日本人史上初、NBAドラフト1巡目指名でワシントン・ウィザーズと契約した八村塁。コロナ禍による激動のルーキーシーズンだったが、通算48試合に出場し1試合平均13.5得点、6.1リバウンドの堂々たる成績をマーク。オールスターの“ライジングスターズ“入り、オールルーキーセカンドチームにも選出された新星は、まもなく始まる新シーズンを前に何を思うのか。Number最新号「八村塁とスーパースターの時代」では10ページに渡る本人の独占ロングインタビューを掲載し、1年目を終えた八村の進化と、現在の思いに迫っている。

「僕、ジョーダンの目の前に座ったんです」

 ヤニス・アデトクンボ、カワイ・レナードなどNBAのスーパースターと戦った昨季のゲームについてや、中・高時代にプレーを映像で見て成長の糧としてきたNBA選手の思い出、日本出身のプレーヤーとして多国籍化が進むリーグへの思い、子どもたちのロールモデルとなったいまの新たな目標など、インタビューでは様々なことを大いに語っている。

 そのなかでも自身のその後を大きく左右した出来事と八村が話したのが、高校時代の2015年春に参加した「ジョーダン ブランド クラシック」での、マイケル・ジョーダンとの初対面の思い出だ。インタビュー中で八村はこう語っている。

本誌の独占ロングインタビューに応じた八村塁。撮影時に自ら選び着用したTシャツには「TOKYO」の文字が入っていた ©Yoshiyuki Matsumura

「ジョーダンに会う予定というのは全く知らされていなくて。僕も英語が全然分からなかったので、もしかすると知らされていたかもしれませんけど(笑)。試合後に他の選手と一緒に廊下に並んで、僕のすぐ横にあったドアから部屋の中に入ったらそこにジョーダンが座っていて。『前の席から座っていけ』と言われて、僕、ジョーダンの目の前に座ったんです。それでジョーダンが話をして、質問タイムがあって、ジョーダンと握手ができるみたいな。そういうことをやりました」 

「何を言っているかわからなかったので、ずっと手を見ていた」

 世界中からわずか20名という、世界トップレベルの高校生を集めたこのエキシビションゲームに八村は日本人として初参加。18分間の出場で9得点(チーム内3位、全体4位)、5リバウンド、1ブロックを記録し、アメリカの地でも存在感を見せている。当時、まだ英語を習得していなかった八村は、目の前で話すジョーダンの話を聞き取ることができず、代わりに彼の身体の「ある部分」をじっと見つめていたという。

「本当に目の前で(ジョーダンの)話を聞いていて、何を言っているかはわからなかったので、ずっと手を見ていた記憶があります。本当に大きかった」

 身体のサイズと比べて特別大きなジョーダンの手。数々の驚異的なプレーを生み出してきたその手をじっと見つめていた八村は、ジョーダンを目の前にして「言われていた通り“神様”という感じでした」というほどのオーラを感じたと今回のインタビューで振り返っている。そして、話を終えたジョーダンが選手一人ずつと握手をしていくなかで、“神様“は八村だけにある「意外な行動」をしている。その後の八村に力を与えてくれたその行動の内容は、本誌でぜひお読みいただきたい。

 このジョーダンとの初対面から8カ月後の12月に、八村はNCAAディビジョン1の名門・ゴンザガ大学への進学を目指すことを発表し、翌年に渡米。その後の大学での活躍、そして目標だったNBA入りの実現へ、“神様“の導きのもとに、彼は努力を怠らず自らの力で夢を実現してみせたのだ。

「いずれNBAでやっていくことをイメージすることができた」

 高校時代に経験したこの「ジョーダン ブランド クラシック」と、その前年に出場したU-17世界選手権は、八村が渡米しやがてNBA入りを果たすうえでの、大きなターニングポイントとなった。自身もこの2つの経験について、「(そこで戦った選手たちと)いずれNBAでやっていくことをイメージすることができるようになったので、影響は大きかった」とも話している。

 本誌のインタビュー中にはこれ以外にも、今年公開された『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』を見て感じたことや、大学時代にコービー・ブライアントやジョン・ストックトンらNBAのレジェンドたちと交流したエピソード、日本代表と東京五輪への思いなどについても語っている。NBAのスタープレーヤーへの道を歩み始めた彼の言葉を、ぜひ誌面でたっぷりと堪能して欲しい。

文=Number編集部

photograph by Yukihito Taguchi