ラグビー日本代表の姫野和樹が海を渡る。所属先のトヨタ自動車ヴェルブリッツは10月12日、南半球最高峰リーグ「スーパーラグビー」のニュージーランド・チーム、ハイランダーズへの期限付き移籍を発表した。期間は2021年1月から6月までだ。

 姫野は2019年W杯で日本代表のフランカー、ナンバーエイトとして全5試合に先発し、攻守交代を起こす守備プレー「ジャッカル」などでW杯8強入りに貢献した。

 スーパーラグビーの舞台は、日本チームのサンウルブズで2018年から11試合に出場しており、経験済み。しかし海外チームへの加入は初めてだ。2023年W杯フランス大会での活躍が期待される26歳は、どんな闘いに身を投じることになるのだろう。

解説10年、同じバックロー目線で見ても

「普通に戦力として獲得されたのだと推測します。姫野選手とおなじバックロー(フランカー、ナンバーエイト)にはニュージーランド代表のシャノン・フリゼルらがいますが、試合に出場できると思いますし、彼なら活躍できると考えています」

 姫野のチャレンジをそう展望するのは、おなじバックローとして慶應高、慶應大、神戸製鋼でプレーした元日本代表の野澤武史氏だ。

 ラグビーファンにはおなじみの戦術の専門家であり、41歳にしてスーパーラグビーの解説歴は10年以上。日本ラグビー協会のリソースコーチであり、U17日本代表でヘッドコーチを務めた経験もある。

野澤武史氏(2019年撮影)©BUNGEI SHUNJU

 では、そもそも姫野はどんなレベルの舞台に飛び込むのだろうか。

現役オールブラックスとポジション争い

 2020年のスーパーラグビーは新型コロナウイルスの影響で中断したが、厳しい都市封鎖などで封じ込めに成功したニュージーランドは6月、世界に先駆けて国内5チームによる「スーパーラグビー アオテアロア」を開催した。

 21年シーズンもニュージーランドの5チームによる国内大会が行われるといわれており、姫野はニュージーランド代表“オールブラックス”とその経験者、予備軍が入り乱れる競争に飛び込むことになりそうだ。 

「スーパーラグビー アオテアロアは世界最高峰の大会です。あの舞台が最先端のスキル、戦術戦略の発信源になっていくことは間違いありません。また、あれほど整ったハイレベルなチームが競合している国内大会はないと思います」

姫野とポジションを争うことになるニュージーランド代表のフリゼル ©Getty Images

田中史朗も在籍したハイランダーズって?

 姫野選手が加入するハイランダーズは有名な選手こそ少ないですが、そうした競争のなかでアイデアをしっかりと持ち、独創的なラグビーで勝ってきたチームです」

 ハイランダーズはニュージーランド南島ダニーデンを本拠地として、1996年のスーパー12(スーパーラグビーの前身大会)誕生と共に創設された。

 長らく優勝ができずにいたが、悲願達成は2015年。現日本代表ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフのもとで初優勝を果たし、当時所属していたスクラムハーフの田中史朗も歓喜を味わった。

 その初優勝にコーチ陣の1人として参画し、“独創的なラグビー”の構築に寄与していたのが現日本代表のアタックコーチであるトニー・ブラウンだ。21年は、三洋電機(現パナソニック)でもプレーした稀代の戦術家がハイランダーズのヘッドコーチを務め、姫野の海外挑戦を見守ることになった。

「21年はブラウニー(トニー・ブラウンの愛称)がハイランダーズのヘッドコーチに昇格したので、日本代表での関係もあり、コミュニケーションは取りやすいと思います」

W杯では日本のアタックコーチを務めたトニー・ブラウン(右) ©Getty Imgaes

トランジションからの判断

 ただ日本代表とハイランダーズは戦場も違えば選手構成も異なる。姫野はどんなラグビーにフィットしなければならないのだろうか。

「ハイランダーズは優勝した2015年以来、スクラムやラインアウトからの決め事でドカンと当っていくチームではなく、トランジション(攻守交代)から攻めるチームです。キックを活用してディフェンスをしつつ、崩れた状態から攻めていきます。

 そうしたトランジションからの判断力は重要になるでしょう。もちろん英語によるコミュニケーションも重要になるはずです。そうした能力をプラスアルファで乗せていけるかが鍵になるかもしれません」

ニュージーランドでも人気者になれる?

 19年W杯の日本代表では、松島幸太朗が今季からフランス1部の「TOP14」の強豪クレルモンに移籍し、現地でも注目を集めている。日本で絶大な人気を誇る姫野だが、ニュージーランドではどう受け止められるのだろうか。

「姫野選手の強みは、ボールキャリーとジャッカルに代表される強靱なフィジカルを活かしたプレーだと思います。特に現在はポッド・システム(グラウンドを縦に分割して複数のユニットをまんべんなく配置する戦術)が多くなり、一発一発のパンチが欲しいところで、姫野選手のあのボールキャリーは重宝されます。

 そして相手のディフェンスが揃っていても前進できて、ディフェンスではジャッカルでボールを奪うこともできる。ニュージーランドでも有無を言わさぬ“問答無用系”になれる可能性はあります。昔でいえば元ニュージーランド代表のジェリー・コリンズ、トヨタ自動車でもプレーしたジェローム・カイノでしょうか。スキルフルなオールラウンダーが多いニュージーランドで、姫野選手は意外に珍しいタイプ。人気が出るのではないでしょうか」

あああああ ©Kiichi Matsumoto

旬の選手がスーパーラグビーに挑戦する

 26歳になった姫野は、3年後のW杯フランス大会は29歳で迎える。日本代表の主力である姫野の成長は、そのまま日本代表の推進力になるはずだ。

「19年W杯があり、日本代表や姫野選手の活躍があり、世界の人びとが『日本人ってやるじゃん』となりました。そこからさらに、旬の選手が日本からスーパーラグビー アオテアロアに行くことに夢がありますよね」

 世界はコロナ禍という未曾有の危機に直面しており、いまだ出口は見えない。そんな中で26歳の果敢な挑戦はまばゆい光を放つ。

 愛知県生まれの日本人フォワードが、ラグビー王国ニュージーランドでどんな闘いを見せてくれるのか。姫野和樹の挑戦が今から楽しみだ。

文=多羅正崇

photograph by Kiichi Matsumoto