イングランド代表のヘッドコーチを務めるエディー・ジョーンズ氏は1月2日の大学選手権準決勝の2試合を見て、決勝をこう予測していた。

「天理が勝つんじゃないかな。9番の藤原と、13番のフィフィタはディファレンス・メーカーね」

 ディファレンス・メーカー。違いを生む選手。

 そして決勝の結果は、55対28。

「日本一や!」よく喋っていた天理大

 エディーさんの予想通りというべきか、天理大が早稲田から決勝史上最多得点を奪って初優勝を飾ったが、とにかくこの日は天理の選手たちの声が記者席にまでよく聞こえた。

 ノーサイドの瞬間、まず耳に届いたのは、

「日本一や!」

 という誰かの叫び。

 入場者が1万1000人だったこと、観戦マナーとして観客が声を出すのを控えていたこと、早稲田ファンが沈黙を強いられたことを差し引いても、天理の選手たちはよく喋っていた。

 もともと、関西の大学の試合は関東と比べるとにぎやかである。特にスクラムが組まれると、スタンドにいる部員がなにやら歌い出す。これについて、京都出身のラグビージャーナリスト、村上晃一さんに質問したことがあって、

「ああ、あれは控えの部員が、第一列の選手たち3人の名前を節に合わせて応援してるんですよ」

 とにこやかに答えてくれて、疑問が氷解したことがある。

「天理さんの“音量”が大きくて……」

 関西のラグビーは、音のカルチャーを紡いできたが、この日の天理もそうだった。

 トライを取っても、取られてもトーク・アンド・トーク。

 スクラムが組み直しになっても、なにやらにぎやか。

 早稲田の3番、スクラムの要である小林賢太は天理とのバトルをこう振り返った。

「スクラムでの天理さんの“音量”が大きくて……。その点では、プレッシャーを感じました。試合前にスカウティングをして、相手は声がデカいという情報を得ていたので、Bチームにも声を出してもらいながらスクラムを組んだんですが、想定以上でした」

早稲田にとっての「想定以上」

 この日、試合後の会見で早稲田の相良南海夫監督からは、何度か「想定以上」という言葉が聞かれた。

 まず、早稲田にとっては接点の圧力が想定以上だった。

 試合の趨勢は試合開始早々、天理のふたつのトライで決まったが、天理が早稲田からボールを奪った動きは見事だった。

 そのボールを奪取するまでの過程は同じようなもので、まず、天理のキックをキャッチした早稲田のFB河瀬諒介がカウンターに出て、フェイズが重なったところで信頼できるボールキャリアーである小林にボールが渡る。その接点で天理FWが小林に圧力をかけ、ボール、そして反則を奪ったことで、両軍の勢いに差が生まれた。

 天理の小松節夫監督は、

「接点を前に上げようとしました」

 と語ったが、とにかく接点に走り込むことを重視したという。

高校時代は無名だった“原石”たち

 パワーというよりは、ブレイクダウンの攻防に加わる「速さ」と、ボールに絡む「早さ」を追求し、それが準決勝で明治、決勝で早稲田にも奏功したように見える。

 その速さと早さを、トンガからの留学生たちは別として、高校時代は無名だった選手たちが成し遂げた価値は大きい。

 この日、4トライのCTB市川敬太は、花園ラグビー場のお膝元、東大阪市立日新高校の出身。率直に書けば、天理には関東、関西の有力校のリクルーティングのレーダーにかからなかった選手たちが多いのもまた事実だ。

 しかし、小松監督は原石を育てた。

「関西で優勝したことがあるのは、同志社だけでした」

 特にSHの藤原忍(日本航空石川)と松永拓朗(大産大附)のハーフ団は、下級生の時からコンビを組み、4年生になった今年度、もっとも安定し、信頼できるハーフ団へと成長した。

 そしてCTBのフィフィタ(日本航空石川)も4年生を迎え、巧みなオフロードなどを駆使し、将来は日本代表として期待される器である。振り返れば、昨季の準決勝の早稲田戦では、特にディフェンス局面で、囮に翻弄され、無力化されていたことを思えば、この1年間での成長には目を瞠るものがある。

 一昨年度は帝京、そして今年に入って、明治、そして早稲田と、関東大学対抗戦の名門、強豪校を破ったのだから、小松監督の感慨もひとしおだろう。

「関西の学校で優勝したことがあるのは、同志社だけでした。決勝に出たことがあるのも同志社だけでしたので、ウチは関西で“2番目”に優勝することを目指してやってきました。そして今年まで、決勝まで進みながら優勝経験がないのは、筑波大、東海大、そして天理大でした。そこから、まずウチが優勝にたどり着きたいという思いもありまして。大学ラグビーの世界では、たくさんの大学が優勝しているわけではありませんし、敷居が高いというか。いまは本当に日本一になったんやな、という感じです」

 熱い優勝インタビューに答えた松岡大和、藤原、松永、フィフィタなど、4年生の充実をみれば、天理の優勝は必然だったように思える。

「トレーニング機器を使うにも、レギュラー優先だった」

 一方の早稲田は、自慢の学習能力を発揮する暇(いとま)を与えてもらえなかった。

 接点で食い込まれ、得点源となっていたラインアウトは徹底研究されていた。

 また、創造力旺盛と思われていたSH小西泰聖、SO吉村絋の2年生ハーフ団は、“Under pressure”、プレッシャー下の精度に弱点を抱えていたことを露呈してしまった。きっと、この敗戦が彼らを成長へと導くことだろう。

 敗戦から一夜明け、スポーツ紙では、監督を3季務めた相良監督の勇退が報道されている。会見で、「この3年間で学生たちが変わったところはどこでしょう?」と質問すると、こんな答えが返ってきた。

「こうしたい。こうなりたいという意志、感情が表現されるようになったことはひとつの成長だったかと思います」

 相良監督の就任前、選手たちは「与えられること」に慣れていたという。学生たちから生まれる表現力が弱くなっており、監督自身は選手たちの「欲」を引き出したかった。

 昨年度の司令塔、岸岡智樹によればこんな変化があったという。

「1年生の時は、トレーニング機器を使うにも、レギュラー優先だったんです。相良さんが来てからは、全員が平等になりました」

 相良流のマネージメントは、エリートだけで勝つのが早稲田ではなく、部員全員から湧き上がる情熱を引き出すことが、名門復活への道であり、それは3年で見事成し遂げられたのではないか。

 最後の試合の悔いはあろうが、学生スポーツで永遠に勝ち続けることは不可能だ。

 勝ったり、負けたり。

 早稲田も、それで強くなった。

 そして2020年度は、なにより天理がそうして強くなった。

文=生島淳

photograph by KYODO