宮藤官九郎脚本、長瀬智也主演のドラマ『俺の家の話』(TBS 系 金曜よる10時〜)はプロレスファンも必見のドラマだ。

 長瀬演じる観山寿一がプロレスラーで、所属する団体〈さんたまプロレス〉には長州力が長州力本人として出演し、「キレ(切れ)てねえ」「形変えるぞ」とおなじみの名言を発している。ほかにも第1話には、現役プロレスラーの翔太、勝俣瞬馬、中村圭吾、レフェリーの木曽大介(プロレス監修も担当)が出演、第3話では、武藤敬司、蝶野正洋、TAMURA、渡瀬瑞基なども出演しドラマを彩った。

単に「介護×プロレス×伝統芸能」のコメディではない

 寿一が40代になってプロレスラーとしての限界が見えたとき、父・寿三郎(西田敏行)の介護と能の宗家の継承を余儀なくされ、プロレスラー引退を決断する。苦渋の選択をした寿一に辞めないでほしいと後輩レスラーがすがったとき、長州が諭す。

「俺たちが勇気をふりしぼるのはな リングシューズを履くときじゃねえんだよ 脱ぐときなんだよ 察してやんな」

長州力 ©Toshiya Kondo

 このセリフが、このドラマが単に介護とプロレスと伝統芸能を掛け持ちするコメディではないことを物語っている。もちろん、宮藤官九郎のドラマはいつだって単なる“おもしろ”だけではない。こんなふうにちょっと斜に構えてしまいがちな人たちに漂うペーソスが魅力でもあるのだ。

 長州力のセリフにはドラマのテーマを包括するような絶大な説得力があった。1998年に一度引退し、復帰、2019年に再度引退した長州だからこそ響く。しかも彼が後楽園の引退試合で発した名言は「今からUターンして家族のもとに帰ります」である。なんだか「俺の家の話」の寿一と重なって見えてくるではないか。

“自分の限界を見極める”とは、どういうことか?

 自分の限界を見極めることは、プロレスに限ったことではない。主として身体を使うこと――成績の優劣や勝ち負けのある競技では、身体能力の限界が歴然として突きつけられる。多くのアスリートが常にこの限界問題と戦っている。

 例えば、新型コロナウイルス感染拡大による東京五輪の延期は、この檜舞台に体力と能力のピークをもって来るように綿密に計算してトレーニングしてきたアスリートに大きな衝撃を与えた。2020年ならやれたことが2021年ではどうなるかわからない。アスリートの身体はデリケートだ。だからこそ、自分の状態を確実に見極めて、引退する者には、涙の拍手が贈られる。イチローの引退会見は誰もが固唾を呑んで見守った。

 そうかと思えば、どれだけ現役を続けられるか挑み続ける三浦知良のような人物は憧れの的だ。去る者も、残る者も、身体のみならず精神の面においても自分の限界を怜悧に見極める者こそが覇者なのだ。

『俺の家の話』の寿一は、親の介護をきっかけに一度はプロレスの世界を去るが、わけあって、再び覆面レスラー・スーパー世阿弥マシンとしてリングに立ちはじめる。体幹を鍛える能の修業が奇しくもプロレスに役立って大活躍するという、カンフー映画のような展開もあった。

 第3話に登場した武藤が2月12日、58歳にして、プロレスリング・ノアのGHCヘビー級のチャンピオンになり、ノアに入団したことも重って見えた。58歳だって現役が可能なのだから、40代の寿一だってまだまだやれるはずだ。

武藤敬司 ©Toshiya Kondo.

道に迷う者は寿一だけではない

 引退するか、現役を続けるか、道に迷う者は寿一だけではない。介護状態になった父・寿三郎もまた然り。人間国宝にまで上り詰めた寿三郎は脳梗塞で倒れたことをきっかけにカラダが弱り始め要介護状態になってしまう。だが、彼は長男・寿一に宗家を継がせることにしたものの、エンディングノートには「もう一度舞台に立ちたい」と記す。

 認知症になっても寿三郎は、幼い頃から身体に叩き込んできた能のことは忘れないし、ふだんはぼんやりしていても、息子や孫の能の稽古のときはキリッとした顔になる。第5話では、家族旅行に行くために血糖値、血圧、体重を理想の数値に近づけようと、ボクサーの映画『ロッキー3』の「アイ・オブ・ザ・タイガー」をBGMに、スクワットしたり歩行器を使って川べりを歩いたりする情景も描かれ、ぐんぐん体力があがり、晴れて目標の数値に到達した。この調子で、老いて要介護とされた者がリハビリのすえ、再び舞台に返り咲くという感動のエピソードが描かれる展開も期待したい。

ホームドラマと見せかけて「自分の道を考える物語」である

 25年もの長い確執があった2人だが、能一筋で家族を顧みない父と息子の唯一の交流はテレビでプロレスを見ることだった。「反則しても血が流れてもなんか節度があって品があっていい」と寿三郎のプロレスを評する場面も登場し(第1話)、そんな話を聞いていた寿一が能楽師を継がずにプロレスラーの道に向かうのは想像に難くない。幼いときに「神童」と呼ばれながらプロレスを選んだことに未練を感じていた寿一は、再び能を舞う。しかし、やればやるほど思い知らされたのは、「自分がいかにプロレスが好きなのか」ということだった。

 親の介護、家の継承のドラマと思わせて、人生の折返し地点に立った主人公が、何がしたいのか、自分の道を考える物語なのである。

どこか重なる長瀬智也と観山寿一

 第5話で家族旅行を計画した寿一は、気の乗らない家族に向けて「行かないで後悔するより行って後悔するのが観山家だから」と説得する。この「やらない後悔よりやる後悔」というマインドは彼のキャラクターを最も的確に表現したセリフだろう。どうせ後悔するならなんでもやってみるべきで、だからこそプロレスもやり、介護もやり、能もやる。家族旅行にだって行く。これはもう、人生に一片の悔いのない『北斗の拳』のラオウみたいな生き方である。

 そして、寿一の体当たりの生き方を見ていると、このドラマが終了する3月の末に長年所属してきたジャニーズ事務所を退所することになっている長瀬智也自身に思いを馳せてしまうのである。

ジャニーズ事務所退所が発表されている長瀬智也 ©BUNGEISHUNJU.

 長瀬は決してジャニーズのスターとして体力の限界を感じたわけではないだろう。ただ人生の途中で、進む道を切り替える大きな岐路に立っていることは確か。現実の長瀬智也とドラマの観山寿一の現在地が重なり合い、得も言われぬリアリティーを感じさせるのだ。

 ところで、覆面レスラー・スーパー世阿弥マシンとしてプロレス復帰した寿一を演じるにあたり、長瀬は代役を立てることなく、撮影に臨んでいたという。レスリングの練習から能の練習まで、ありとあらゆることに挑みながら、ドラマの主役を全力で務める。そう考えると、『俺の家の話』は主人公・寿一だけでなく、演じる長瀬にとっても、カラダの中から汗を絞り切るように、一片の悔いも残せない“集大成のドラマ”かもしれない。

 同時に、見ている者にも、悔いのないように生きられるか突きつけてくるような気さえして、自分の足元を見つめてしまう。私たちは、どれだけしっかり立っているだろうか――。

 昨今の地上波ドラマには少ない骨太なドラマながら、介護ヘルパーさくら役の戸田恵梨香の愛らしさも見逃せない。寿三郎の介護中(「ビューティフルライフ」ごっこ)にめまいを起こして倒れたさくらが、まるで仕留めた鹿や猪を抱えるように彼女を“マタギ抱っこ”してくれた寿一(スーパー世阿弥マシン)に惹かれていく。マスク越しに「好き」とつぶやくときのさくらの瞳の熱っぽさは、進む道に迷った私たちの身や心を激しく駆動させる。

文=木俣冬

photograph by ドラマ『俺の家の話』(公式サイトより)