21日、いよいよ2020年のプロ野球の総決算である日本シリーズが開幕する。巨人とソフトバンクが2年連続で激突するシリーズとなるが、ちょうど20年前の2000年は当時の長嶋茂雄監督と王貞治監督が率いた「ONシリーズ」として大きな盛り上がりを見せた。

 その当時の試合結果を「Number」に掲載されたコメント、当時の主力だった選手たちの懐かしの写真とともに振り返ってみる(NumberWeb以外のサイトでお読みの方は関連記事『【貴重写真】ヤンチャそうな若き由伸、松井、城島、井口、激レアな原&工藤、王&長嶋の現役時代を見る(20枚超)』よりご覧ください)。

<第1戦>
H 010 000 202|5
G 210 000 000|3
勝 吉田(1勝)
敗 槙原(1敗)
S ペドラザ(1S)
本塁打[H]城島1号(2回1点工藤)、松中1号(7回2点工藤)、ニエベス1号(9回1点槙原)[G]松井1号(1回2点若田部)

<第2戦>
H 000 060 200|8
G 021 000 000|3
勝 渡辺正(1勝)
敗 メイ(1敗)
本塁打[H]城島2号(7回2点三沢)

豪華絢爛だった両チームの陣容

 当時の両チームは超強力な打線のラインナップが売りだった。長嶋監督は自軍に「ミレニアム打線」と名付けていた。

 両チームの第1戦スタメンの打順を見てみよう。

・ダイエー
1 中 柴原洋
2 二 鳥越裕介
3 左 大道典良
4 三 小久保裕紀
5 一 松中信彦
6 捕 城島健司
7 右 秋山幸二
8 遊 井口忠仁
9 投 若田部健一

・巨人
1 二 仁志敏久
2 左 清水隆行
3 右 高橋由伸
4 中 松井秀喜
5 一 清原和博
6 三 江藤智
7 遊 二岡智宏
8 捕 村田善則
9 投 工藤公康

 全て日本人選手であると同時に城島、秋山、井口、江藤、二岡といった長打力を持つバッターが下位打線に控える。ベンチを見ても村松有人、吉永幸一郎、元木大介、川相昌弘らが控える陣容は今見ても豪華絢爛と言えるだろう。

当時のダイエーは井口が8番を打つ豪華な打線だった©Hideki Sugiyama

 そんな高揚感の中で迎えた第1戦、早めに動いたのは王監督だった。1−3でリードされている5回に、先発・若田部を交代して継投策に打って出て、打線の反撃を待った。

 王監督は当時、このように話している(以下すべて、出典はNumber509号)。

「他からどう思われようが、これがうちのパターンなんですよ。(中略)奇襲とか変化とかは、弱いチームのやること。少なくとも、うちは昨年の日本一のチームなんです」

 ダイエーは7回、松中が前年まで同僚だった工藤から2ランを放って同点に追いつくと、9回に巨人のストッパー槙原寛己も攻略して先勝した。

 続く第2戦もダイエー打線の勢いは止まらなかった。3回までに3点を先制されながら、5回に巨人先発メイの乱調をつくと打者一巡の猛攻で6点を奪った。優位の状況でダメ押ししたのは城島。7回に2試合連続となる2ランを放って連勝スタートを切った。

<第3戦>
G 034 000 200|9
H 030 000 000|3
勝 上原(1勝)
敗 ラジオ(1敗)
本塁打[G]高橋由1号(2回2点ラジオ)、松井2号(7回2点星野)[H]城島3号(2回1点上原)

<第4戦>
G 110 000 000|2
H 100 000 000|1
勝 斎藤雅(1勝)
敗 田之上(1敗)
S 岡島(1S)
本塁打[G]江藤1号(2回1点田之上)[H]ニエベス2号(1回1点斎藤雅)

 日本シリーズで連敗スタートとなれば、ムードは決して良いとは言えないだろう。その中で第3戦、思い切ったテコ入れに出たのは長嶋監督だった。

「福岡へ行って気分転換だ。短期決戦だもの。明日は(打順の)入れ替えをやりますよ。シャッフルします」

 第2戦後にこう語った指揮官は、第1戦、第2戦で無安打だった高橋由を3番から6番にスパッと下げた。3番にシーズン中一度もこの打順を打っていない清原を据え、4番松井、5番マルティネスという並びにした。この采配が2回にいきなり当たる。

 マルティネスが出塁したのち、高橋由がライトに鮮やかな2ランを放ったのだ。その直後にダイエーに追いつかれたものの、この日はミレニアム打線が機能。7回には清原のヒットに続き、松井がダメ押しの2ラン。先発した上原浩治も8回9奪三振3失点の好投で、最終回は岡島秀樹が締めるなど、当時の役者たちが躍動した。

第3戦でナイスピッチングを見せた上原©Hideki Sugiyama

斎藤雅樹は「ロダンじゃありません」

 勢いを取り戻した巨人。第4戦で仕事をしたのはベテラン勢だった。斎藤雅樹−村田真一のバッテリーは初回こそニエベスに本塁打を浴びたものの、7回途中4安打でダイエー打線を幻惑。再び岡島につなぐ。初回の清原のタイムリー、2回の江藤のホームランで挙げた2点だけだったが、最少得点差で逃げ切りに成功した。

 ちなみに長嶋監督は好投の斎藤について、独特の感性のコメントを残したという。

「いい顔をしていたでしょう。調子がいいんですよ。ロダン(考える人)じゃありませんから」

<第5戦>
G 010 010 220|6
H 000 000 000|0
勝 高橋尚(1勝)
敗 若田部(1敗)
本塁打[G]高橋由2号(2回1点若田部)、江藤2号(5回1点若田部)、村田真1号(7回2点若田部)

<第6戦>
H 001 101 000|3
G 004 050 00X|9
勝 メイ(1勝1敗)
敗 永井(1敗)
本塁打[H]城島4号(4回1点メイ)、[G]松井3号(3回2点渡辺正)

 2勝2敗のタイに戻したことで、シリーズの流れは巨人に渡っていった。第5戦は当時ルーキーだった高橋尚成が先発マウンドを任されると、2安打12奪三振と圧巻の投球内容。シリーズ初登板での初完封のおまけつきだった。また打線も高橋由、江藤、村田真のホームランが出るなど、攻守ともに噛み合った。

 そして巨人を栄光に導いたのは背番号55、松井秀喜だった。

90年代後半から2000年代初頭、巨人の主砲と言えば松井だった©Takao Yamada

 松井は第1戦の1回に推定飛距離140mのバックスクリーン弾を放って華々しく開幕を告げた。もちろんダイエーも渡辺正和、吉田修司の両サウスポーを当てて“4番を消す”というシリーズ制覇への鉄則を取った。それでも松井は第3戦に星野順治から再び特大のHRを放つなど存在感を見せた。

 迎えた第6戦、3回に先制された巨人だったが、直後の攻撃で仁志、清原のタイムリーで逆転すると、打席には松井。王監督は渡辺正に早くもスイッチしたが、松井は決め球のシュートを左中間の一番深いところに叩き込んだのだ。

「松井さんが渡辺さんから打ってくれたのが、ほんとうにうれしい」

 このホームランについて高橋由が語った言葉は、巨人の誰もが感じていたところだろう。松井は打率.381、3本塁打、8打点の活躍でMVPを獲得した。

第1戦、工藤相手に放った一撃は……

 2年連続日本一を逃したダイエーだったが、第6戦の4回にホームランを放つなど最後まで奮闘していたのは城島だった。

城島はプロ野球史に残る“打てる捕手”と言って過言ではないだろう©Kazuaki Nishiyama

 シリーズ4本塁打は最多タイ記録で、第1戦では前年のシーズンまでバッテリーを組んでいた工藤と対戦。工藤はかつての“相棒”について「第1打席が勝負です。できれば1球か2球で終わりたい」と話していたが、2ボール1ストライクの4球目、見送ればワンバウンドになりそうな球を城島はすくい上げた。

「あれはたまたま。本当にたまたまなんです。ただインコースに来ることだけはわかっていました」

 長打力に加えて配球を読む力もつけていた城島。まさに最強クラスの“打てる捕手”として成長しつつあることを示した。敢闘選手賞を獲得した城島らダイエーナインが再び日本一に輝くのは3年後、阪神との日本シリーズでのことだった。

 なお2000年の日本シリーズは、福岡ドームで日本脳神経外科学会が開催されたため、21〜23日までの3連戦、2日空けて26〜29日の4連戦の日程で行われた。今年も都市対抗野球が開催されるため、第1戦と第2戦、第6戦と第7戦が東京ドームではなく京セラドーム大阪で行われるのも、不思議な巡り合わせなのかもしれない。

文=NumberWeb編集部

photograph by Kyodo News