「本当に最後の最後まで悩みましたが、オファーをもらったチームの試合やハイライトを重点的に見ていたら、純粋にマリノスのサッカーがしたいと思えたんです」

 大学サッカー界屈指のセンターバックとして注目を集めていた筑波大3年の角田涼太朗が進路を決断した。

 以前、当連載のコラムで「左利きのCB」という希少価値と進路に悩む彼の葛藤を紹介したが、9日に横浜F・マリノスへの来季加入が正式に発表された。J1の4クラブ、J2の1クラブ、合わせて計5クラブの正式オファーの中から角田が選択をしたのは、昨季のJリーグチャンピオンだった。

「どのクラブにも優秀なCBがいるので、どのチームに行っても厳しいポジション争いになるし、学ぶべきものが多いのは間違いない。最終的な決め手となったのは、自分が純粋にやりたいと思うサッカーかどうか。

 マリノスは自分たちが主導権を握って試合を進めていくし、ボールを動かして最終ラインからビルドアップをしていく。それでいて前線に強烈なアタッカーが揃うので、一発(のロングボール)で相手をひっくり返すこともできる。臨機応変なサッカーができることが魅力的だし、自分の力を発揮できると思ったんです」

角田の左足を生かせるマリノスサッカー

 今季でアンジェ・ポステコグルー体制3年目を迎えたマリノス。常にDFラインが高い位置を保ち、サイドバックが中央のボランチラインから攻撃の組み立てるサッカーは円熟味を増してきた印象だ。さらにマルコス・ジュニオール、仲川輝人、エリキ、前田大然、オナイウ阿道と層が厚くなったアタッカー陣で構成する強烈な3トップへ、時にはシンプルにボールをどんどん配給していく。客観的に見ても角田と能力は、現在のマリノスサッカーとフィットすると思える。

 角田の特徴的な長所は、左足から繰り出される制度の高いキックだ。長短織り交ぜたパスで一気に局面を打開できる上、高さ、スピードも兼ね揃えていることでマリノスのハイラインサッカーへの対応も問題ないと見る。さらに左サイドバックとしてもプレーできることで、その展開力やクロスボールはマリノスの攻撃にも厚みをもたらすだろう。

「バックラインの選手の役割が多いのが魅力です。特にCBは繋いで守って、ラインも保ってと、とてもやりがいを感じました。もちろん簡単なことではないですが、サッカー選手としてより成長したいと思った時に、多くの役割をこなせることが大事だと思っています。そのタスクを高いレベルで当たり前のようにこなさないと、その先のA代表はないと考えているので」

前橋育英の先輩・松田直樹を追って

 マリノスのサッカーに、自分の将来像を明確に映し出すことができた。ただ、加入の理由はそれだけではない。後押しされた大きな存在がある。

「マリノスに決めた時、ふと松田直樹さんの存在が頭に浮かんだんです。自分の母校である前橋育英高校の偉大な先輩。高校時代、山田(耕介)監督から『直樹は真っ暗なグラウンドで1人でヘッドの練習をずっとしていた』『一度試合でスタメンを外したとき、試合中ずっと俺の目の前でスライディングタックルの練習をやっていた』など、逸話はたくさん聞いてきました。さらに育英の試合では必ず『Forever3』という松田さんの顔が描かれた弾幕が貼られていたことでずっと意識してきました。尊敬する先輩です」

 前橋育英のそれは黄色と黒のタイガーカラーだが、日産スタジアムにもトリコロールの「Forever3」の横断幕がある。高校時代の松田はエース番号「14」を背負ったが、松田を象徴とする「3番」を高校2年から背負ってきた角田にとってその存在は大きい。

「やっぱり松田直樹の後輩だな」と

「松田さんは高校でもプロの世界でも誰からも愛された、僕にとってはまだまだ遠い存在。でも、偉大なプレーヤーの後輩としてマリノスに入る以上、1年目からそれなりの結果で示さないといけないと思いますし、絶対に下手なプレーはできないと思っています。『やっぱり松田直樹の後輩だな』と思われるように頑張りたいです」

 ちなみに筑波大からマリノスのCBという系譜で言えば、「アジアの壁」と言われた井原正巳がいる。マリノスではレジェンドである偉大な先輩2人の直属の後輩として、サポーターからも大きな注目と期待を集めるだろう。

マリノスの最終ラインに「強さ」を感じる

 角田が言う「それなりの結果」とは、マリノスのCBとして頭角を現し、将来的にはDFリーダーとして最終ラインに君臨することだ。

 現在のマリノスには日本代表にも名を連ねる畠中槙之輔、昨季ベストイレブンに選ばれたチアゴ・マルチンスと、Jリーグ屈指のCBコンビが君臨している。さらに今季はどのクラブもマリノスのサッカーに対して入念な対策を練ってくる状況だ。その中で求められるのは、当然のように狙われる最終ラインの裏のスペースへのアタックを、パワーと頭脳とねじ伏せる「王者のメンタリティー」である。

「マリノスの最終ラインに『強さ』を感じています。前への推進力、ハイラインを保つ決断力も凄い。これは非常に難しいことだと思いますし、勇気やリスクマネジメントなど様々な能力が求められる。単に1対1に勝てばいいのではなくて、ピッチ全体を見渡さないといけない。それをこなすには味方との連係が大事になってきますし、体の向きがゴールに向いた状態でのクロス処理やスルーパスの対応、寄せなどが必要になってくると思います。

 今の僕はどちらかというと『迎え撃つ守備』を意識していますが、マリノスではそれに加え、追いかける守備、先回りをする守備、瞬間的に寄せる守備と多岐に渡ったプレーが求められる。でも不安と言うよりは楽しみの方が多い。成長する要素がたくさんあるので」

目指すのは「なんでもできるCB」

 角田がマリノスを選んだ1つに、まさにこの「メンタリティー」を養いたいという強い思いがあった。攻撃・守備、空中戦、地上戦、そして360度のカバーと「なんでもできる選手」を理想のCB像として挙げている。技術だけではなく、前年度王者という強烈なプレッシャーの中でプレーできることを大きな魅力と捉えたのだ。

 マリノスにとっても、右利きが揃うDF陣の中で希少な左利きのCBである角田の獲得は将来を見据えた上で必須事項だったはずだ。両者の想いが合致する形で、今回の加入が実現した。

冨安の活躍、先輩たちが敷いたレール

 ただ、彼はまだ大学3年生だ。正式加入は再来年の2022年シーズンから。それでも早期決断をした理由は、何より彼が「より早く経験を積んでステップアップしたい」というマインドが強いということにある。

 今季のJリーグは「豊作の年」と呼ばれるほど多くのルーキーや特別指定選手が多くの出場機会を掴んでいるが、その多くが攻撃的なアタッカーやサイドバックの選手。チームの核としてプレーすることが求められ、さらに経験が物を言うCBとしてポジションを勝ち取ることはそう容易いことではない。だが、周囲を見渡せば、同世代のCB冨安健洋は日本代表レギュラーの座を勝ち取っている。年齢はたった1つ上。すでにヨーロッパのトップリーグで活躍するトップランナーに「後に続きたい」という思いもある。

「筑波大進学を選んだ時点で、在学中にJクラブの特別指定選手になってプロの舞台を早く経験したいというプランがありました。ただ入学後、制度の変更で特別指定選手は内定者ではないと許可が下りないようになったんです。先輩の三笘さん(薫/川崎フロンターレ)に『プロに行けるチャンスがあるなら、早いうちに経験をしたほうがいい』とアドバイスをもらっていましたし、実際に昨年にJクラブの練習参加をさせてもらった時も、スピード感が全然違った。そういう助言や経験が決断を早めた理由です。

 もちろん筑波大で成長できないというわけではありません。筑波大での時間があったからこそ、間違いなくここまで多くのクラブからオファーをいただける選手になれたと思います。ただ、次のステップに進むためには、やはりプロの舞台を少しでも早く経験することが大事だなと思いました」

 筑波大は勉強のレベルも高く、サッカー部では大学生である以上はしっかりと授業を受け、勉学を疎かにしてはいけないという共有するマインドがある。現に角田は卒論以外の必要単位はほぼ全て取得済みだ。きちんと大学生のとしての本分を果たしながら、特別指定選手としてJリーグの舞台に立ちたい。「文武両道」を実現する上でもマリノスの環境は魅力的だった。

 過去を振り返ると明治大からキャリアをステップアップさせた長友佑都、武藤嘉紀、室屋成という成功モデルがいる。彼らも現在の角田と同じように大学3年でプロ入りを決め、4年の時はすでにFC東京の選手として活躍し、そこから日本代表、海外移籍へと駆け上がって行った。彼自身も先輩たちが敷いてくれたレールをイメージしているだろう。

筑波大・小井土監督も角田を尊重

 筑波大蹴球部を率いる小井土正亮監督も角田の考えを尊重する。高いレベルでの文武両道をこなす権利を掴めるか、掴めないかはすべて自分次第なのだ。

「卒業前にプロの世界にトライする気持ちは、僕も応援したいと思っています。ただ、プロの世界は甘くない。まずはマリノスで信頼を勝ち取って、試合に使ってもらえるように成長をしないといけない。『来てほしい』と求められる選手になってほしいと思います」(小井土監督)

 そのことは角田自身がよく理解している。

「自分の中でモヤモヤする気持ちもあるのかと思ったのですが、決めた後はすっきりとした気持ちになれたんです。高校時代、プロか大学か迷って決断したときは、自分を追い込んでしまったというか、早く決めなきゃと思い詰めていた。でも、今回は自分が思っていた以上に覚悟が明確に決まった。あとはこの決断が良かったということを、周囲にも自分自身も納得させたい」

「トリコロールは好きですよ」

 悩みに悩んだ末に下した結論。今、彼に見えているのは新鮮で、楽しみに満ちた将来だ。

 最後に彼に袖を通すことになるトリコロールのユニフォームについて聞いてみる。

「トリコロールは好きですよ、鮮やかですし」

 その後、角田はあふれ出るように「王者」に飛び込む決意を語り出した。

「期待も大きいと思うので、がっかりさせないように、早くトリコロールが似合う選手になりたいと思います。小井土監督が話していた『期待に応えるのが一流。期待を超えるのが超一流』という言葉が心にある。マリノスに入る以上、出番を掴んで日本代表に入りたいし、先輩である松田さんも超えていきたい。どれも大きな目標ばかりですが、生半可な気持ちではありません。やるからには全てを超えないと、自分が望む成長、将来はないと思っています」

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando