サラゴサとの契約解除から約4カ月。プレーの場をスペインからギリシャの強豪PAOKに移した香川真司が空白の浪人期間を経て胸中を明かした。移籍の経緯と新天地でのビジョン、そして代表復帰への意気込みまで──。
<初出:Sports Graphic Number 1021号(2021年2月18日)>
香川真司とレアル・サラゴサとの契約が解除されたニュースは、驚きをもって伝えられた。昨年10月2日のことだ。
2年契約のうち、1シーズン弱を残しての契約解除は、異例の出来事だった。そんな選択をするクラブは多くない。なぜなら、一般的に、選手との契約が満了になる前に打ち切るとしても、クラブは給料に相当する額を払い続けないといけないからだ。
その後、新天地の候補として様々なクラブ名が報じられながらも、フリーのまま年を越した。そして、1月27日にギリシャの強豪PAOKテッサロニキ加入が決まった。
その間、SNSの発信はあったが、香川がメディアの前に出たのは契約解除直後の現地メディアのグループインタビューだけ。
あの浪人期間をいかに乗り越え、どんな覚悟で新たな戦いに挑むのか。およそ17週間の沈黙をやぶり、香川が口を開いた。

「やりきれない想いはあった」
――昨年10月5日の移籍期限直前での契約解除は想定外だったのでは?
「少なくとも、次の移籍期間までの半年はサラゴサで戦うつもりでした。契約解除はさすがにないと思っていましたから」
――気持ちの切り替えも大変でしたか?
「大変でしたよ。契約満了で退団するのとはわけが違うから。やりきれない想いはあったし。スペインは外国人枠が厳しいから、そういう事態もありえる、ということなのかもしれないですけど」
――契約解除以降は、自由にクラブと交渉できるようになりましたが。
「そこからはスペインを中心に、いくつかのチームとコンタクトを取りました。監督と話をしたクラブもあったし、入団が決まりそうで、11月頃にその準備をしたこともありましたが……」
日本復帰という選択は全くなかったのか?
「日本に帰ることは、全く考えていないです」
スペインでは、1部リーグはEU圏外の選手(一部例外あり)は3人まで、2部の場合は2人までしか登録できない。EU外の選手には、ドイツなどとは比較にならないほど高いハードルがある。その2枠を他の選手に適用したかったからというのが、香川の契約解除に動いた最大の理由とされている。
日本でも古巣のセレッソ大阪が獲得を目指していると報じられ、大きな話題となった。これを受けて、香川が自身のTwitterを更新。丁重な言い回しとともに、日本復帰という選択を否定した。

――日本復帰の報道も出ましたが?
「日本に帰ることは、全く考えていないです。それは今も、昔も。ああやって、自分の名前が出ることはありがたいですが」
――昔から「長くヨーロッパで戦い続けたい」と言い続けてきましたよね。
「今も『オレは成長している。もっと高いレベルで戦える』という自信があるから。それに、5大リーグでもしっかり戦える力があると考えるからです」
「やっぱり、岡ちゃんの存在が大きかった」
――移籍については色々な意見を口にする人がいますが、当事者としては、どう感じますか?
「結局……移籍の経緯って、本当のところは本人にしかわからないから。僕らは報道などを通して、表面的なものしか見られない。でも、その裏には思うようにいかないことや葛藤がたくさんあるわけで。オレはそれも経験していますからね」
――同世代の選手から刺激を受けたりもするのですか?
「同年代の人からもそうですけど、同じ時間を過ごした仲間から、大きな刺激を受けますよね。やっぱり、岡ちゃん(岡崎慎司/ウエスカ=スペイン)の存在が大きかった。サラゴサに行ってからは特に」
――岡崎選手とは代表でともに戦った期間も長いですが、プレーした国も、ドイツ、イングランド、スペインが同じです。
「岡ちゃんは同じタイミングでスペイン2部に来て、チームを昇格させて、1部で戦う権利を勝ちとったので。(昨季の)12ゴールという結果も含め、リスペクトしかないです」
――頻繁に顔を合わせていたそうですね。
「自分と向き合うって、こういうことか!」
「彼が結果を残すのは偶然ではないですよ。岡ちゃんは、本質を見て、ものごとをしっかり考えているし、人間的にもタフ。あの覚悟や考え方はホンマに刺激になりました」
――話を戻すと、香川選手は今回の決断についてはどう考えているのですか?
「結果論として、遠回りをしたり、一時的に後退しているように見えるかもしれない。でも、やれることに全力を尽くした上での決断だから。オレは、ブレていない。それに、よく『自分と向き合う』とか言うじゃないですか?」
――よく言われますね。
「これまでにもオレも何度か口にしてきましたが、『自分と向き合うって、こういうことか!』と今回、初めて学んだ気がしますね。もちろん、この現状と自分の理想とのギャップはあります。だけど、そういうものも含め、覚悟を持って、今の状況にオレは向き合えているから」

「9週間近くも自宅でトレーニングするだけの期間が」
――声からも言葉からも自信があふれてますね。でも、所属クラブがない期間はかなりフラストレーションがたまったのでは?
「あぁ、それはないですね。あの“コロナの期間”があったから」
――というと?
「去年の3月にスペインでロックダウンを経験した時には、9週間近くも自宅でトレーニングするだけの期間がありました。そのデータも残っているから、再び1人でトレーニングをしても、成長できる部分があるなという感覚がまず、ひとつで」
――他にもあると?
「当時と違うのは、契約解除になって以降もずっとグラウンドに出て、トレーニングができたこと。一方、去年の3月頃は、自宅から出られなかった。当時と比較にならないくらい、やれることが多くあったので」
――大きく違うと?
「自分の選手としての能力を必要としているとわかった」
「もし、所属先が決まるまで17週間もかかるとあらかじめ知っていたらキツかったかもしれない。でも、いつも『あと2〜3週間でチームは決まる』と考え、新天地での戦いに備えてハードにトレーニングしていたから。悲観的なところは全くなかったです」
ベストの自分を見せられる自身はある。
そんな17週間をへて、ギリシャの強豪の一員になった。PAOKは今季、CLの予選プレーオフに進み、本大会出場にあと一歩のところまで迫った。チームを率いるのは、パブロ・ガルシア。現役時代にはレアル・マドリーなどでも活躍した人物だ。
――PAOKに決めた理由は?
「事前に監督としっかり話して、自分の選手としての能力を必要としているとわかったので決めました」
――PAOKはゴール数も支配率も首位を独走するオリンピアコスについで2位で、攻撃的なチームに見えますが?(データはいずれも2月8日現在のもの)
「ただ、監督はウルグアイ出身の人ならではというか、ファイトすることや攻守やポジションの切り替えも強く求めています」
――後半18分から途中出場を果たした、2月3日のデビュー戦。この冬に加入した選手が先発に3人も名を連ねました。新しくチームを作っている段階なのでは?
「そうですね、監督も代わって3カ月くらいなので」
ポジションはトップ下とボランチの中間?
――デビュー戦はチャンスメイクをして、アディショナルタイムには決定的シュートを放つなど、まずまずだったのでは?
「まぁ、すでに勝敗が決まっている状態だったので。ケガなく終えられたことや、試合に向けてスイッチを入れる作業など、メンタル面の準備などを含め、トータルで良かったかなという感じです」
――ポジションはトップ下とボランチの中間のようにも見えましたが?
「どちらかというと、インテリオール(インサイドハーフと表されるポジションのスペインでの呼称)。ただ、攻撃ではペナルティーエリアに入っていけという指示もあるし、守備ではトップ下のような位置に入ったり。攻守可変というか、攻撃のときと守備のときのポジションも状況に応じて変わることがある。『トップ下の選手として考えてもらってもいいけど、インテリオールのほうが今のサッカーにあうのでは?』と監督に話しました」
――「今のサッカー」とは?
「もちろん、代表は視野に入っています」
「『10番=トップ下』のように高い位置で相手のギャップで受ける仕事はもちろんします。でも、現代サッカーでは、相手がコンパクトに守ってくるときには、チームとしての共通理解がないと、トップ下ではなかなかボールをもらえない。ポジショナルプレーを上手くできる選手がチームにたくさんいればいいけど、最初からそれを望むのは簡単ではないと思うので。そのほうが攻守にも多く絡めるし、自分の良さを出しやすいかなと思い、監督と話しました」
――自信をもちながら、ここから上っていくプランを描いていると?
「リーグ優勝は厳しい位置にいますけど(2月8日時点で首位と勝ち点17差のリーグ3位)、チームが目指す国内カップ戦の優勝とCL出場権獲得のために頑張る。個人的に心がけるのは、ゴール数などの数字ではなく、毎日ベストをつくすこと。そこにフォーカスしていけば、数字も結果も必ずついてくるから。ベストの自分を見せられる自信はあるので、しっかり体現していきたいです」
――「ベストの自分」を表現できれば、代表復帰も見えてくるのでは?
「もちろん、代表は視野に入っています。そろそろエンジンをかけるじゃないけど、そこで競争していきたい……いや、競争しないといけないと考えていますよ!」
文=ミムラユウスケ
photograph by UDN SPORTS