赤一色のユニフォームが、秋晴れの澄み切った青空の下でまぶしく映えていた。ソフトボール女子日本代表候補20人が東京五輪決勝会場となる横浜スタジアムに集結した。

 東京五輪用にデザインされたユニフォームをまとい、どの選手も生き生きとした表情を見せている。エースの上野由岐子(ビックカメラ高崎)も真っ赤な色合いが気に入った様子だ。「日本らしいユニフォーム。かっこいいと思ってもらえるようなプレーをしないといけませんね」と、笑顔を浮かべている。

北京五輪 (C)JMPA

 今年2月のグアム遠征以来となる日本代表合宿は、宇津木麗華監督の「仲良く楽しくソフトボールをやろう」という号令で始まっていた。

 今合宿は11月8日の日本リーグ閉幕から1週間の休息を挟んだ日程で組まれたものだが、欧州での新型コロナウイルス感染者の爆発的な増加傾向を追うように、日本でも感染者が急激に増えてきたタイミングと重なった。

 霧が立ち込めるような状況で発した「楽しくやろう」の言葉。宇津木監督はその意図をこのようにフォローした。

「昨年の今頃は、緊張感を持ちながら努力していこうという言葉を選手に掛けていましたが、今季はコロナ禍で先を読めない中、選手もずいぶん我慢してきたと思います。まずは何より自分たちで楽しんでソフトボールをやる。私自身も選手の笑顔を見たいですから」

「ひとりひとりが後悔しないアピールをするために」

 長年の信頼関係があるからだろう、指揮官の思いを余すところなくくみ取っていたのが上野だった。報道陣に公開された11月17日の練習では、上野が身振り手振りを交えながら、同じビックカメラ高崎に所属する濱村ゆかり投手にアドバイスしている様子が目に付いた。その姿はどこか楽しそうでもあった。

 濱村は9月12日の日本リーグでホンダを相手に自身初、リーグ史上73度目となるノーヒットノーランを記録した25歳の大型右腕。ただ、日本リーグで完全試合8度、ノーヒットノーランを7度達成している上野の目には、体の使い方にまだまだ改善すべき点があると映っていた。上野はソフトボールより一回り小さい野球ボールを濱村に握らせ、より体重移動にフォーカスできる状態をつくって動きのコツを伝授した。

「今、タイプの異なる6人のピッチャーがここに集まっています。それぞれの良さを宇津木監督にどれだけアピールできるか。ひとりひとりが後悔しないアピールをできるために、少しでもアドバイスをしていければいいと思っています」

4回6失点…滅多打ちにあったトヨタ自動車戦

 ソフトボールの未来と大局を見つめられるのは大ベテランならではだが、今季の日本リーグでは予想もしない苦しみを味わった。

 コロナ禍により、当初の予定より約5カ月遅れの9月上旬に行なわれたリーグ後半開幕戦のトヨタ自動車戦では、先発してまさかの4回6失点と滅多打ちされた。その後も波に乗れず、レギュラーシーズンの防御率はリーグ8位の2.26。3勝2敗にとどまった。

 ただ、そこから2カ月後にあった決勝トーナメントではしっかりと調子を上げ、帳尻を合わせた。

「開幕戦が自分の想像と全然違う結果になって、逆にすごく考えさせられたし、そのおかげでたくさんのことを変えることができた。試合の入り方や配球、投球スタイルなどほぼすべてを一新させました」

 その成果が結果に表れたのが、ホンダとの決勝戦だ。ランナーを背負ったときに見せた勝負強さはさすがで、最終7回も走者を出しながら最後は2者連続三振。終わってみれば14奪三振の完封勝利で、昨年に続く連覇を飾った。

「選手たちのためには、違う道を探してあげないと」

 しり上がりに調子を上げた流れで迎えた代表合宿。上野は1年延期された東京五輪については、「やるやらないを決めるのは私たちじゃない。しっかり準備をしていくだけ」としつつ、「合宿をやるからには五輪に向けて進まなければいけない」と力強い口調で言った。

 一方で、今回の合宿ではデリケートな思いを聞く場面もあった。

 まず、オンライン取材に最初に登場した宇津木監督は、五輪の1年延期が決まったときの気持ちを聞かれ、「正直に言うと、4年間準備してきたものを一瞬ですべてなくした気分でした」とショックを受けた当時を振り返った。だが、コロナ禍の中で春夏秋を過ごしてきたことで心境に変化が生じたという。宇津木監督は東京五輪が中止になった場合の選手たちへの影響を念頭に置くような口ぶりで、こう語った。

「この4年間は頭の中もすべて(ソフトボール)でしたが、なにせこのコロナ禍ですから。この道しかないと思ったら、今まで一生懸命やってきたことは何だろうと、自信を失ってしまうかもしれない。選手たちのことを考えたら、違う道を探してあげないといけない」

 現実を鑑み、宇津木監督は心の備えについて一歩踏み込んだ発言をした。では、上野はどう思っているのだろう。宇津木監督のコメントについての感想を求めると、38歳のレジェンドはしばし言葉を選んでから、毅然とした表情でこう語った。

「元々、私の中での“道”は決して直線の一本道ではありません。大事なのはしっかり前に進むこと。備えていないわけではないけれど、備えているわけでもない。そっちに転べばそっちに向くし、あっちに転べばあっちに向く。どっちに転んでもしっかり対応できるように、自分自身が自分をコントロールしていく。一歩一歩、しっかり足の裏を地面につけ、ぶれずに進んでいきたい。そういう感覚です」

パリ五輪ではまた除外されると決まっている

 ソフトボールが五輪で行われるのは、上野の活躍で日本が悲願の金メダルを獲得した08年の北京五輪以来となる。だが、東京五輪が終われば、次のパリ五輪ではまた除外されることが決まっている。ソフトボール界の願いはその後にまた正式種目へ返り咲くことだ。

 東京五輪での金メダル獲得について尋ねられた上野は「使命感」ときっぱり言った。

「個人的な結果よりも、とにかくみんなの期待に応えたい、もう、ただそれだけです。金メダルの期待に応えるために、じゃあ自分は何ができるのか、何をしなければいけないのか、どうしたいのか。いろいろな思いの中で、自分を見失わないように、後悔のないように準備をして臨みたい。その結果、最後は勝利の女神が微笑んでくれることを祈っています」

 東京五輪に向かって突き進む。金メダルを目指して邁進する。取り組む時間はつねに100パーセントでやるべきことにフォーカスする。何かがあったときに臨機応変に自分をコントロールしていく力も、女神の微笑みも、すべてそこから生まれることを上野は知っている。

文=矢内由美子

photograph by Kyodo News