2020年、ナ・リーグのサイ・ヤング賞は、結局トレヴァー・バウアーの手に渡った。ダルビッシュ有との競り合いも予想されたが、30人の投票者のうち27人がバウアーに1位票を投じて、行方は決まった。ダルビッシュも納得しているのではないか。

 そのバウアーが、レッズの提示したQO(クォリファイング・オファー=1890万ドルで1年間の契約延長)を蹴ってFAの資格を行使することになった。

 サイ・ヤング賞受賞投手がFAとなるのは、1992年のグレッグ・マダックス以来だ。あの年のマダックスは、カブスで20勝を挙げて防御率が2.18。カブスはシーズン中から契約延長を画策していたが、マダックスのエージェント、スコット・ボラスはカブスのオーナーだったラリー・ハイムズと折り合わず、10月にFAを宣言。その後、ブレーヴスと5年総額2800万ドルの契約を結んだのだった。

 では、バウアー(91年1月生まれ)にはどんな道が開かれているだろうか。

バウアーを狙う球団は?

 バウアーを必要とする球団は多い。先発の駒が足りないエンジェルスやブレーヴスは、喉から手が出るほど彼を欲しがっている。新オーナーに大富豪のスティーヴ・コーエン(ヘッジファンドで大儲けした資産家。美術品のコレクションだけで時価10億ドル。総資産は推定141億ドル。2013年にはインサイダー取引で18億ドルの罰金刑)を迎えたメッツは、財布の紐を思い切りゆるめてでも、バウアーを獲得したい。

 パドレスの場合は、先発投手陣の柱マイク・クレヴィンジャーの離脱という大問題が発生した。11月17日にトミー・ジョン手術を受けたためだが、球団の本音は、彼のインディアンス時代の僚友バウアーを手に入れ、強力な二本柱を確立したかった、というところだろう。逆にいうと、バウアーを獲れない場合、パドレスの投手陣はピンチに陥る。二枚看板でドジャースの王朝を脅かそうという狙いは、大きく軌道修正を強いられることになる。

 76歳の知将トニー・ラルーサを新監督に迎えるホワイトソックスも、バウアーを狙っている。ルーカス・ジオリートやダラス・カイケルが支える先発陣に彼が加われば、投手力は格段に上がる。ホゼ・アブレイユ(19年、彼の打球を脚に受けたことが原因で、バウアーはサイ・ヤング賞を逃したといわれた)を中軸とする打線も強力なだけに、チームとしてはかなり面白い。ただし、問題児(というより理論的妥協を嫌い、言い出したら後へ引かない)バウアーが、オールドスクール的名将のラルーサと折り合いがつくかどうか。

 まだ交渉もはじまらないうちから、妄想ばかりが先走ってしまう。なかでも、チーム大改造をめざしているメッツの動きからは眼が離せない。

メッツやブレーヴスからも目が離せない

 メッツは、バウアーのほかに、やはりFAとなった大リーグ屈指の捕手J・T・レアルムートや、長打力とスピードを兼備した中堅手ジョージ・スプリンガーの獲得も狙っている。さらにできることなら、インディアンスのフランシスコ・リンドーア遊撃手をトレードで手に入れたい。夢のようなセンターラインの補強プランだが、もしこれが実現すれば、来季のメッツは大化けしてもおかしくはない。

 なにしろ、このチームには、18年と19年にサイ・ヤング賞を受けたジェイコブ・デグロムがいる。20年のサイ・ヤング賞投票では、ダルビッシュに次いで3位に終わったが、奪三振104個はナ・リーグ最多だ。もしバウアーとの二枚看板が実現し、残留の決まったマーカス・ストローマンが本来の力を発揮すれば、20年3月にトミー・ジョン手術を受けたノア・シンダーガードの復帰を待たずとも、超強力な先発投手陣が形成されることになる。

 伸び盛りの若手がそろっているブレーヴスも面白い。20年のレギュラーシーズンは、マックス・フリード以外に信頼できる先発がいなかったが、ポストシーズンでは新星イアン・アンダーソンが出現して「貧投」のイメージを大きく変え、王者ドジャースをあと一歩のところまで追いつめた。

 ここにバウアーが加わり、打線を担うロナルド・アクーニャJr.やオジー・アルビーズがもう一段成長すれば、ダークホースの域を超えてペナント争いの最前線に躍り出てもおかしくはない。

日本人投手との共演はあるか?

 ところで、日本のファンが期待するカブス入りの目はないのだろうか。残念ながら、チーム改造期に入っているいまのカブスの懐具合では、バウアーを買う力はない。ダルビッシュとの二枚看板が実現すれば素晴らしい頭脳派デュオの誕生だが、現状ではまずむずかしい。場合によっては、高年俸のダルビッシュが他球団へ移籍するケースさえ考えられる。大谷翔平のいるエンジェルスにしても、アナハイムという地域の意外に閉鎖的な気風が、バウアーの気質と合うかどうか。

 投球術の鬼と評され、球界一の気むずかし屋ともいわれる性格だけに、バウアーの行く先が決まるまでには、今後も二転三転の展開がありそうだ。「派手な変人」のイメージにはニューヨークがよく似合うが、そうなったらなったで、メディアとの確執や軋轢が起こってもおかしくはない。経過に注目しよう。

文=芝山幹郎

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