ヤンキースが田中将大と結んだ7年契約は成功だったのか――。

 今季のポストシーズンで田中が痛打されたため、そんな問いの答えは少々難しくなったと思うかもしれない。しかし、10月14日、2020年の総括会見に臨んだヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは返答を躊躇うことはなかった。

「田中は無理なく適応し、そのパフォーマンスと向上を目指す努力によってポジティブなインパクトを残してくれた。マウンドに立てば、最高の努力をしてくれるというだけでなく、大抵の場合、最高の結果が得られた。田中将大がヤンキースの一員として成し遂げてくれたことを誇りに思う」

 チームのエグゼクティブが公の場で自軍選手を褒めるのは当然だが、田中に関しては正直な思いだったのではないか。前述通り、今秋のプレーオフで苦しんだおかげで印象は悪くなったものの、7年を振り返ればその働きが上質だったことは明らかだからだ。

費用対効果で考える「7年間の成績」は?

 田中は2014〜20年の7年間で174試合(先発は173戦)に登板し、通算78勝46敗、防御率3.74。すべてのシーズンで先発ローテーションに名を連ね、昨季まで6年連続で二桁勝利を挙げた。1年目に右肘靭帯の部分断裂を負いながらも、2015〜20年の先発数153はリーグ18位とマウンドを守り続けたことは評価されて良い。

2019年末の田中将大投手 ©Naoya Sanuki

 2017、2019年は不振を経験し、毎シーズンどこかで短期離脱する傾向こそあったものの、マウンドに立っている間は先発ローテーションの2、3番手としてチームに確実に貢献した。2016年は防御率リーグ3位、開幕投手も4度務め、オールスターにも2度選ばれるなど、ハイライトと呼べる活躍も少なくなかった。

 1年平均で約25億円という高額年俸を受け取っていたのだから、費用対効果という面では最高級とは言えなかったという見方もあるだろう。ポスティングと年俸を合わせて獲得に1億7500万ドルが費やされた選手なら、No.1スターターと目されてしかるべき。2014年のデビュー直後、14戦で11勝1敗、防御率1.99と完璧だった時期を除けば、田中の投球内容、残した成績はエースのそれではなかった。

 ただ、少なくとも昨季までは、1年で最も大事な時期に素晴らしい投球をすることで田中は不足分を補うことができていた。去年までポストシーズンでは通算8戦に先発し、防御率1.76。その8戦で自責点4以上のゲームはゼロ、被打率.157は歴代1位(プレーオフ6戦以上の登板経験がある投手の中で)といった圧倒的な数字を叩き出した。

 なかでも2017年のプレーオフでは3試合で20イニングを投げ、防御率0.90と支配的な投球を続けたパフォーマンスは語り継がれる。この年、必ずしも前評判が高くなかったヤンキースは意外な快進撃でワールドシリーズにあと1勝のところまで迫った。その躍進は田中の存在なしにあり得なかったはずだ。

「舞台が大きくても圧倒されず、自分のプレーができる選手は存在する。マサは集中力があり、重要な舞台を好む。重要なゲームであればあるほど、ベストの力を出してくれる。彼がいてくれて嬉しいよ」

 アーロン・ブーン監督がそんな風に述べていた通り、10月に快投を続けた田中はいつしか現役屈指の「ビッグゲームピッチャー」と呼ばれるまでに至ったのだった。

レイズ戦を見守る妻・里田まい ©Getty Images

契約更新は既定路線だったのに……

 こうして田中のメジャーキャリアを振り返っていくと、やはり返す返すも今季プレーオフの乱調は残念だった。これまではポストシーズンになると水を得た魚のようだった田中が、インディアンスとのワイルドカードシリーズ第2戦、レイズとの地区シリーズ第3戦でまさかの2試合連続炎上。インディアンス戦では悪天候という不運があったものの、レイズ戦でも4回5失点と打ち込まれた投球にエクスキューズを見つけるのは難しい。この2試合で防御率12.38と崩れ、ヤンキースの早期敗退の一因となったことで、7年目の印象は一気に悪くなってしまった。

「So, what have you done lately? (それで最近は何をしたの?)」

 そんなフレーズが合言葉のようなニューヨークではもう覚えている人は少ないかもしれないが、今季の田中はレギュラーシーズン中10度の先発機会で9戦は自責点3以下と好調だった。シーズン終了時点では、今オフに契約切れを迎えてもヤンキースが複数年契約を提示するのは既定路線というのが地元の論調だったのだ。

 ところが、プレーオフでの意外な乱調でそんな評価も急変。ヤンキースが残留を望む可能性は依然として高いものの、直近の結果と31歳という年齢を考えれば、契約年数、年俸といった条件はより厳しいものになるかもしれない。

 ただ……すべてのあとで、冒頭のキャッシュマンGMの言葉はやはり単なる社交辞令とは思わない。結局のところ、田中がニューヨークで過ごした7年間は成功として振り返られるのではないか。最後のプレーオフでの結果が思わしくなかったからといって、これまでにやり遂げたことの価値が消えるわけではないからだ。

2013年オフの高額投資は「正解」だったのか

 新陳代謝の激しい米スポーツでは“永遠”とも思える7年という期間において、田中は黙々とニューヨークのマウンドに立ち続けた。その間、勝率.629は現役ピッチャーの中で9位、K/BB率は同4位。5年以上の長期契約は失敗に終わることが多いメジャーで、契約期間を通じて戦力であり続けたことはそれだけで特筆されて良い。

「アンディ・ペティートの信頼度、オーランド・エルナンデスの大舞台の強さを持った投手」。今季終盤ごろ、ニューヨークポスト紙のジョエル・シャーマン記者は田中をそんな風に評していた。ほとんど理想的な先発2番手だったレジェンド左腕のペティートよりも、田中はヤンキースでの6年間で61勝40敗、防御率3.96を残したキューバ人、エルナンデスの方に近かったかもしれない。希有なマウンド度胸を持った通称“エル・デューケ”がニューヨークの成功者として認められているのと同様、田中の7年間も、“海外からの輸入品の成功例”として認識されていくのだろう。

楽天時代の田中将大投手 ©Hideki Sugiyama

「ヤンキースでプレーした当人たちにしかわからないものっていうのはたくさんある。この7年の中でワールドシリーズ制覇、チャンピオンリングを取ることはできませんでしたけど、一選手として、人間として本当に言い表せないぐらいのたくさんのものを学ばせてもらいました」

 田中のそんな言葉が示す通り、ファン、メディアの注文が厳しいニューヨークには他の場所とは違う厳しさがあるのは紛れもない事実である。そんな街で過ごした7年を通じて、背番号19は獲得時に期待された大エースではなかった。それでも在籍期間中、田中がヤンキースをより良いチームにしてくれたことは間違いない。だとすれば、2013年オフの高額投資はやはり正しかったのだ。

 こんな想像を巡らせてみてほしい――。

 今オフか、来年以降になるかはわからないが、いつか田中がニューヨークを離れる時が必ずやって来る。その後、田中が再びヤンキースタジアムに姿を現したとき、ファンはどう反応するだろう? その時には、2020年秋の乱調のことなどもう忘れ、数々の良い思い出の方に想いを馳せ、ニューヨーカーは盛大なスタンディングオベーションを送るのではないだろうか。

田中将大投手 ©Getty Images

文=杉浦大介

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