1月22日からTBS系にて放送中の宮藤官九郎脚本ドラマ『俺の家の話』(金曜夜10時〜)が面白い。

 介護・能楽・プロレスと三題噺でもなかなか思いつかぬ3点が軸となり、主人公の視点から見た親の介護、40歳過ぎての人生の進路変更、離婚、息子が学習障害、遺産目当ての後妻業が疑われる若い女が登場……などなど、ネガティブで不穏な要素が満載でありつつ、しっかりとコメディで、毎回不思議なツボで感動させられてしまう。

宮藤官九郎脚本の話題ドラマ『俺の家の話』©︎TBS

 物語の説明は省かせていただくとして、劇中、主演の長瀬智也(以下、出演者の敬称略)演じる観山寿一こと、プロレスラーのブリザード寿(途中から覆面レスラーの「スーパー世阿弥マシン」へと変身)のアクションシーンがすこぶる評判が良い。

 あまりに違和感がないため、プロレスシーンは本職の吹き替えを使っていると思われていたが、これが「吹き替えなし」というから驚いた。人気タレントにケガでもあったら、あまりに痛手。リスクも大きいはずだが、長瀬本人の希望もあり、すべてのプロレスシーンを本人が演じているのだそうだ。

プロレスを指導する勝村周一朗って?

 第1話の劇中、寿一の回想シーンにて、幼少期の寿一をヒザに乗せつつプロレス中継(アントニオ猪木vs.ブルーザー・ブロディ)を眺める父・寿三郎(西田敏行)が口にする「プロレスっていいなぁ、寿一。反則しても、血が流れても、なんか節度があって、品があっていい」というセリフは、単なるスポーツでも格闘技でもなく、そして単なるショーでもない稀有なジャンル「プロレス」に対する最大限の賛辞にすら感じる。

 第1話の放送終了時点で、「長瀬智也は一体、誰にプロレス(の動作)を教わったのか?」と話題になる。

 その師匠とは劇中、長瀬本人との試合シーンもあった覆面レスラー「スーパー多摩自マン」こと勝村周一朗だ。

 高い実績を誇る総合格闘家のイメージが強い勝村だが、複数の格闘技ジムを主宰しつつ、2013年からはプロレスラーとしても活動開始。現在はDDT系列の「ガンバレ☆プロレス」の所属選手としても活躍中だ。

 13年に旗揚げされたガンバレ☆プロレス、通称・ガンプロは数多き国内プロレス団体の中でも「インディ系」と称される団体。勝村が40歳を過ぎた後に、あえてこの団体に所属している理由は「最初はフリーで参戦していたんですけど、何か落ち着くんですよね。ガツガツしていないし。変に強制されることもなく、ここなら自分のやりたいプロレスができる」といったものだった。

長瀬智也とは小学校からの付き合い

 そんな勝村が長瀬にプロレスをレクチャーし、ドラマ本編にまで出演するに至った理由も、このドラマの展開と同様、さまざまな偶然と不意打ちが重なり合った賜物だった。

 2歳違いの勝村(76年生まれ)と長瀬(78年生まれ)は、同じ横浜市青葉区内(※当時は緑区)の公立小学校と公立中学校の先輩後輩にあたる、いわば地元の幼馴染だったのだ。

 子どもの頃から一緒に遊び回っていた仲。よく知られる通り、長瀬は13歳からジャニーズ事務所に入所し、タレントとして活躍。中学卒業後に実家を離れて事務所の寮に入ったものの、休日などには実家に戻り、高校生となった勝村らが結成したサッカーチームに入るなどして交流は続いていた。勝村自身も高校生となり、格闘技界の名伯楽・木口宣昭氏が主宰する木口道場レスリング教室に入門し、レスリングをベースに格闘家としてのキャリアをスタートさせつつ、長瀬の実家が経営する飲食店にてアルバイトをしていた。

「実家は800メートルぐらい離れているんですけど、仲の良い友だちが智也の実家の3軒隣だったりした関係で、学年は違うんですけど、小学校の頃からよく校庭で遊んだりしてましたね。当時の智也は生意気というか、とにかく活発な子でした」(勝村)

「いいところも、ダサいところも知っている周くんに」

 勝村が長瀬から「もしかすると今度、ドラマでプロレスラー役をやるかも知れない」と相談されたのは、世がコロナ禍に揺らぐ直前、2020年正月に催した新年会の場だった。子どもの頃から骨格こそ大きいものの、太りにくい長瀬の体質を知っていた勝村は「じゃあ、とにかく食って食って食いまくれ」とざっくりアドバイスしつつ、やがて横浜・西平沼町にある勝村主宰のジム「リバーサルジム横浜グランドスラム」に長瀬が通い、徹底したマット運動、プロレス特有の受け身などをレクチャーしていた。

 いよいよドラマの話が具体化すると、正式に主演俳優に決定した長瀬から「周くん、頼むよ」と、継続してプロレス指導を頼まれることになる。

「俺のいいところも、ダサいところも全部知っている周くんに、撮影現場にも立ち会ってほしい」と長瀬に頼み込まれた3日後、勝村はTBSに出向いて監督やプロデューサーに挨拶。するとTBS側から、長瀬との個人的関係だけでなく、プロレス監修に全面的に協力すること、そしてプロレスシーンで長瀬の相手役を務めることを依頼される。

 勝村は一流の格闘家ではあるものの、プロレスのキャリアはまだ浅い。突然の依頼に尻込みしつつ、個人では対応しきれないと判断し、その場でガンプロの木曽大介レフェリーに電話を入れ、団体としてドラマ撮影に協力することを願い出た。プロレス業界の中では「弱小団体」とされるガンプロが突然、大きな波に飲み込まれた瞬間でもあった。

劇中で「観山亭」として使用される葛飾区の山本邸(筆者撮影)

 勝村に与えられた役は「さんたまプロレス」所属の「スーパー多摩自マン」なる覆面レスラー。リングネームの由来は福生市にある石川酒造の銘酒「多満自慢」が由来。当初、プロデューサーからは「覆面を脱いだら本職の役者さんが演じるんで安心して来てください」と言われていたはずだが、いざ撮影現場に入ると、マスクを脱いだ後も勝村本人がセリフも含めて演じることになっていた。

 この時点になって、ようやく勝村は「もしかしてオレ、智也にハメられていたのかも……」と気がつく。

玄人にも好評だった長瀬のフォーム

 撮影はまさに手作りの世界。勝村と練習を積んでいた長瀬は、プロレスの所作に高い適性を見せていた。当初は本職による吹き替えが検討されていたものの、長瀬の体格(182cm、80kg)と同じ実寸の本職はなかなか見つからない。仮に身長が同じであっても、大抵のプロレスラーは横幅が大きいため、長瀬の影武者は務まらない。ガンプロ選手たちと丁寧に動作を確認しつつ、技術や細かい所作が提案され、それを長瀬がリング上で本職相手に試しつつ撮影するという作業が積み重ねられた。

 ドロップキックはかなり早い段階で習得。長瀬本人はダイナミックなフランケンシュタイナーを希望していたが、身長からくる適性などからティヘラ(ヘッドシザース・ホイップ)を採用。ミル・マスカラスの必殺技としておなじみ、コーナートップからのフライング・ボディアタックは当初、正面から飛ぶことになっていたが、本番を前に長瀬がコーナーに走り、そのままコーナートップへと飛び乗り、背面からクルリと体勢を入れ替えて飛ぶスタイルを披露したことから、そちらのフォームが採用された。

 それは小学生時代の金曜夜8時からのゴールデンタイム、中学校に入ると土曜夕方4時からのプロレス中継に熱狂していた世代ならではの利点。もともとプロレス特有の所作が脳にインプットされていたからこそ可能だった。ボディアタックは素人がやると、恐怖心から手足が前方に出てしまいがちだが、手足より前に胸と腹を突き出して相手に激突するフォームは、何かとうるさい「黒帯」のプロレスファンたちからも好評だった。

体格を生かしたプロレスシーンを演じる長瀬智也 ©︎BUNGEISHUNJU

堀コタツの動作もガンプロ仕込み!

 また、さんたまプロレスの会長兼レフェリー・堀コタツ役の三宅弘城も、あまりに自然なレフェリングぶりに、本職と見間違えられがちだが、これもガンプロの木曽レフェリーの指導による賜物。宮藤官九郎の台本には技名こそ記されているものの、細かい技の動きの詳細に関しての記述はない。いわば現場に丸投げのため、撮影現場でああでもないこうでもないとアイデアを出し合って試行錯誤するのが恒例なんだとか。

 長瀬演じるスーパー世阿弥マシンが、能の所作を活かして相手のリズムをことごとく破壊しつつ、有利に試合を展開させてしまうシーンは、インディマットでおなじみの、がばいじいちゃんのムーブが元ネタであり、また相手の足首を固めつつ、スネにかじりついてしまう「親不孝固め」はガンプロ所属・翔太の考案だった。

「智也にプロレスはできない。100%無理」

 さんたまプロレスの幹部役としてレギュラー出演する長州力をはじめ、ドラマには武藤敬司や蝶野正洋ら業界のレジェンド勢もゲスト出演。特に武藤は早くも長瀬の才能に惚れ込み、撮影現場でも熱心にスカウトしていたそうだ。実際、四方から観客に「見られる」商売であるプロレスラーは想像以上に「リーチの長さ」が武器となり、また重要視される。天性の「華」とリーチを持つ長瀬は武藤でなくとも欲しい逸材であることは間違いない。

ゲスト出演する武藤敬司も長瀬の才能に惚れてラブコールを送っていたとか ©Toshiya Kondo

 だが小学生時代から長瀬を知る勝村は「智也にプロレスはできない。100%無理」とはっきりと断言。フィジカル面の適性が高いことは認めつつ、長瀬のメンタル的な“弱点”をその理由に挙げている。
 
「智也は典型的な『人を殴れない性格』なんです。優しすぎる。思えば子どもの頃から喧嘩ができないタイプだった。格闘技でもプロレスでも、いざ『やらなきゃ、自分がやられちまう』ってスイッチが入ったら、躊躇なく人を殴れるタイプでないとこの仕事は務まらない。プロレスの練習をしてても、こっちがミットを持っていると、普通に凄く綺麗なフォームでパンチやキックを打てるのに、いざミットを外して生身で相手すると、もう遠慮しちゃう。これはもう先天的な性格でしょうね」

 勝村自身、相手の攻撃を避けつつ、最短で相手を制圧することこそがミッションとなる総合格闘技の世界から、プロレスに参入することで、「相手の技を受ける」「間の取り方」といった、プロレスならではのギアチェンジの難しさを体験してきただけに、実感がこもった分析だ。

「智也本人も分かっていることですが、あれは段取りを決めて、カットも編集もあり、途中で水を飲んだり、休んだりもできる『演技』としての撮影だから、プロレスの動作ができるだけなんです。ほんの数カ月の練習だけで、実際のプロレスのリングに上がることなんて無理ですよ(笑)」

棚橋弘至の「面白かった」に救われる

 勝村はプロレス監修を正式に引き受ける段階で、プロレスファンから「アイドルにプロレスごっこをやらせるとは何事か?」と批判を浴びることも警戒していた。ナーバスになるあまり、ネットなどでドラマの感想を見ることも断つと誓いつつ、木曽レフェリーともども、「会社(ガンプロ及び、DDTグループ)に迷惑がかかるようなら、辞める覚悟」で撮影に挑んでいたとか。

 ところが第1回の放送終了後、日本プロレス界のトップ選手である棚橋弘至(新日本プロレス)がTwitterにて「面白かった」と発言してくれたことで、さまざまなネガティブな思いから救われることになった。

プロレスシーン撮影後に仰天発言も!

 勝村が断言する通り、“プロレスの素人”長瀬智也がプロレスラーとしてリングに立つ姿は、ドラマの劇中だけで終わることだろう。だが、プロレスシーン撮影後に、すっかりそちら方面のスイッチが入った模様の長瀬が「プロレス気持ちいい。ドラマの後も、またプロレスやりたくなっちゃったら、どうしよう?」なんて口走っていたとの証言もあるので、ドラマの展開同様、今後も目が離せない。

 一方、“演技の素人”勝村が演じた覆面戦士・スーパー多摩自マンは、3月にドラマ終了後、人気ドラマの「遺産」として、いずれ実際のリングで見ることができるかも知れない。

「ガンプロにスーパー多摩自マンが出たら面白いですけどね。うちの団体(ガンプロ)は人使いが荒いんで、素顔と覆面で2試合やらされて、ギャラは一緒で……とか言われそう(笑)」

勝村演じる覆面戦士・スーパー多摩自マンにも注目! ©︎TBS

文=高木圭介

photograph by TBS