人が変わるのは簡単ではない。よほどの覚悟がなければ都合がいい方に流される。だから、天理大CTBシオサイア・フィフィタ(4年)の変わりっぷりには、驚かされた。

 1月11日の全国大学ラグビー選手権決勝の早稲田大戦では、名うてのトライゲッターが黒子に徹していた。「ワールドクラスの突破力」というカードは、ここぞの場面でしか出さない。大半の時間は、187cm、105kgのパワーと50mを6秒前半で走るスピードをおとりにして、相手を引きつけて、パス、パス、キック。

「自分でも行ける準備と、この大会に向けて周りを使うことを意識してきた」

 個人のノートライは意に介さない。むしろ、チーム8トライ、決勝史上最多得点の55−28で圧勝したことが誇り。チームの攻撃を寸断させる恐れがあった強引さは、影を潜めていた。

 決勝前夜、都内のホテルのベッドの上でトラウマが甦った。2大会前の決勝の悪夢だ。明大を猛追し、1トライ差。敵陣まで押し寄せた連続アタックでノックオンを犯し、ノーサイドを告げられた。悔しさから、その試合の映像を一度も見たことがない。それにもかかわらず、「寝る前に急に出てきた」と、突然、あのミスが脳裏に甦った。

「2年前の決勝を思い出して、自分がいらんことをして、ミスをしたらみんながしんどくなるだけだから、周りを生かそうと思った」

 早稲田大との決勝は、2大会前の苦い思い出が「薬」になったのは確かだ。ただし、その薬は、乗り物の「酔い止め」程度のもので、プレースタイルを変えるほどのものではない。周囲を生かすプレーは、関西リーグでも全国大会でも見せていた。変化は、1年近く前から始まっていた。

フィフィタを変えた劇薬

 3年生の2〜3月、「サンウルブズ」の一員としてスーパーラグビーに参戦した。トンガで過ごした幼少時から憧れた舞台が、フィフィタを変える「劇薬」になった。

「すごくレベルが高いと思った。アタックは絶対に負けない自信が付いたけど、スキルとスピードが全然足りないと感じた」

 WTBとCTBで6試合に先発して2トライを挙げた一方、ハンドリング、パス、キックなどの基本がおろそかだったことを思い知らされた。同時に、スタミナのなさも痛感させられた。新型コロナウイルスの感染拡大でシーズンが打ち切りになり、天理大に戻ると、人が変わったように走り込んだ。

 本気を出さなくても敵なし――。関西であぐらをかいていた大器が、努力に目覚めた。体脂肪は、一番多い時に比べて6%減。10%ほどになった。サンウルブズ・大久保直弥ヘッドコーチ(現ヤマハ発動機ヘッドコーチ)の「日本代表を目指して頑張れ」というエールがいつも頭にあった。「しんどいことが嫌いだった。フィットネスのメニューでも、(大柄な選手が多い)プロップが前を走っているのに、自分はその後ろを走っていた」という自他共に認める「ランニング嫌い」が、汗をかくことをいとわなくなった。

 サンウルブズの仲間から「プロの心得」を学んだことも姿勢を変えた。

「ごはんや自己管理が勉強になった。脂ものを控えて、サラダやフルーツを食べるようになった。以前は野菜が好きじゃなかったけど。(足をつらないように)水分を普段からしっかり取るように意識した」

 自分で「変わった」という人間に限って説得力が弱い時がある。しかし、フィフィタの場合は誰もが認める変化だった。小松節夫監督のいつもの淡々とした口調に、感嘆が混じる。

「サンウルブズを経験してまじめになった。オフの日もグラウンドに出た。体も絞ってキレが出た。フィフィタが変わったことで、周りにもいい影響を与えた」

サンウルブズの一員としてスーパーラグビーを経験したフィフィタ ©︎AFLO

「とにかくスピード、と言われた」

 伝染したのは、取り組み姿勢だけではない。スーパーラグビーで得た知識が、日本一になるために「何か」を求めていた天理大バックス陣の「サプリメント」になった。

 最も影響を受けたのが12番CTB市川敬太(4年)だ。

「サンウルブズから帰ってきたサイア(フィフィタ)に、とにかくスピード、と言われた」

 重い重量をゆっくり上げるトレーニングをやめ、軽めの重量を、瞬発力を生かして持ち上げるようにした。瞬間的なスピードが上がると同時に、当たりまで強くなった。

 決勝の早稲田大戦は、先制トライを含む4トライ。13番のフィフィタとの息の合った連係で次々とインゴールに飛び込んだ。「ラグビーで一番大事なのはスピード」という173cmの小兵の実感は、頼もしいパートナーがいたからこそたどり着いた境地だろう。

 フィフィタが日本航空石川へ留学してからはや、7年になる。母国トンガでの中学時代は、陸上のハードル選手で全国大会にも出場したそうだ。来日当初こそ、「温かい湯船に浸かることに戸惑った」と日本の生活になじめなかったものの、納豆の味にもすぐ慣れ、半年で言葉が聞き取れるようになった。取材では不自由なく受け答えをする。日本語の達者さは、留学生トップレベルだ。

 金色に輝く上の前歯2本には、2018年夏に亡くなった祖父ビリアミさんの指輪の一部が埋め込まれている。形見を歯に入れるのが母国トンガの風習だ。

 3年までは、仲間のミスを叱責する激しい気性が表に出ていたが、グラウンドを離れれば家族、仲間思いの穏やかな青年。緊急事態宣言下では、息子の身を案じる母への連絡を欠かさなかった。好きな言葉は“Always grateful”。「いつも感謝という意味です。日本語で好きな言葉は“勇気”です」。4人きょうだいの敬虔なクリスチャン。「くじけそうな時は聖書を読みます」。留学生仲間とともにグラウンドでお祈りを捧げる姿を、ファンの方も一度は目にしたことがあるだろう。

笑顔を覗かせるフィフィタ。金色に輝く前歯はの©︎Yohei Kuraseko

 進路は、2部リーグ「トップチャレンジ」の近鉄に進む。SHウィル・ゲニアとSOクウェイド・クーパーの世界的ファンタジスタコンビの存在は、心身両面の「プロテイン」となって競技のレベルアップをもたらすだろう。チームがレベルズ(オーストラリア)と提携している点も、「スーパーラグビー」への強い憧れを持つフィフィタのモチベーションになるはずだ。

 プロのスタートは2部とはいえ、世界が身近に感じられる環境。まだまだ、変わっていく。

文=倉世古洋平(スポーツニッポン新聞社)

photograph by SportsPressJP/AFLO