電光石火のトレード劇だった。

 3月1日に発表された巨人・田口麗斗投手とヤクルト・廣岡大志内野手の交換トレード。正式に両球団の間で成立したのは発表前日の2月28日。キャンプ終了直後の発表の経緯を2日、巨人・原辰徳監督が説明した。

「発表されたのが(キャンプ終了)直後ということでね。そんな直後に決まる訳じゃないから。そこはレシピ的にはある訳だから。この前のオープン戦のときにそういう話があったという風に思っていいんじゃないでしょうか」

 原監督が明かしたトレードの経緯を整理すると、具体的な話がスタートしてから成立までにかかった時間はわずか5日ということになる。

 まさに両球団とも電撃的な決断だった。

昨年の日本シリーズにも当番した田口 (C)Nanae Suzuki

 いまにして思えば、まさにあのときだったという場面がある。

ヤクルト・小川GMと巨人・大塚副代表が試合中ずっと……

 2月23日に沖縄・浦添で行われたヤクルトと巨人の練習試合。試合が始まる直前から終了前まで一塁側のスタンド上段でヤクルト・小川淳司GMと巨人・大塚淳弘副代表がずっと何かを話しているのを目撃した。

「そこで副代表とGMが話したんじゃないの? そうでしょう? それで色々と両者が考えたんじゃないですか? で合意に至ったのが2日前(2月28日)。トレードなんて短いスパンで決まるものは決まる」(原監督)

 開幕まで1カ月を切った時点では異例とも言える、同一リーグの球団同士による電撃トレード。だからこそわずか5日で決まったとも言えるし、それだけこのトレードにはお互いにメリットがある。異例でもやり切る価値があるトレードだったということなのだろう。

 取材をしていくと持ちかけたのは巨人の方だったことが分かった。

 実は先日アップした原監督のインタビュー(原辰徳監督が明かす桑田真澄コーチ就任の真相「最初から彼が素晴らしい野球人だとは思っていなかった。でも…」ほか2本)を行ったのは2月20日。まだ、今回のトレードの話が両球団の間で具体的に出る前のことだった。しかしそこで原監督が語った言葉の中に、巨人が決断に踏み切った理由がいくつかちりばめられていた。

 まず廣岡にターゲットを絞った理由。

 今回の廣岡獲得の背景として「坂本勇人内野手の後継」という声がある。もちろん長期的スパンで見れば、いずれそうなるという含みもあるだろう。ただ、第一義的にはもっと目の前の今年のチーム作りという視点があったはずである。

 1つは今季の打線構成のポイントであるジャスティン・スモーク内野手とエリック・テームズ外野手の来日のメドが未だ立っていないこと。その2人が守る予定の一塁と外野のいずれも廣岡は守れる。そして更に外国人の合流後も見据えた視点は、インタビューでのいくつかの言葉で説明がつきそうだ。

1対1で“タイマン”を張れる集団に

「ウチでポジションが空いているとするなら、それはキャッチャーとセカンド」

「(吉川)尚輝は去年、100試合以上使っている。ただ彼は打席を重ねるごとにスケールがどんどん小さくなっていってしまった」

「デンとした野球をやるとしたら北村(拓己内野手)に期待している」

 昨年の日本シリーズでの屈辱的な敗北を踏まえて、原監督が進めようとしているチーム改革は自立した選手集団の形成である。

 自立した選手集団というのは、個々の選手がそれぞれでソフトバンクのパワーピッチャーと1対1で“タイマン”を張れる集団ということだ。

 昨年まではチーム全体で塊となって相手を倒していく野球、監督の采配、用兵でチームの力をまとめて相手にぶつかっていく野球だった。しかしリーグ優勝のためには、そういう野球がベストだったかもしれないが、完全なリーグ間格差が生まれてしまったパ・リーグのチームを破るためには、もっと自立した選手の集団を作る以外に道はない。それが原監督の今季に向けた決断だったということだ。

 そこでセカンドのポジション争いが激化するのだ。

 インタビューで原監督がその二塁のレギュラー候補1番手にいるはずの吉川に投げかけた厳しい言葉には、もちろん期待も含まれている。ただ、期待はするが、信頼はしていない。

 ある意味、いま巨人が開幕に向けてどうしても埋めなければならないピースは、この二塁手というポジションなのだという宣言でもあった。

 そのためにキャンプでは北村を徹底的に鍛えた。そしてそれだけでは満足できずに、昨年もヤクルトで先発、途中出場を含めて15試合に二塁で出場している廣岡に白羽の矢を立てたというわけだ。

「未完の大器」獲得のためには、それなりの交換要員が必要

 廣岡はこのトレード話が始まった巨人との練習試合でも、ヤクルトの「7番・ショート」で先発出場して巨人・先発のドラフト1位右腕・平内龍太投手から豪快な一発を放った。奈良・智弁学園高校では岡本和真内野手の1年後輩で、パワーヒッターとしての素質、野球センスには高い評価がある。ただそれだけの評価を受けながら、ヤクルトではレギュラーを取れずに伸び悩んでいるのも事実だった。

 その未完の大器を獲得するためには、それなりの交換要員を用意しなければならないこともわかっていた。

 そこでヤクルトの投手事情を計算した上で、巨人が用意した選手が田口だったという訳である。

 普通なら同一リーグのライバルに、先発ローテーションを担える力のある投手を出すことは冒険ではある。

「未知の力というのは僕らにとってはありがたい」

 ただ原監督のインタビューの言葉から、田口をヤクルトに出す決断の背景も読み取れる。

「まだ未知の力だから、未知の力というのは僕らにとってはありがたいことなんですから」

 これは高卒プロ入り3年目、巨人の“第7世代”の1人の左腕・横川凱投手の魅力を語った監督の言葉だ。

 同時に昨年まで調子を見ながら先発を任せてきた中堅投手たちには、こんな見方も語っている。

「これまで先発を担ってきた投手というのはある程度、完成形を見せてもらっている訳ですよ。力も分かっている」

 その「力も分かっている」投手の1人が田口だった。

「力が五分と五分だったら新しい力を使いますよ」

 プロ入り2年目に頭角を表し3、4年目には連続2桁勝利も記録している左腕を、決して低く評価している訳ではない。もし投手陣の一員としてチームにいれば、むしろ先発も中継ぎもこなせるユーティリティー投手として重宝する存在にもなるはずだ。

 ただ、その一方で巨人にいれば、今のままではシーズンを通して先発ローテーションを守り切ることは難しいかもしれない。

「力も分かっている」という監督の言葉には、そんな意味が含まれている。

 そしてもう1つ、決定的な言葉がある。

「新しい力というのは未知数であり、魅力なんです。だったら力が五分と五分だったら新しい力を使いますよ」

 それが横川なのか、横川と同じ年の直江大輔投手なのか。それとも故障も癒えて3年目の巻き返しを誓う高橋優貴投手なのか……。

 いずれにしても田口でないことだけは明白だった。

「変な選手だから出した訳じゃない」

 田口がいればいたで、シーズンが始まれば絶対に便利使いしてしまう――それは巨人の将来にとっても、田口本人にとっても決してプラスになることではない。巨人では難しくても、開幕に向けて先発陣の補強が大テーマのヤクルトならば、もっとチャンスがあるし、活躍の場も広がるはずである。

 このトレード話が始まった時点で、両球団のチーム事情を考えれば、決断は当然の帰結だったのかもしれない。

「双方にとっていいトレードになるといのは、(移籍した)双方(の選手)が活躍することである、と。田口には“打倒ジャイアンツ”、我々は戦うときには“打倒田口”ということ。(田口は)変な選手だから出した訳じゃない。そういうのは全くない。ただ、やっぱりお互いにプラスになるということですよ。同じように僕は大きな期待を廣岡にしているということですね」

 開幕まで1カ月を切っての緊急トレードだった。しかし決して場当たりのトレードではない。

 廣岡のポテンシャルの高さ。田口の即戦力としての魅力。見方によってはどちらも損した気分になりかねないトレードだが、だからこそどちらもウイン・ウインの可能性を秘めたいいトレードだったと思う。

文=鷲田康

photograph by Sankei Shinbun