「本土から来た人は知らないだろうけど、2月の沖縄は雨期なんよ」タクシーの運転手は話した。そうなのだ。沖縄の春季キャンプは雨が多いのだ。今年は2月11日から雨がちとなった。
雨天時の春季キャンプは取材陣には「取れ高」が少なくなる。選手はグラウンドに出ず、室内練習場で体を動かすからだ。しかも今年は新型コロナ禍、取材できるエリアが限定されている。屋内には立ち入ることはできない。

米軍嘉手納基地にほど近いDeNAのファームキャンプは2月12日と14日に取材した。両日とも雨が降ったりやんだり、メイングラウンドは使えず、室内練習場でのメニューになった。
投手陣はストレッチから投内連携、野手陣はキャッチボールからティーバッティングという流れだ。
正念場の乙坂、リハビリ途上のエース今永
乙坂智がバットを振っている。シルエットだけですぐに彼だとわかる。

経歴として筒香嘉智(横浜高校→横浜/DeNA)の後輩でありシャープな左打者だが、昨年は佐野恵太が台頭し外野のポジションをつかんだ。梶谷隆幸が巨人に移籍した今年は勝負の年だ。乙坂は、車で20分ほどの宜野湾市にある一軍キャンプに早く合流したいことだろう。
少し晴れ間が出た。メイングラウンドと道を隔てて隣接する陸上競技場では、今永昇太が遠投をしていた。左肩手術からのリハビリ途上。取材した時点ではまだブルペンには入らず調整中(2月18日に初ブルペンで20球を投げる)。身体を大きく使ってボールを投げていた。

ファームキャンプでは新人選手は影が薄く、一軍でのキャリアがある選手の方が圧倒的に存在感がある。彼らは一刻も早く一軍に復活しようとしているから、文字通り目の色が違うのだ。とりわけ救援投手。火の出るような過酷な環境で投げてチームに貢献したものの、故障や不振でファームに落ちている。そんな投手がどの球団でも何人か見られるのだ。
守護神の山崎は100番代の投手と…
室内練習場では山崎康晃が100番代の投手とともに、ダッシュを繰り返していた。

時折笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていない。トレーナーは若手選手にはタイムを伝えたり、走り方のアドバイスをしたりしたが、山崎には声はかけない。彼のクラスになればやるべきことはわかっている。黙々と身体を動かし、自分のペースで調整をしている(22日の練習試合ではピンチを背負いながらも1イニング無失点)。その体からは間違いなくオーラが出ていた。
31歳三上&田中健二朗が見せていた“漢”の表情
嘉手納野球場のブルペンは小さい。しかしマウンドとホームベース辺りには屋根がついているので、雨でも使うことができる。
この日は三上朋也がダイナミックなフォームでボールを投げ込んでいた。この投手も2016年から3年連続で20ホールド以上を挙げて「勝利の方程式」を担ったが、昨年は10試合の登板にとどまった。

筆者は、細面で優しい風貌の投手という印象を持っていたが、春季キャンプにいたのはひげを蓄えた31歳の“漢”の顔だった。捕手が雨に濡れたボールを手で拭いて返球している。
背番号「046」の左腕投手が小気味よいフォームから投げ込み始めた。田中健二朗だ。ワンポイントリリーフとして度々チームのピンチを救ってきたが、2019年8月にトミー・ジョン手術を受けて昨年から育成選手になっている。

鋭い眼光は以前のままだ。高卒から14年目、31歳で再起を目指す左腕は、このあと晴れ間が再び見えたメイングラウンドでバッティング投手を務めた。
投手陣を見つめるのは叩き上げの大家コーチ

雨が降ったりやんだりのブルペンで、投手陣を見つめているのは背番号「78」の大家友和ファーム投手コーチだ。横浜(当時)からMLBに挑戦し、マイナー契約からメジャーに這い上がった叩き上げだ。プロ野球春季キャンプには、現役だけでなく、指導者にもこうした「物語」の持ち主がたくさんいる。
仁志監督にリモートで話を聞けることに
仁志敏久ファーム監督へのインタビューはリモートになった。キャンプ上がりのお疲れのところ、時間をいただいた。
「キャンプもシーズンも我々から見れば『育成』」

――監督は侍ジャパンのコーチやU12日本代表監督などを歴任されましたが、NPB球団での指導者になるのは初めてです。どういう心構えで臨んでおられますか?
「基本的に指導方針はそう大きく変わるわけではないですが、今度は対象はプロ選手です。投手、野手など各部門別にコーチがいますし、これまでのU-12などと比べるときっちりと組織があることを意識しながら現場をまとめていく必要があります。ファームチーム内にはいろんなサポートをしてくれるスタッフがいるので、監督として選手をまとめるだけでなく、組織を作り上げていくのも自分の使命だと考えています」
――この春季キャンプでの目標、テーマは?
「ファームの選手たちには、とにかくフィジカルが重要であると話して、それをベースに練習を組み立ててもらっています。
キャンプもシーズンも我々から見れば『育成』、選手から見れば『成長』の段階ではありますので、僕の中ではキャンプは練習時間が多くとれるというだけであって、試合が中心のシーズン中と目標が大きく変わることはありません。『育成』がベースにあるのは同じです」
山崎康晃らとは「現在抱えているテーマを一緒に」
――山崎康晃投手など実績のあるベテラン、中堅の選手もファームにいますが、そういう選手についてはどのように接しておられますか?
「一軍で実績のある選手が何人かいますが、当然、現状のままではいけないという認識です。『変化』しないといけない。『変化』が『進化』になってくれればいいんですが。そういう選手たちには、コミュニケーションを取りながら今の状況を聞いたうえで、現在抱えているテーマを一緒に対処できればいいなと思います」
――今年のキャンプはずいぶん雨が多くなっていますが、雨対策のようなことはあるのですか?

「結構広い室内(練習場)がありますので、練習そのものはほぼ滞りなくできています。ただ、今日もそうでしたが予報とは違う天気になって、予定を変更して室内での練習になりました。室内だから外と同じことはできないと考えるのではなく、練習方法を工夫するのが僕らの役割だと考えています」
――新型コロナウイルスで、練習以外の選手の管理も重要だと思います。選手にはどのように話していますか?
「球団の方がいろいろと対応してくれていますから、我々が特にすることはありません。選手もストレスがないわけはないでしょうが、不幸中の幸いはファーム選手はホテルでは一人部屋にいられるということですかね。比較的自分の時間が取れるのかなと思います。それでもストレスはあるでしょうが、外に出ることができないのはキャンプが始まるときからわかっていたことなので、選手たちは納得しているでしょう。嫌気がさしていることはないと思います」
「できるだけ早い時期に……」
――ファーム監督としての2021年の目標は?
「基本的には、一軍でレギュラーになる選手をできるだけ早い時期に作るのが目的です。そして勝つことに対する工夫、知恵をもってゲームに臨んでほしいということです。僕らも勝つことを考えて采配し、指示を出しますが、選手たちも自分で判断し、選択してプレーを一つ一つ組み立ててくれればいいと思います。
もちろんファームだから負けていいということはないですし、負けることに慣れた選手が強いチームを作ることは考えられないですから、いつでも勝てる方法を模索するような選手になってほしいなと思います」
モチベーションを高める指導法を評価されるだけに
理知的で冷静な言葉が返ってきた。アマチュア野球の指導者時代、仁志監督の講演を何度も聞いたが、一人ひとりの選手に接してそのモチベーションを高め、能力をアップさせる指導法は高く評価されていた。
その指導法がプロでも発揮されるとすれば、新生DeNAの今季は、新たな人材が台頭するのではないか。
文=広尾晃
photograph by Kou Hiroo