関西の西の端、兵庫県赤穂市の小さな体育館で、酒井大祐は監督としての1勝目を刻んだ。

 V.LEAGUE DIVISION1に所属するサントリーサンバーズのコーチを務める酒井は、今春から、大阪商業大学バレーボール部の監督も兼任している。

 大商大が所属する関西大学リーグは、10月3日に秋季リーグが開幕。4日に関西福祉大の体育館で行われたびわこ成蹊スポーツ大との試合で、酒井は初采配を振るった。大商大は終始リードする展開で、セットカウント3−0の勝利を収めた。

「もうドキドキ。サントリーとはまた違った緊張感がありました」

 酒井は静かに喜びを噛み締めた。

コーチという肩書きがありながら

 元Vリーガーが大学の監督を務めることは珍しくないが、Vリーグのチームでコーチを務めながら大学の監督をすることは異例だ。

 酒井は、VリーグのJTサンダーズ、サントリーでリベロとして活躍し、日本代表でも2015年ワールドカップや16年リオデジャネイロ五輪世界最終予選などでプレーした。18年に現役を引退した後は、サントリーのコーチとなった。

 昨年末、元日本代表監督で、現在は大商大公共学部教授、バレー部の総監督を務める植田辰哉氏に、監督をやってくれないかと打診された。大商大バレー部は、かつて4度の日本一に輝き、多くのVリーガーを輩出してきた名門。女子日本代表の眞鍋政義前監督や、男子日本代表の南部正司前監督も大商大のOBである。

 しかし近年は関東の大学に水をあけられ、次第に関西でも勝てなくなり、昨年、関西大学リーグの2部に降格した。古豪の低迷に歯止めをかけ、再建する役割を、植田氏は酒井に託した。

 自身も大商大OBである植田氏はこう語る。

「OBは、おそらく大商大OBを監督にという気持ちが強いと思いますが、僕はそれは違うんじゃないかと思った。プロの指導者を連れてこなければという結論に行き着きました。酒井君はまだ指導者の経験は長くありませんが、サントリーでブラジル人コーチなどいろいろな人と接しているので、世界の新しいことをどんどん取り入れてくれると期待しています」

柳田も影響を受けたプロとしての姿。

 酒井は、JTに入社3年目だった2006年にプロに転向し、そこから12年間プロとして生き抜いた。コート上で自分の仕事をこなすだけでなく、積極的にコミュニケーションをとって人を動かし、周りに影響を与えるプロ選手だった。

 サントリーと日本代表でチームメイトだった柳田将洋が2017年にプロに転向した時、一番影響を受けた選手として名前を挙げたのも酒井だった。

「プロバレーボーラーとしての生き方を見せてもらいました。ああいう人の背中を見てきた身としては、簡単にはプロにはなれないと思ったし、だからこそああいう人みたいになりたいと思いました」と当時、柳田は語っていた。

 チームを俯瞰的に見ながら1人1人をフォローし、プレーの指示も的確に出す。酒井はさながらコート上の監督のようだった。

監督就任に迷いもあったが「未来のためにも」

 植田氏とは、ユニバーシアード代表で指導を受けて以来、親交があった。監督を引き受けるにあたっては、東海大出身の酒井には迷いもあったが、チャレンジしたいという思いが上回った。

「やっぱり外様だから、オレでいいのかな?と、そこは気にしました。でも、2年コーチをしていて、得た知識などをアウトプットする場所はサントリーしかなかったんですが、それを監督として大学でもできるなら、未来のためにも、やるのがいいのかなと。大商大は今低迷していて、ここからは上がっていくしかないので、自分にとっていいチャレンジになるとも思いました」

 海外では、例えば代表監督がクラブチームの監督も務めるなど、2チームを兼任することは珍しくないが、日本ではまれだ。「日本でもそういうことがあってもいいんじゃないかと。そういう未来になればいいなという思いもあって」引き受けた。

当たり前のことを当たり前にやろう

 初めて監督として大商大の練習を見た時は、「あの大阪商業大学がここまで……」と愕然とした。

 選手たちにまず伝えたのは、「当たり前のことを当たり前にやろう」ということ。挨拶をしよう、覇気を出そう、全力出して、本気見せて。そこからのスタートだった。

 サントリーのコーチ業が優先のため、大商大に行って指導ができるのは月に4、5回。行けない時も学生コーチとやりとりをしながら、設定したテーマに沿って練習が積み上げられるようにしている。

 2年生の正セッター阿羅田忠勝は、「みんなのモチベーションも上がっているし、勝たないといけないなと、いい意味でプレッシャーになって、意識が変わった」とチームの変化を語る。

 3年生のミドルブロッカー馬場真一は、「酒井監督が来て、的確な指示を出してくださるので、システムができて、組織としての力が上がっていると感じます」と話す。

 ただ、酒井は「まだバレーなんて教えてない。さわりのさわりぐらい」と苦笑する。

「戦術があるから勝てるわけじゃない」

 目指すバレーはある。攻撃では、スパイカーが小柄でも、しっかりとパイプ攻撃にも入って4枚で攻撃を仕掛ける。守備では、まずはサーブの打ち方によって相手の攻撃を限定し、状況やデータに応じてブロックとディフェンスを機能させる。

「相手のセッターが上げにくくなったり、点数につながりやすいサーブの打ち方があるんだとわかるようになってほしい」と酒井は言う。

 ただ、今のところは、まずはサーブを強く打つ、狙ったコースに打てる技術を身につける。ブロックは、相手の返球がいい時は基本的には1対1で対応し、返球がずれた時にはいかに速くサイドに2枚行くか、というようなオーソドックスなことしか要求していない。

「まずはスキルがないと。戦術があるから勝てるわけじゃない。どんなに細かい戦術があっても、そこに打てなかったら、そこに移動できなかったら、意味がない。だから小出しにしながら順を追ってやっています。そうじゃないと頭がテンパって、シンプルじゃなくなっちゃうから」

早くもチームに現れている酒井効果

 今年はコロナ禍で春季リーグなどの大会が中止となったため、対戦相手のデータがない。しかも今回の秋季リーグは、感染予防のため試合ごとに選手や関係者を入れ替えており、他大学の対戦を会場で見ることができない。つまりほとんど相手の情報がない中で試合に臨まなければいけない。

 4日のびわこ成蹊スポーツ大戦では、試合前練習の間、酒井は選手1人ずつに何かアドバイスをささやきながら、相手チームの練習を観察していた。短い時間で分析し、試合直前の円陣で、手元のボードを使い、相手スパイカーの癖や得意なコースと、それに対するブロックのつき方、ディグの位置どりなどを手際よく説明した。

 伝統の緑のユニフォームを身にまとった選手たちは、時々頷きながら、酒井の話を一言一句逃すまいと真剣な表情で聞いていた。その様子を2階から見ていたマネージャーが、「すごい。なんか違う。やっぱりプロの人が入ると違う」とつぶやいた。確実に変化は表れているようだ。

 試合では、狙い通りにディグがよく上がり、得点につながった。馬場は試合後こう語った。

「相手の映像を見たりできない中、すごく心強かったです。バレーボールがすごくやりやすい環境でした。酒井監督には『ミスを気にせず、切り替えてしっかり次のプレーをやればいい』とよく言われます。今まではミスをしたらみんな下を向いたり、『次またミスしたらどうしよう』と考えてしまっていましたが、今日は切り替えてプレーできました」

目標やポイントはLINEでも共有

 3日の開幕戦は酒井が不在の中、明治国際医療大学に3−1で勝利しており、大商大は連勝スタートで2部の首位に立った。

 秋季リーグ開幕の前夜に、酒井は選手たちと共有するグループLINEにPDFデータを送った。サーブ、ブロック&ディフェンス、ディグアタックなど、スキルごとにポイントや心構えをまとめたものだ。

 例えばサーブなら、「アグレッシブさを忘れない。勝負すると決めたら迷わない」。ブロック&ディフェンスなら、「流れるブロックはしない。後ろにはまだ仲間がいる」。目標数値なども入れながら基本的なことをわかりやすくまとめ、「覇気あるチームで、応援してもらえるチームへ」という就任当初から掲げる目標を改めて意識づけした。

バレーづけの酒井が目指すものとは

 Vリーグのコーチの仕事だけでも多忙だが、サントリーの練習がない時は大商大に指導に行き、遠隔でもフォローを欠かさない。二足のわらじだけでなく、妻と一緒に小・中学生やママさん向けのバレーボールスクールまで開催している。これほど四六時中バレーボールに浸かっている人がいるだろうか。

 そこまでできる原動力は何かと聞くと、「なんなんだろう? 考えたことがない」と笑った。それからしばらく考えて、こう答えた。

「勉強しなきゃいけない分、アウトプットする場が、僕には今一番必要。サントリーで『こういう言葉をかけたほうがいいんだな』とか、得た経験を大学で出して、また勉強して、ということができるから今の僕には合っていると思います。

 でも一番の原動力は、やっぱりバレーしかないと思っている自分がいるというところじゃないかなと思う。あと、職業だからというのもあるし、いつかVリーグの監督になりたいからじゃないかな。そのためには今のままでは足りないですから」

 Vリーグの監督。そこで終わりではない。酒井はこう続けた。

「どうします? 日本代表の監督になったら(笑)。なれるかどうかわからないけど、でもやっぱり、高いところを目指さないと。職業である以上。

 何歳になるかわからないし、もちろん今のままでなれるとも思っていない。今のスキルではVリーグの監督も無理です。知らないことが多すぎて、選手はついてこないと思うので。だから、やっぱり力をつけたいんですよね。ずっとそうでした。現役の時も、代表に選ばれるために力をつけようとやっていた。高みを1個ずつ極めていきたい。それは現役の頃と変わっていないかもしれないですね」

 まずは、大商大が1部に昇格して定着できるよう、サントリーがリーグ優勝を果たせるよう押し上げる。目の前のミッションに全力を注ぎながらも、酒井の視線の先には高い頂がそびえている。

文=米虫紀子

photograph by SUNTORY SUNBIRDS