雑誌「Sports Graphic Number」と「Number Web」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回は日本シリーズにまつわる3つの印象的な言葉です。

<名言1>

たいしたことなかったです。シーズンの方がよっぽどしんどかったですからね。相手も強いし……。
(加藤哲郎/838号 2013年10月3日発売)

◇解説◇

 1989年の日本シリーズは、近鉄が3連勝したのち巨人が4連勝した。そのきっかけを作ったと言われるのが、第3戦の試合後にお立ち台に立った加藤の「巨人はロッテより弱い」と言ったとされる発言だった。

 実際にはそのような直接的な表現はなく、報道によって一人歩きした感が強い。

 ただ、当時チームメイトだった阿波野秀幸はこのように振り返っている。

「言葉を丹念になぞれば、言ってないということになりますけど、まあ、そういうようなことは言ってますよ。あまりにも調子に乗ったことを言ってるんで、だんだん『相手もあることだし、その辺にしとけ』という気持ちになったのを覚えてます」

1989年 日本シリーズ 阿波野秀幸 (C)Naoya Sanuki

 一方、抑えの切り札だった吉井理人は「確かに、みんなの中にも『言い過ぎたんちゃうか』『加藤さん、調子に乗ったな』みたいな雰囲気はありました。でも『シーズンでロッテと戦うより気楽やった』というのは、みんながそう感じてたことだと思います。若気の至りなんです」と、伝説の「巨人はロッテより弱い」発言の経緯を振り返っている。

清原が泣いた日本シリーズで、工藤は何を語ったか

<名言2>

巨人に勝てば、西武って凄いなと思われる。巨人じゃなくて、西武は強いんだ、パ・リーグは強いんだ、と。
(工藤公康/790号 2011年10月27日発売)

◇解説◇

 西武対巨人の対決となった1987年の日本シリーズは、西武に軍配が上がった。

 この年の日本シリーズは清原和博vs桑田真澄の公式戦初となる「KK対決」、その清原が日本一直前に涙を流した場面が話題を呼んだ。

1987年 日本シリーズ 「KK対決」 (C)Sports Graphic Number

 それとともに一塁走者の辻発彦が巨人の緩慢な守備を見逃さず、シングルヒットながら一気にホームインするなど、攻守に隙のない野球で球界の盟主を打ちのめした。

 まさに黄金時代だった西武は前年、3連敗からの4連勝で広島を下し、日本一に輝いていた。

 しかし当時の左腕エースだった工藤は「86年のときも、広島はお願いだから出てこないで、巨人よ、出てきてくれ」と願っていたという。

 巨人を中心に回っていた当時のプロ野球界では、巨人を倒して日本一になることが自分たちの存在意義を証明する唯一の手段だと工藤は考えていたのだ。この気概が名勝負を生み、常勝軍団の礎となったのだ。

 その後、“優勝請負人”となった工藤はダイエー、巨人で日本一に貢献。監督としてもソフトバンクを計4度の日本一に導いている。

 特に2019年は巨人相手に圧巻の4連勝。今年はその雪辱に燃えているであろう、原巨人を返り討ちにできるか――。

名将・仰木彬が見せた激昂のなかの冷静さ

<名言3>

10分間抗議してくるから、その10分間でブルペンで(投手を)作れ。
(仰木彬/790号 2011年10月27日発売)

◇解説◇

 1996年の日本シリーズは巨人対オリックスの一戦となった。当時の両チームには松井秀喜とイチローという球界きってのスーパースターが在籍。そして巨人・長嶋茂雄と“マジック”と称された仰木、2人の指揮官の采配に注目が集まった。

 その仰木が勝利への執念を見せたのは、オリックスが3勝1敗と王手をかけた第5戦、4回表のこと。

 巨人・井上真二が放ったセンター前の際どいフライを、守備の名手・本西厚博がナイスキャッチしたかに見えた。しかしジャッジはバウンドしたとしてヒット判定。これに仰木は猛抗議し、選手をベンチ裏に引き揚げさせる場面もあった。

1996年 日本シリーズ 審判団に抗議する仰木彬監督 (C)Kazuaki Nishiyama

 しかし仰木は激昂しているようで、冷静だった。

 ベンチを飛び出す際に投手コーチに冒頭の言葉を耳打ちし、継投策に入る準備を進めていた。その間、ブルペンで肩を仕上げた伊藤隆偉にスイッチすると、見事ピンチを脱出。巨人を下し、日本一の座に就いたのだった。

文=NumberWeb編集部

photograph by Kenmizaki Makoto