「マーチマッドネスに私も出るんですよね。夢みたいです」

 3月21日(現地時間)から開幕するNCAAトーナメントでプレーできることの感想を聞かれて、今野紀花は満面の笑みを浮かべながらこう返答した。

 3月7日のACC(アトランティック・コースト・カンファレンス)トーナメント決勝、ルイビル大は残り2秒に決勝点を奪われ、ノースカロライナ・ステイト大に56対58で惜敗。しかし、大黒柱のダナ・エバンスが決まれば逆転ブザービーターというシュートを放った大事な最後の局面でも、20分の出場時間を得ていた今野はコート上にいた。勝てばNCAAトーナメントに自動的に出場権が得られるビッグゲーム。終盤の緊迫した場面で今野が起用されるというのは、ルイビル大に入学してからほとんどなかった。

 起用の伏線はあった。72対59で勝利した準決勝のシラキュース大戦で、今野は11分間の出場で2本の3Pシュートを決めるなど10点を記録。ジェフ・ウォルツコーチは試合後、今野が試合に大きな違いをもたらす活躍をしたと称賛した。

「紀花は攻防両面で素晴らしい時間を作ってくれたし、すごく誇りに思う。彼女は本当に一生懸命にやっていたから、すごくいい気分だ。昨シーズンからオフにかけてひざの問題を抱えていたけど、彼女はそのことにしっかり向き合っていた。トレーナーも素晴らしい仕事をして彼女をコートに戻してくれた」

 ACCトーナメント決勝に敗れた後も、ウォルツコーチが「今日もいいプレーをしていたと思う」と語ったことは、今野がNCAAトーナメントでも活躍することへの期待を膨らませてくれた。しかし、ここまでの道のりは非常に険しいものだった。

 宮城県仙台市にある聖和学園高時代にNCAAの強豪ルイビル大からリクルートされた今野は、アスリートとして奨学金をもらえるスカラシップ選手として、2019年8月にアメリカへと旅立った。当時AP通信ランキング1位だったオレゴン大に勝った試合では、昨年WNBAドラフトNo.1でニューヨーク・リバティから指名されたサブリナ・ユネスクからチャージングを奪うなど、控えながらも即戦力として出場時間を得ていた。

 しかし、渡米する前から抱えていたひざの痛みが時の経過とともに悪化していた今野は、昨年2月2日に行われたアメリカ代表とのエキシビジョンが、昨シーズン出場した最後の試合になってしまう。新型コロナウィルス感染拡大でNCAAがシーズン途中でキャンセルとなる少し前の3月上旬、ひざの手術を受けた。

 その後、ルイビル大のキャンパスが封鎖され、寮に住めなくなったために今野は一時帰国。故郷の仙台市内にあるリハビリセンターで、チームのトレーニング・スタッフが作成したメニューをこなす日々を過ごした。

 6月にルイビルへ戻ったが、手術したひざの痛みはなかなか消えない。チームメイトたちがピックアップゲームで競い合う中、今野は「自分もプレーしたい」という強い気持ちを抑えながら、ボールハンドリングや筋力の強化、食事の改善といったことに取り組んだ。その努力が実り、11月のシーズン開幕には何とか間に合ったのである。

ACCトーナメント準決勝のシラキュース大戦は11分間のプレータイムで10得点(FG成功率80%、3P成功率60%)と活躍 ©AP/AFLO

 12月以降はひざの痛みがない状態でプレーできるようになったが、今度はメンタル面で辛い事態に直面した。学業などオフコートのことでストレスが溜まり、ホームシックも重なってネガティブな精神状態になってしまったのだ。2年生のシーズン中盤ということでは、ジョージ・ワシントン大でプレーしていた渡邊雄太(現トロント・ラプターズ)も、今野と同じような状況に陥っていたのを思い出す。渡邊は父親の「何のためにアメリカに来たんだ」という言葉をきっかけに苦難を乗り越え、4年生時にエースとなり、NBAへの道を切り開いていった。

 今野の場合は、ウォルツコーチやスタッフのサポートを受けながら「バスケットボールをやるためにルイビルへ来たんだ」という思いを再確認することで、苦難を乗り越えようと決意した。特に今季から女子バスケットボールチームのアスレティック・トレーナーとなった齋藤慶和(よしとも)の存在は、リハビリの面だけではなく、同じ言葉を話せるということで心の支えになった。今野にとって、齋藤は頼れる兄貴のような人である。

「自分が日本人だから特別扱いしてくれるわけではありませんけど、もちろんすごく気にかけてくれるんです。齋藤さんは全員に対して平等に接する方。自分がメンタル的に苦しかった時に、日本語でバーって(思っていることを)言いたくなることがある。齋藤さんのところへ行って泣いたこともあったし、そういった面ではすごく心の支えになりました。

 ドクターとアポイントメントがあるとき、何を言っているかを理解してもらえるかがすごく大事じゃないですか。そこでしっかり説明を聞くことができたのは齋藤さんのおかげでもあるので、ケガしたときに心強いのもあるし、メンタル的にきつい時も支えてくれました。結構ラフに付き合える、なんでも言える人です」

 精神的な落ち込みから回復しきれない中で迎えた今年2月4日のボストン・カレッジ戦、今野は21分の出場時間を得て、2本の3Pシュートを含む10点を記録。辛い中でもプレーでタフネスを出せると実感できたことは、自信を取り戻すきっかけになった。

 今季のルイビル大は今野を含めてガード陣の層が非常に厚いチームだ。その後、出場時間が1ケタという試合もあったが、毎回強い気持ちで練習に臨まなければ、激しい競争の中から出場機会を得ることはできない。そのことにイライラする時期もあったが、メンタルの状態が良くなったシーズン中盤以降、“みんなが努力するから自分もうまくなりたい”と思うようになっていく。

U19ワールドカップ2019ではカナダ代表として今野ら日本代表と対戦したこともある、1年生のメリッサ・ラッセルと © University of Louisville Athletics

「プレータイムがなかった時は悔しかったし、もっとプレーしたいと思ったんですけど、一緒にプレーしている人たちが努力しているのも知っていたし、自分の努力も少し足りないと思ったところもありました。とにかく毎日毎日コーチが認めてくれるまで、とりあえずネガティブなことは考えないようにして、信頼を得てしっかりプレーでアピールして、使ってもらえるように練習するしかない。

 ヘイリー(・バン・リス/1年生のガード)とかは1日2〜3時間一人で練習している時もあったし、そういうのを見たらプレータイムをもらえないからとただ見ているだけじゃ、どうやっても上に上がっていけないと思いました。ガード陣の競争はもちろんすごかったけど、自分をもっと向上させてくれるようなすごい選手の中で練習できているという実感があるので、今はすごく楽しいというのが自分の中にあります。

 今は“Stay ready”(準備万全な状態を保つ)というのをすごく意識していて、もしプレータイムがあまりもらえなかった試合でも、『自分が出たらこうしなければいけない』とか、『最後まで集中できたら自分の仕事ができたな』というふうに試合を終えることができます。試合に出られたら必ず“Good minutes”、いい時間をチームに与えることだけを考えてやっているので、去年よりはメンタリティがかなり成長したなと思います」

 出場時間が短くなっていても、ウォルツコーチは今野をローテーション外の選手にするつもりなどまったくなかったという。「君が思っている以上に、私は君のことを信じている」という言葉を何度も使うことで、出場したときにもっとアグレッシブにプレーする必要性を理解させようとしたのである。積極的にシュートを打って、もっと頑張ろうという気持ちが今野に生まれたことは、ACCトーナメントでの活躍につながったと言っていいだろう。

「スカウティングレポートをしっかり頭に入れていればやることはわかってくるし、仕事するだけなので緊張しないし、熱を持って試合に行ける。やはり自信を持ってプレーしている時が一番いいパフォーマンスができるなと思ったので、そういった意味ではシラキュースとの試合も本当に勝ちたかったし、戦争に行くような強い気持ちでアメリカ国歌を聴いていました。自信を持つというのが大事なんだなと再認識しました」

 シラキュース大戦の第3クォーター残り1分、今野が右コーナーから3Pを決めた直後、ウォルツコーチは気合十分のガッツポーズを見せる。第4クォーター残り9分に左ウイングからのドライブでフィニッシュすると、解説者が“WOW!”と驚嘆の声を上げていた。このドライブは、今野が本物の自信を手にしたと確信できるプレーだった。

「今までああいうドライブをアメリカでできたことがなかったので、その時は勝ちたいとか、貢献したいとか、みんなの強い気持に押されていたのもあるし、自信を持ってプレーしていたのもある。あれは本当に決めることができてよかったです」

コートを離れれば、まだあどけなさすら残る20歳だが、将来の日本代表を担うであろう才能には注目が集まっている ©Takashi Aoki

 3月15日の夜、今季23勝3敗のルイビル大は、好成績を残しているチームが対象となるアット・ラージという選考委員会の推薦で、NCAAトーナメント出場が決まった。各地でトーナメントが行われる例年と違い、テキサス州サンアントニオでの集中開催になる今回はアラモ・リージョン(*)の第2シードとなり、1回戦で第15シードのマリスト大と22日に対戦する。

 ルイビル大への留学を決意してから2年半、今野はついにマーチマッドネスの舞台に立つ。“CONFIDENCE(自信)”と書き込んだシューズを履いて、ファイナルフォーを目指す戦いに挑む。

(*地区を意味するリージョンについては、サンアントニオと関連しているアラモ、へミスフェア、メルカド、リバー・ウォークという名称を使用。各リージョンを勝ち上がった4チームがアラモドームで行われるファイナルフォーに進出する)

文=青木崇

photograph by University of Louisville Athletics