周囲ばかりではなく、本人も驚くような快走だった。

 琵琶湖畔で行われる大会としては最後となる、第76回『びわ湖毎日マラソン』で富士通の鈴木健吾がマラソン初優勝。大迫傑(ナイキ)が持っていた従来の日本記録を33秒更新し、2時間4分56秒の好タイムで大会最後のウィナーに名を刻んだ。

 ゴール直後のテレビインタビューで「ほんとにこんなタイムで走れると思わなかったので、正直、自分が一番びっくりしています」と答えた25歳。その木訥な受け答えに、彼のマラソン哲学がにじんでいるかのようだった。

 鈴木の名がよく知られるようになったのは、大学3年生の頃だ。その年の夏に10000m28分30秒16の神奈川大記録を打ち立てると、箱根駅伝予選会では日本人トップの走りでチームの本戦復帰に貢献。箱根では2年連続となる花の2区を任され、そこでも日本人歴代5位(当時)となる好タイムで自身初の区間賞を奪った。

第93回箱根駅伝で2区区間賞を獲得した

箱根駅伝では沿道から「もう辞めろ」と言われ

 まさに大学駅伝界の顔になったわけだが、当時からその言動は謙虚だった。勝って驕らない姿勢は、喜び以上に負けたときの悔しさを知っていたからだろう。

 ルーキーイヤーから鈴木は箱根を走っているが、その年は6区区間19位と苦しんだ。箱根を夢見て愛媛から上京した青年に浴びせられたのは、沿道からの心ない罵声だったという。鈴木は以前、箱根の思い出についてこう語っている。

「一番印象深いのは初めての箱根駅伝で、僕は6区19位だったんですけど、途中で沿道から『もう辞めろ』って声が聞こえてきたんです。やっぱりただ憧れの舞台というのではなくて、もっと覚悟を持って走らないとダメだなって。あれが転機になったかはわからないですけど、あの声は今でもすごく憶えてますね」

大後栄治監督のもと取り組んだ食事改善

 下級生の頃は体の線も細かった。下痢の症状にも悩まされ、うまく吸収されない悩みを抱えていた。それを今も恩師と慕う大後栄治監督のもと、こつこつと食事改善に取り組んだ。走りも基本動作から見直し、ジョグの前に四股踏みをしてから入念に間接周りを解きほぐしていくのがルーティンだった。

2年時の第92回箱根駅伝でも2区を任され、区間14位

 継続した努力は、自身を裏切らない。個々の成長スピードに合わせて、練習メニューをオーダーメイドで作りあげる大後流の指導も鈴木に合っていたのだろう。自主性が重んじられる練習環境下で、鈴木は嬉々として長い距離を走り込んだ。2年生時の夏合宿ではおよそ1カ月で1000km弱を走り込んだが、3年生になると1200kmにまでその量が増えていた。

 当時、合宿先の白樺湖で話を聞いた際、こういって目を輝かせていたのを思い出す。

監督に練習を『やりすぎるな』といわれることも

「走ることは苦にならないですね。ジョグは基本1人なんですけど、長くずっと走っていられます。たまに監督に『やりすぎるな』っていわれることも(笑)。やっぱりポイント練習の次の日とかってけっこう体はきついんですけど、そういう日こそしっかり長い距離を走ろうと思うんです。90分くらいゆっくり走って、少しずつプラスαの力を身につけていく。そういう練習が自分にとっては大事かなって」

 走ることを楽しめるのは、それだけでもう立派な才能のひとつだろう。鈴木の走りの特徴に姿勢の良さが挙げられるが、それも基本動作を繰り返し、繰り返し身につけてきた成果に他ならない。今回のレースでも、最終盤まできれいなフォームは維持されたままだった。

勝つためのプランがなかったMGCの反省

 鈴木だけでなく、日本歴代5位となる2時間6分26秒のタイムで2位に入った土方英和(ホンダ)を始め4人が6分台を記録した今大会、気象コンディションの良さが選手の好走を後押しした側面は大きい。さらに30kmでペースメーカーが外れた後、先頭をサイモン・カリウキ(戸上電機製作所)が引っ張るかたちになったレース展開も先頭集団の中にいた選手たちには有利だった。

MGCでは7位に

 だが、本当に称えられるべきは鈴木の冷静なレース運びであり、ここぞの場面で見せた勝負勘だろう。昨年、東京オリンピックの代表権を賭けたMGCでは自ら先頭に立つなどしてレースを積極的に動かしたが、「とりあえず爪痕を残そうと仕掛けただけで、明確に勝つためのレースプランが浮かんでいなかった」と終盤に余力を残せず7位と優勝争いには絡めなかった。今回はその反省を生かし、35km過ぎまで無駄な動きを控えてかげのように存在感を消した。そして、あのスパートである。「幸か不幸か、給水を取り損ねた」36kmの給水地点で、先頭争いをしていたカリウキと土方を一気に引き離す。レース終盤であれだけの切り替えをし、上げたペースを維持したまま残り5kmを力強い足取りで走りきった。

アフリカ勢の強豪たちでひしめく4分台ランナーの仲間入り

 前半より後半の方が速いネガティブスプリットを刻み、世界で58人(内55人がエチオピアとケニアの選手)しかいなかった4分台ランナーの仲間入り。かつて世界新記録を樹立したこともある、ウィルソン・キプサング(ケニア)の持つ従来の大会記録(2時間6分13秒)を大幅に上回ったのだから価値が高い。

 一夜明けての1日のオンライン記者会見で、鈴木は「(同僚の中村)匠吾さんがMGCで決めたようなスパート力を磨きたい。(外国人選手の)揺さぶりに対応できるようなタフさも身につけたいです」と意欲を語った。

 目標に見据えるのは、3年後のパリ・オリンピック。驕らず謙虚に、楽しみながら走りを磨いていく。

文=小堀隆司

photograph by Kyodo News