グランドスラムで優勝したい、ナンバーワンになりたい、歴史を作りたい――。10代の頃の大坂なおみは、大きな夢をいくつも語り、多くを実現させてきた。今まだやり残していることで、これから達成したいことは何か、そんな質問に大坂は引退も近いベテラン選手のようなことを言った。

「変に聞こえるかもしれないけど、できるだけ長く現役を続けて、好きな選手は私だったと言ってくれる女の子といつか試合をしたいわ。それって、私にこの先起こるかもしれない一番素敵なことだと思うの」

 自分自身が高みを目指してがむしゃらにチャレンジしていた日々は、そう遠い過去の話ではない。年下との対戦は苦手だと語り、1年前のこの全豪オープンでは7歳下のコリ・ガウフとの試合に敗れて痛い目にあった。

 それが今、そんな究極のチャレンジを受けるシチュエーションを楽しみにしているという。こういう心の変化も、半年のツアー中断が明けてから見せ続けている強さと無関係ではないのだろう。

初めて“チャレンジされる”側に

 決勝戦、大坂は完全にチャレンジされる側だった。

 第22シードのジェニファー・ブレイディにとって初めてのグランドスラム決勝。大坂のグランドスラムの決勝は4度目だが、これは初めての経験だ。

©Getty Images

 過去の決勝の相手を振り返れば、2018年の全米オープンで挑んだセリーナ・ウィリアムズは言うまでもなく、翌年の全豪オープンでのペトラ・クビトバと昨年の全米オープンのビクトリア・アザレンカも、ランキングこそ大坂が上だったとはいえ、それぞれ2回のグランドスラム優勝経験を持つチャンピオンだった。

「経験者だから大丈夫と思われていると思うと……」

「今日の朝になって、そのことを考えた。初めての決勝の緊張がどういうものかはわかっている。でも逆に私は経験者だから大丈夫と思われているかと思うと、それからすごく緊張してきた」

 ブレイディには、昨年の全米オープン準決勝で対戦したときにフルセットの苦戦を強いられている。

 立ち上がりの大坂は、緊張など微塵も感じさせないサービスエース2本を含むラブゲームでのキープだったが、気の抜けない展開だった。両者ともにワンブレークの4-4で、大坂が30-40とブレークポイントを握られる。30-30からのポイントはブレイディの絶妙なバックハンドのロブだった。しかしフォアのウィナーでこのピンチを切り抜けると、そこから第2セットの第4ゲームまで6ゲームを連取。勝負の行方をほぼ決定づけた。

 最後は、今大会の大坂らしく隙を見せないラブゲームでの締めくくり。ブレイディはもう大坂を止められないことを感じ取っていた。

「ニューヨークでも最後は同じような感じだった。彼女はサーブに絶対的な自信を持ってる」

「なおみはいつも大事なところで……」

 前回の対戦同様に互角の数のウィナーを奪い合った2人だが、数字ではわからない大坂の強さにブレイディは脱帽した。

「なおみはいつも大事なところで本当にいいプレーをした。必要なときに最高のショットを打ってきた。そういうショットを打つのが一番難しい場面なのに。ここぞというところで自信を持ってリスクの高いテニスができる彼女は、本当に強い」

グランドスラムの準々決勝以降は今だ無敗

 グランドスラムの準々決勝以降は未だ無敗。決勝で一度も負けることなく初優勝から4つのタイトルを獲得したのは、オープン化以降の女子ではモニカ・セレスしかいない。大坂は、偉大なチャンピオンの中でもさらに特別な領域へと向かっていくのだろうか。

セリーナと大坂、“23歳4カ月”での共通点と違い

 16年前の全豪オープンで、偶然にも今の大坂と同じ23歳4カ月で2年ぶり2度目の優勝を果たしたのがセリーナ・ウィリアムズだ。

 ちなみにその時点で獲得していた全米オープンのタイトルは、これもまた大坂と同じで2つ。つまりハードコートに限れば、通算23回のグランドスラム優勝を誇るセリーナと並ぶペースなのだが、そのときセリーナはすでにウィンブルドンで2度、全仏オープンでも1度頂点を制していた。

 大坂は、その両大会でこれまで3回戦を突破したことがない。

クレーと芝の攻略が<ネクスト・セリーナ>へのカギ

 昨年の秋に開催された全仏オープンは欠場したため、ツアー再開から負けなしの21連勝も舞台は全てハードコート。イレギュラー・バウンドがなく足元も安定しているハードコートは、大坂のパワーやスピードを邪魔するものがなく、持ち味が最大限に生かされるサーフェスである。<ネクスト・セリーナ>の異名をよりふさわしいものにするためには、クレーと芝の攻略がカギになる。

コーチは「クレーで結果を出せないはずがない」

 コーチのウィム・フィセッテはハードコート以外での成功の可能性に大きな期待を抱いている。

「なおみのコートでの動き、パワーを効率的に生み出す体の使い方、ポイントの組み立て方を見れば、クレーコートで結果を出せないはずがない」

 そして、必要なことはその自信を得るためのプロセスだという。

「たくさんの試合をこなし、確かなゲームプランの中で自信を得ていかないといけない。ハードコートでなら、決めにいってミスをしてもすぐに気持ちを切り替えられるが、多分クレーや芝では、同じことをしても、もっと安全なところを狙えばよかったとか、やるべきじゃなかったとか考えてしまう。迷いが生じやすいんだ。でも必ずうまくいくと思っている」

「あまり先を見ずに。時がくれば、また次の……」

 大坂が言っていた願いが実現する頃には、いくつの偉業を成し遂げているのだろうか。無限大の可能性を感じた世界中のメディアやレジェンドたちは称賛を惜しまず、「10個はグランドスラム・タイトルを獲る」といった予言めいた声も聞こえる。しかし大坂はそのリアクションの中で、常にマイペースを強調する。

「あまり先を見ずに、今を生きたい。自分にプレッシャーや期待をかけたくないの。時がくれば、また次のグランドスラムを獲れるはず」

 大坂とチームがともに次の道を拓くプロセスから目が離せない。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano