ジャイアント馬場の身長が209cmだったことは広く知られている。カラダの大きさはテレビ画面からでも一目瞭然だ。しかし、具体的な数字を知ることで、我々はアスリートの凄さを深く実感することができる。

 スポーツファンならばお馴染みの“数字”が今後はシークレットになるかもしれない。

 日本陸連がアスリートの「身長・体重」について非公開として、収集も控えることを基本方針にすると発表したからだ。他の連盟・団体も日本陸連の方針に追随することが予想される。

 日本陸連によると、「個人情報」の取り扱い全般についての検討を進めているなかで、身長・体重に関する誹謗中傷や誤った情報の拡散などを問題視。人権を守るとともに、幅広い競技レベルで多くのアスリートが競技を楽しめるような環境づくりを目指すため、この方針を定めたという。

 すでにワールドアスレティックス(WA)や日本陸連の公式サイト内のアスリートプロフィールなどから身長・体重の数値は削除されている。所属先の公式サイトなどに掲載する情報は各所属先の判断となり、メディアが独自に身長・体重、その他個人情報を報道に使用する場合には「使途を明確にし、アスリートの同意を得た上で、対応する」ことを推奨している。

かつてプロ野球選手名鑑には住所が?

 スポーツ界における個人情報として強烈な印象として残っているのは、1980年代のプロ野球選手名鑑に選手の住所(現住所もしくは実家)が掲載されていたことだ。筆者はその住所に余った年賀はがきを使ってファンレターを送った経験がある。なお、一部の選手(住所を知られたくない選手など)は「球団気付」と記されていた。

 いつしかプロ野球選手名鑑にキワドイ個人情報は掲載されなくなり、2005年には個人情報保護法が施行された。この頃から陸上界では、「記録も個人情報になるかもしれない」という声を聞くようになった。

 具体的な変化は2012年頃からだろう。陸上専門誌は全国高校駅伝に出場するチームに選手の自己ベストと身長・体重をアンケートしているが、身長・体重を明記しないチームが出てきた。

 昨年12月の全国高校駅伝では女子出場47校中5校が身長・体重を非公表としており、1校が体重のみ非公表だった。男子も1校が身長・体重を明記していなかった。

正直、聞きづらい面があった

 筆者は陸上競技を20年以上取材してきて、依頼を受けた編集部の指示で、活躍したアスリートの身長・体重を聞いてきた。主な対象者は、全国大会で1番(個人優勝、チーム優勝、駅伝なら区間賞)になった選手たちだ。

 なかには戸惑いの表情を浮かべる選手もいるが、たいていは答えてくれる。しかし、一度だけ断固拒否されたことがある。投てき種目で優勝した女子中学選手だった。15年以上も前のことで、そのときは顧問の先生に聞きに行った記憶がある。

 長年全国トップクラスで活躍している選手は体重を聞かれることに慣れているとはいえ、女子選手には正直聞きづらい面があった。こちらも興味本位ではなく、アスリートの情報として誌面に掲載するために聞いているわけで、日本陸連の新方針にホッとしている部分もある。

厳しい体重制限が選手の健康を損ねている

 日本陸連は2018年12月に「鉄剤注射原則禁止」を打ち出しているが、これは今回の新方針とつながっている。女性アスリートの三主徴(利用可能エネルギー不足、視床下部性無月経、骨粗しょう症)が課題となるなかで、身長・体重、BMI 指標などの数値が独り歩きしてしまうことがあるからだ。

 簡単に説明すると、女子長距離の強豪チームでは厳しい体重制限を課していることが多く、過度なダイエットにより貧血になりやすい。それをカバーするために鉄剤注射を使用する。その結果、タイムが向上する一方で、肝臓・腎臓などの機能が低下して、後遺症に悩まされる選手が少なくなかった。

 過度な体重制限が、摂食障害、無月経、骨粗しょう症、燃え尽き症候群などの弊害を生み出している。体重の数値に過敏になることが“悪の根源”のようなものなのだ。日本陸連は身長・体重を非公開とすることで、女子アスリートの過度な体重制限の防止と鉄剤注射の根絶につなげようと考えているわけだ。体重を非公開にすることによる効果は多少あるだろうが、根本的には指導者の“意識”を変えないといけないような気がしている。

プロフィールの身長・体重はあくまで「公称」

 大人になれば身長はほとんど伸びないが、体重は日々変動しているものだ。だが取材をしていると、真面目な選手ほど正確な数値を答えようとする。

 高校、大学、実業団で活躍したある男子長距離選手の身長は169cmだったが、大学時代のプロフィールでは少しサバ読んで171cmとしていた。それが実業団に入ったタイミングで174cmとさらに上げたのを知ったときは正直笑ってしまった。そんな選手もいるくらいなので、プロフィールの身長・体重は「公称」であり、「実際の数値」ではない可能性があることを知っておいた方がいいだろう。

数字のリアリティーがスポーツをより面白くした

 とはいえ数字がスポーツの楽しさを倍増することはある。大きい選手はそれだけで迫力があるし、逆に小柄な選手が大柄な選手を打ち負かす姿に勇気づけられることもある。サッカー界のスーパースターだったディエゴ・マラドーナは小柄(身長は公称165cm)だったからこそ、より多くのファンが熱狂した側面はあるだろう。

 陸上競技でいえば、走り高跳びは身長が高い方が圧倒的に有利だ。身長が高いのはそれだけで才能といえる。一方で、身長が低くても高く跳ぶことができる選手は、記録や順位とは関係なくジャンパーとしての魅力になる。その場合、身長が数値で分かっている方がファンは注目したくなる。

 身長・体重の数字には選手の才能や努力、それからストーリーが詰まっている。これらが公開されなくなると、スポーツの面白味の一部は失われてしまうのかもしれない。

 もちろん知られたくないのであれば公開する必要はないが、個人的にはできればこれからも多くのアスリートに身長・体重を公開してもらいたいと思っている。アスリートの身長・体重をはじめとする数値情報は、選手の魅力アップにつながるだけでなく、憧れの選手を目指すアスリートの参考にもなる。また、知ってほしい個人情報(トレーニングの数値など)をどんどん公開する空気になればスポーツ界はもっとポジティブでエキサイティングなものになるだろう。

 そして情報を受け取る我々は、身長や体重の数値だけに注目するのではなく、どんなパフォーマンスのためにどれだけの筋肉をつけ、脂肪を落としたのかというようなカラダの“中身”の重要性を理解することが大切ではないだろうか。

 

文=酒井政人

photograph by Asami Enomoto