1月10日、11日に行われた王将戦第1局でも挑戦者の永瀬拓矢王座を破るなど、36歳でも衰えとは無縁の強さを見せる名人・渡辺明。「脳の研究者に会いたい」と語っていた名人が昨年末に訪れたのは、東大教授で日本の脳研究の第一人者である池谷裕二の研究室。

 Number将棋特集第2弾で実現した、脳を使うスペシャリストと脳を考えるエキスパートの2人による対談は、脳の老化から、棋士の研究法の変化、対局前や対局中における有効な脳の使い方まで、徹底的に論じられた。その白熱の内容は是非、将棋特集に掲載されている本編でお楽しみいただくとして、誌面に掲載しきれなかったのが、将棋とAIについて。

 渡辺といえば、AIによる研究の深さでも知られる棋士。AIの性能が上がり続ける中、将棋の未来をどのように感じているのだろうか。

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池谷 AIによって若い棋士の将棋は進化していると思いますが、将棋というゲーム自体も進化していると感じますか? 格闘ゲームなどのテレビゲームでよくある話なのですが、AIの台頭で人間が個性を発揮する場が少なくなっているのでは? という危惧もあるんです。

渡辺 今はみんなAIを使って研究しています。同じAIを使っているし、どうしても個性を発揮しにくくなっている実感はあります。

池谷 テレビゲームの例で言えば、最初は色々と試行錯誤して正しいものを発見すると勢力図が一変する。その発見のプロセスが個性の発揮の場でもあり面白い。ただ発見が成熟すると、何が良いかがだいたい定まるので、みんながその同じ手を使うようになる。すると、今度はそれを少しひっくり返す裏技、ギミックみたいなものが出てきて、それだけで結果が出せてしまう。そうした局面になると、なんとなくパターン化された単調な作業をこなすだけのゲームになってしまい、ゲーム自体の面白みが消えてしまう。そうして、ゲームとしての寿命を迎えるのです。将棋ははるかに複雑ですので、実際に将棋がそういう時期を迎えるかはわかりませんが。

渡辺 最初の20手ぐらいの序盤の型が同じにはなってきています。同じAIを使って研究しているから、だいたいの手が淘汰されてくる。AI以前だと「解」がないので、どの手もありだったんで、「それも一局、これも一局」という言い方をしていました。でも、今はそんな緩くは済まされなくなって、AIがダメだと判断したものを排除して生き残った指し方を棋士は実戦で指しています。個性の入り込む余地は小さくなっています。

渡辺「僕は囲碁初段くらいですが……」

池谷 私たちのAI研究の分野にいると毎年のように強いAIが更新されていますから、印象としては、おそらくAIはまだ完璧ではないですよね?

渡辺 僕ら人間からするとほとんど完璧です。棋力が並んでいた時期をとっくに過ぎてしまったので、もうAIがどうしてその手をいいというのかも分からなくなっていて。

池谷 ええ! 将棋でもそうなんですか。囲碁ではそれが顕著ですよね。AI同士の対局を見ていると、宇宙人同士が打ちあっている、意味不明でクラクラするような手の出し合いになるのですが、将棋はそこまでではないのかと。

渡辺 そうですね。僕は囲碁初段くらいですが、囲碁の方が定石がひっくり返ったんじゃないかと思っています。将棋の場合、AIが示すものも大概は昔あった指し方なんです。

池谷 そうなのですか。それもまた面白いですね。

渡辺 昔の人が「それはイマイチ」と置いておいた、その時代に評価されなかった手ですね。囲碁の場合は人間が全くやってこなかった手が流行っているように見えます。

池谷 異次元になっていますよね。「人類は囲碁についてまだ何も理解してないぞ」という衝撃的な事実を突きつけられた気がします。

渡辺 ええ。将棋の場合は人間が作ってきたセオリーまでは崩されてはいません。

「直感型将棋」から「ひらめき型将棋」へ

池谷 AIの登場によって重要な局面が序盤に移るなどの変化は起きましたか?

渡辺 序盤の研究量、事前の準備のノルマは増えました。ただし、トップ棋士はみんなそのノルマはこなしてくるので、結局勝負が決まるのは中盤、終盤です。序盤でちょっと差がついても、中盤、終盤で逆転が狙えるゲーム性が将棋にはありますね。

池谷  面白いですね。宿題が増えるというか、AIによってやらなきゃいけないことが増えてしまった(笑)。

渡辺 確かに。大変です(笑)。

池谷 色々とお話を伺っていると、AIによって「直感型将棋」から「ひらめき型将棋」に変わってきたのかなと思いますね。

 脳の世界において「ひらめき」と「直感」は違うんです。これは重要なポイントです。「ひらめき」は理詰めに近くて、勉強することで生まれてくるもの。なぜそれがいいか理屈をもって説明できるような思いつきをひらめきと言います。「直感」というのはなかなかすごいもので、これがいいと思うけど、“なんとなく”なんです。後付けで理屈をこしらえることはできても、もう屁理屈に近い。ひらめきは大脳新皮質、直感は大脳基底核という異なる脳部位から生まれますので、性質が違うのです。

 おそらくAI以前は直感で指していたんじゃないでしょうか。ちょっと芸術に近い。それが今は「これはいい。なぜならこうだからだ」と説明できてしまうことの方が多くなってきている。ひらめき型。論理的とでも言いますか。

現代の将棋と“羽生世代”の将棋では、アプローチが全然違う

渡辺 僕らは「筋」という言葉を使うんですが、「こういう場面ではこの手が筋なんだ」という手を指すことが多かったんです。先人から技術として受け継がれて、これが絶対に正しいという棋士の筋をみんなが共通認識として持っていた。「この時はこの筋だよね」となっていたものが、今は20手目ぐらいからAIが解析してAIが一番高く評価したものが“いい手”。筋という概念は薄れてきました。

©Kei Taniguchi

池谷 ストーリー性は排除されてしまった。

渡辺 そうですね。人間の筋としてはこっちなんだけど、それは20手後に悪くなりますとAIが言うので。

池谷 昔ならその場の直感に長けている人が強かった。今は先を見通せる人ほど強い。先読みの射程距離が伸びている。

渡辺 おっしゃる通りです。だから現代の将棋といわゆる羽生世代の将棋では、アプローチが全然違ってきているんでしょうね。

14年前のAIは「奨励会1級とか初段ぐらいだった」

池谷 渡辺さんのすごいところは、転換期を迎えた時に「じゃあAIに学んでみるのも面白いかもしれない」と思ったことですね。柔軟な適応力で発想の着火点をスムーズに転換されています。渡辺さんはかなり早い時期からAIと対戦されていましたよね?

渡辺 あれは2007年ぐらいでしたが、まだAIが全然強くない時期でした(2005年に角落ちで「激指」と、2007年に平手で「Bonanza」と対局していずれも勝利)。

池谷 ディープラーニングを使ってない時ですからね。

渡辺 その時点ではまだ奨励会で言えば1級とか初段ぐらいのレベルだったので、そんなに簡単に抜かれるとは思っていませんでした。ただ、対戦後にBonanzaを作った保木(邦仁)さんと話していたら「人間が抜かれるのはもう既定路線なので」と言われて、そういうものかと(笑)。それから本当にあっという間に差が詰まっていきました。

池谷 2012年頃からディープラーニングが広まっていったのは大きかったです。

渡辺 ちょっと追いつかれたかな? と思ったら一気に追い抜かれました。

AIに絶対的に欠けているもの

池谷 AIは指数関数的に成長しますからね。おそらく今後、もっともっと強くなっちゃうと思います。ただ問題は、その先に何が見えるかだと思います。私がAIに絶対的に欠けていると感じる欠点は、楽しむことです。人間はAIに勝っても喜ばないし、負けても不貞腐れることはない。僕らは負けたとしても、まだ指すのが楽しい。楽しむ力がある限りは絶対に将棋はなくならないと思います。

渡辺 「その先」にあるものってどんなものでしょう?

池谷 棋士とAIのコラボで将棋をしようという試みがあったと思いますが、僕ら人工知能の研究者の方向性はそういう方向に最近は向かっています。人には人の得意なところ、AIにはAIの得意なところがある。似ているかもしれないけどやっぱり違うので、両方がコラボすると補完しあって、それぞれの上位よりもさらに成績が向上することが証明されているのです。

将棋というゲームが煮詰まっていく危機感

渡辺 AI単体よりもですか?

池谷 そうです。たとえば空港の入国審査の顔認証をする人たちは、パスポートの写真と本人を照合しますよね。あのプロの皆さんの顔認識能力は驚くほど高いんですよ。一方、AIも画像認識は得意で、現時点で人の最高レベルとほぼ同程度のパフォーマンスを発揮できる。でも、面白いことに見落とす人が両者で違う。だから、どちらも使えばより間違いがなくなるということです。つまり、ヒト対AIではなく、ヒトとAIのコラボです。

 昨年AI業界で、少し面白い展開があったのが、対戦ゲームにおけるAIの役割分担の研究でした。チーム戦で対戦するのですが、チームメートの1人をAIにするのです。AIは最初は下手だったのにだんだんチームプレーが上手になっていく。その時、AIは人をヘルプする戦い方を自然と学んでいくんです。「人を助けよ」と教えたわけじゃないけど、「チームの勝利に貢献するにはどうしたらいいか」を考えた時に、自ら独りよがりで突撃するのではなく、人をヘルプするのが一番効率がいいと判断したわけです。

 将棋はヒト対AIだったり、AIに教えてもらうだったりと、対立関係や上下関係になりがちですが、AIの本当の役割はちょっと違うのかなというのを研究者として最近思っているところです。人が将棋をもっと楽しめるAIの使い方がたくさん出てきて、少なくとも現状でも間口は広がっているので、もっともっと幸せ感を高める形でAIが貢献して将棋人口が増えるといいなと思います。

渡辺  将棋の世界ではAIが入ってきてみんなの将棋が同じになっていきました。個性が発揮しづらくなったとか、新戦法が出にくくなったとか、その息苦しさはこの2、3年で本当によく聞くようになりました。AI以前から新しい戦法というのはどんどん少なくなっていて、昔の戦法を再活用する繰り返しの部分がありましたから、将棋というゲームが煮詰まっていく危機感は以前から抱いていました。

「10秒、20秒……」とカウントされる中で正しい手をさせるか

池谷 あんなに広い世界でもそうなんですね。

渡辺 ただし、その日の一局でいえば、別の感情もあります。どの作戦を持ってくるか、どうやって相手の戦略の裏をかくかなど、対局の現場ではいつも様々な人間らしさはあるんです。

池谷 人間はミスもしますからね。

渡辺 AIにこれもだめ、あれもダメと言われて、普段の研究の息苦しさはどうしてもありますけど、対局中に「10秒、20秒……」とカウントされる中で正しい手をさせるかどうか、その場の空気感は不変で、昔と変わらない魅力があります。

池谷 それを聞いて安心しました(笑)。「人間らしさってなんだろう」というのはAIが突きつける最大の哲学的課題です。将棋にも「人間的」だからこそ持つ魅力はきっとあるだろうと信じていましたから。

10年後「将棋のルールはどんどん変わっていく」

渡辺 AIの登場は将棋が始まって以来最大の技術革新でした。当初はこれからAIを使って研究すれば色々わかるぞっていう高揚感があったのが、その段階はもう終わって、最近は研究ばかりで大変になってきたぞ、という感覚になってきました。先生はこの先の将棋はどうなっていくと思いますか? 10年後、20年後、今と同じようなことをやっていると思いますか?

池谷 こういうことを言うと不謹慎かもしれませんけど、“調整”が入るんだと思います。持ち時間の面などで、新しいルールを導入する。スポーツの世界では時代や技術の進歩に合わせて、どんどんルールは変わっていますよね。それと同じで、将棋も新たなルールによって楽しさを維持する方向に行かなきゃいけない時がくるでしょう。今はまだいいですが、AIはもっと躍進してきますよ。

©Kei Taniguchi

「初手でこれを指したら負けという“必敗”の手はありませんよね?」

渡辺 まだまだ強くなるんですか?

池谷 2019年に、アメリカで世界最速のスーパーコンピューターの計算速度を超える、新しい原理で作動する「量子コンピューター」が開発されて世界中が驚きましたが、もう翌年の2020年には、その量子コンピューターさえも1万年かかる計算を、わずか3分で済ませる量子コンピューターが中国で開発されました。スーパーコンピューターでは計算不可能であることが証明されている計算が可能になったのです。そうすると何ができるか。将棋の手が全て計算できちゃうんですよ。

 今はまだ将棋の手をしらみ潰しに計算するには、最速のスーパーコンピューターでも何億年、何十億年とかかります。だからAIは大局観みたいなものを使って絞り込んで、その範囲の中で良い手を出しています。AIですら全部は計算できていない。だけど量子コンピューターはそれができてしまう。一番いい手は何かの「真の答え」が出てしまう。そうなるともう何かを変えないといけないでしょう。人間側が将棋のルールそのものを変えない限り楽しさが続かない。

渡辺 先手必勝の手順や初手でこれを指したら負けという“必敗”の手はありませんよね?

池谷 将棋では「ない」ことが数学的に証明されていますが、実はチェスではあるんです。絶対に負ける最初の一手というのが。AIと対戦してその初手を指すと、その時点で「あなたの負け」と表示される。一手詰(笑)。将棋は奥深いゲームで、そういう単純な解は存在しません。どの駒を最初に動かしても、なんとか逆転できることが分かっています。その点では個性を発揮する余地は残されている。

渡辺 それでもAIに対するこの食傷気味な感じは拭えません(笑)。

池谷 しばらくすると、また少し時代は変わってくると思います。学習理論で同じような話があるのです。遺伝子による頭の良さは個人差があります。つまり、良い遺伝子を持っている人が有利だと。でも、優れた脳を発達させた人は少し話が違います。なぜなら脳は学習によって性能が向上するからです。いや、本当を言えば、そのために脳があるんです。遺伝子で決まっているデフォルトから自由になるために。

 つまり、学習や教育による「伸びしろ」によって、生まれついてのちょっとした差異は十分に無効化される。だから世の中は面白いんですよね。ただ、時代が進んで、効果的な学習や教育方法ががっちりと確立されて、脳の学習能力が「これ以上は学習できません」と飽和するくらい、脳が成長できるようになったら、また振り出しに戻るのです。今度はまた個人の元々の能力差、つまり地頭の良さが効いてくるんです。

 生まれてから「よーいドン」で学習を初めて、いかに素早く脳を飽和させるだけの成長競走だったら、スタート地点ですでに高い位置にいる人がゴールに近くて単純に有利ですからね。

渡辺 最初は頭のいい人が強い。その後はいい教育を受けた人が強い。さらにそれが行き着くと、また地頭のいい人が強くなると。

池谷 将棋は今2つ目の「学習」の段階にあるんでしょう。だから、まだまだ将棋は面白い。これはしばらく続くのではないでしょうか。

文=雨宮圭吾

photograph by Kei Taniguchi