活動だった。

「高校1年くらいに代表で一緒になった。そこからかな。細くて速い人だなあっていうのが最初の印象。代表で会ったときは、もう1人仲良い選手も含めて、いつも一緒にいた。俺はずっと“うっちー”って呼んでいるから、アントラーズのみんなが篤人って呼んでいるのが変な感じだった(笑)」

 年代別日本代表で同じときを過ごし、2006年に内田が、'07年に遠藤がアントラーズに加入した。学年は1つ違うが、誕生日はわずか11日の違いで、気の置けない関係。内田が「ヤスはどこにいても声がでかいからすぐわかる」と言えば、それを聞いた遠藤はさらに大きな笑い声をあげる。

3連覇は「守備力のおかげ」

 ピッチ上では真剣に向き合い、互いに実力を認め合った。加入初年度からクラブで定位置をつかんだ内田は、対戦して嫌な選手を聞かれると、いつも遠藤の名をあげた。それはドイツから復帰後も変わらなかった。遠藤にとっても同じだった。

「初めて会ったときは(内田のポジションが)サイドハーフで攻撃がすごいという印象だった。でも、鹿島に入った1年目のうっちーを見たときに思ったのは、“守備がすごい”。ひさしぶりに会って、今までとは全然違う、成長したなと思った。まず抜かれない。“あいつは抜かれないから大丈夫”というイメージになると、周りも動きやすい。サイドハーフは戻らなくて済むし、取ったらすぐカウンターに移れる。センターバックにとっても、サポートへ行かなくても中をしっかり守っていればいいとなる。いつからか攻撃がクローズアップされていたけれど、俺はずっと守備がすごいなと思っていた。3連覇ができたのも、うっちーの守備力のおかげだと思う」

“やっている人”にしかわからない貢献度

 アントラーズで日々の練習をともにするようになり、当時はサブ組の左サイドハーフに入ることが多かった遠藤は、スタメン組の右サイドバック内田と紅白戦でマッチアップを繰り返した。

「まずトラップがうまいよね。よくあそこでボールを持てるなと思う。すごく嫌なところでボールを持つから飛び込めないし、かといって飛び込まなかったらワンツーでやられる」

 プロの世界で見た姿は、高校時代のそれとは違っていた。内田はリーグ3連覇や日本代表として実績を残し、'10年にドイツのシャルケへ移籍。内田の帰国時に食事をともにするたび、遠藤は大きな刺激をもらった。'18年、内田がアントラーズ復帰を果たし、2人は再び同じクラブでプレーする仲間になった。

「いやあ、帰ってきたときはうれしかったなあ。“俺、帰るわ”って連絡をくれて。うっちーは、やっている人にしか分からない貢献度がある選手。分かりにくい部分を絶対にさぼらない。とにかく気が利く。プレーしている選手にとって気が利くということは、試合を勝ちに持っていける選手ということなんだよね」

 お互いを認め合っているからこそだろう。これまで遠藤は内田に、内田は遠藤に、怒ることもほめることもなかったという。2人はアントラーズの選手として、常に求められる勝利に対して真摯に向き合い続けた。

「うっちーの引退はどうでもいい」

 8月20日、内田が14年半におよぶ現役生活を終えることが発表された。ラストマッチはJ1第12節ガンバ大阪戦。その2日前、メディア向けに行ったオンライン取材で、遠藤は断言した。

「うっちーの引退はどうでもいい。勝ち点3がほしい」

 内田が求めるであろう姿勢と結果。真意ではない信念の言葉が、そこにはあった。

 8月23日、カシマサッカースタジアム。

 ガンバ大阪戦を1−1の引き分けで終え、試合後のピッチ上で内田の引退セレモニーが行われた。

 遠藤は選手入場口から、内田の最後の勇姿を見守った。

「試合が終わって泣いたよ。泣かないかなあと思ったけど、さすがに。“まだできるじゃん、なんだよ、まだやれよ”って思いながら。今年の初め、ザーゴ監督が『うっちーを戦う体に戻す』というのを聞いていたし、うっちーからも『今年にすべてをかける』と聞いていた。自粛期間があったなか、練習試合もからんでうっちーにとってはいい時間になって、かなり動けているなと見ていた。ここからいけるぞという矢先だったから。まだいいじゃんって、まず思った。俺もいろいろと頑張るって決めたなかでの引退だったから、正直ショックだったね」

もう1年頑張ってみたら?

 鹿嶋市内のレストランで注文を終えて、遠藤は内田から直接引退を告げられた。そのとき、即座に揺るぎないものを感じ取った。「うっちーの表情を見て、スッキリしていた。もう決めたんだなあって」と感じとった。

 それでも「無駄な抵抗をしてみよう」と口を開いた。

「もう1年、頑張ってみたら?っていう話をしたんだけど……。(表情が)スッキリし過ぎていて無理だった(笑)」

「今さら、2人でご飯は恥ずかしいよ」

 2人がひと通り話を終えたとき、注文した料理がテーブルに並んだ。遠藤も内田も食べるのが早い。どちらも早々に出された料理をきれいに平らげた。

「じゃあ、帰ろうか」

 そう促す内田に、遠藤は引き下がった。

「せっかくだからもうちょっとゆっくりしようよ、と思ってデザートを頼むことにして引き止めたんだけど、別に話すこともない。あ、全然うっちーのことは嫌じゃないんだよ。他に誰かがいるときは、いろいろと話すからすごく楽しい。家族同士で会ったときも、たくさん話をするし、ふざけあったりする。でも、2人はね(笑)。これまでいっぱい話してきたから、今さら話すことなんてないんだよなあ」

 内田に同じことを聞いても、同じ答えが返ってきた。

「今さら、2人でご飯は恥ずかしいよ」

 それでもどこかつながっている。男同士ってそんなもん。お互い家庭を持ち、30歳を超え、改まって話す機会はなくなった。でも、何かあったらやっぱり顔を見て伝えたい。必要以上の会話は交わさなくても、そこには2人だけの絆がある。

「今は2人っきりになれば、お互いすぐ携帯をいじってる(笑)。うっちーから引退を聞いたときも、最後はいつもと同じ。でも、これが10年後か、20年後に何か変わるのかなあと考えてみると、おもしろいよね。もしかしたら、おじさんになったらずっと一緒にいるようになっているかもしれない。また昔みたいに鹿島神宮を一緒に歩いているかもしれないよ」

 遠藤は屈託のない笑みを浮かべた。いつもの大きな笑い声とともに。

文=池田博一

photograph by AFLO