例年以上に動きが鈍かったFA(フリーエージェント)市場も、キャンプインが近付くにつれ、ようやく活発に動き始めた。特Aクラスにランクされていた大物選手も次々に契約がまとまり、各チームの布陣も固まってきた。その中で、捕手ナンバーワンと評価されていたJT・リアルミュートがフィリーズと5年総額1億1550万ドル(約121億2750万円)、昨季ナ・リーグで打撃2冠のマルセル・オズナ外野手がブレーブスと4年総額6500万ドル(約68億2500万円)で、それぞれ再契約を交わした。

 この2人に共通することと言えば……。

「元マーリンズ」。

 2017年オフ、マーリンズの最高経営責任者(CEO)に就任したデレク・ジーター氏は、すぐさま大胆なチーム再建策に着手し、翌18年オフまで続々と主力選手をトレードで放出した。その中の2人が、リアルミュートとオズナだった。

 元ヤンキースの主将で絶大な人気を誇ったジーター氏は、球界全体から注目される中、非情とも思える改革を進めた。かつての同僚で当時44歳となっていた盟友イチローと契約を延長しなかっただけでなく、伸び盛りの若手野手陣を惜しみなく放出した。17年12月から翌18年1月までわずか2カ月あまりの期間に、当時「リーグ最高の外野陣」と評され、「イチロー・チルドレン」とも言われた、オズナ、ジアンカルロ・スタントン(ヤンキース)、クリスチャン・イエリチ(ブルワーズ)の移籍交渉を締結させた。3人とも20代中盤で、チームの中軸として、ようやく認知されてきた矢先だった。

ファンから浴びた非難の声

 当然、マーリンズファンからは厳しい非難が飛び交い、応援ボイコットの声すら聞かれた。「史上最悪のファイアー・セール」と怒りを隠さないファンに対し、ジーター氏は地元マイアミで対話集会を開き、自らの経営方針と考えを伝えた。

「私を信じてくれ、とは言えない。だが、あなたがたは、まだ私のことを知らない。信頼を得るためには時間がかかるものだ。険しい道のりになるだろうし、時間や努力が必要になる」

 スモール・マーケットのフロリダ州マイアミに本拠地を置くマーリンズは、当時、赤字を抱えており、オーナーグループに属するジーター氏は、緊縮財政とチーム強化という、一見、相反するような命題と向き合っていた。現状の主軸選手を保持し続ければ、近い将来、必ず経営状態は悪化し、最終的に破綻する可能性は極めて高い。批判を覚悟で改革を断行するしかなかった。

 実際、17年にマーリンズでリーグMVPを獲得したスタントンは2014年からの13年総額3億2500万ドル(約341億2500万円)の契約がヤンキースに引き継がれ、ブルワーズで18年MVPに輝いたイエリチも20年3月にブルワーズと9年総額2億1500万ドル(約225億7500万円)の超大型契約を結んだ。

 今オフ、FAで契約したオズナ、リアルミュートを含めた「元マーリンズ」の4人が現在結んでいる契約は、総額7億2050万ドル(約763億7083万円)。

 もはや、天文学的な数字と言っていい。

ジーターらが球団を買収した理由

 ジーター氏にとって就任3年目となった昨季。マーリンズは新型コロナウイルスの集団感染に見舞われながら、03年以来、17年ぶりとなるポストシーズン進出を果たした。カブス相手のワイルドカード・シリーズでは2連勝。地区シリーズでこそブレーブスに敗退したものの、着実な戦力アップを実証した。

 その中心となったのが、昨季6勝を挙げたパブロ・ロペス(24)、サンディ・アルカンタラ(25)、シクスト・サンチェス(22)、ダニエル・カスタノ(26)ら、快速球を武器にする若手投手陣。いずれも、ジーター氏の就任後、主力らのトレードで獲得した有望選手だった。

 ジーター氏は、ファンとの対話集会で「私たちはお金を失い、そして試合に負け続けるために球団を買収したわけではない」とも言った。

 迎えた今季。

 ヤンキース時代から親交の深いキム・アング氏を、球界初の女性GMとして招聘した。

 頭脳明晰かつ冷静な判断力で知られ、世界一の味を知る「キャプテン」が、CEOとして慧眼の持ち主だったのかは、近い将来、結果が物語るに違いない。

文=四竈衛

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