ドバイ選手権、準々決勝。錦織圭は初対戦だったロイド・ハリス(南アフリカ)に1−6、6−3、3−6で競り負けた。相手は世界ランキング81位の予選勝ち上がり。こう紹介すると「実力が下の相手に負けたのか」と思われるかもしれないが、待ってほしい。24歳のハリスは前週にドーハでスタン・ワウリンカ(スイス)を破り、ドバイの2回戦でもドミニク・ティーム(オーストリア)にストレート勝ち。ティームが本調子ではなかったとはいえ、グランドスラム王者の連破は急激に力を伸ばしている証拠だ。

 さらに、ドバイのハードコートは球足が速く、時速210キロを超えるハリスのサーブは威力を増した。錦織戦のサービスエースは14回。試合後、錦織は「背が高く、サーブがいいし、よく動く。こういう速いサーフェスだと非常に危険な選手になれる。彼がいずれトップ20、トップ10に入るのは間違いない。ランキングよりもたぶん(今の)実力は上」と実感を込めた。

ティームなどグランドスラム王者を連破して勢いが増しているロンド・ハリス ©Getty Images

 もちろん、錦織にもいくつか反省点はあった。

いきなり乱調……5ゲームを連続で失う

 まずは第1セット。いきなり乱調から始まった。第2ゲームのサービスゲームでフォアハンドのショットがベースラインを大きく越え、3回戦までで2回しか出ていなかったダブルフォルトも飛び出すと、最後はハリス得意のフォアの強打で崩されてブレークされた。その後はラケットを交換するがショットの感覚は戻らず、5ゲームを続けて落とした。

 第2セットは別人のように立ち直って奪い返したが、最終セットも悔やむポイントがあった。第1ゲームのブレークチャンスでバックハンドをミス。第7ゲームで再び訪れたブレークチャンスは、ハリスの高速サーブでしのがれた。テニスにミスはつきもの。その意味ではショットの失敗が出るのはある程度は仕方ない。筆者はサーブでしのがれた場面が気になった。少し詳しく記述したい。

 錦織は30−0から得意のリターンと驚異的なショットで巻き返すと、重圧が掛かった相手がダブルフォルト。30−40のチャンスが訪れた。ここを取ればゲームカウント4−3とリードし、勝利がぐっと近づく。ハリスの第1サーブはコートの外に逃げていくようなワイドサーブ。錦織はベースラインから大きく下がって構えたが、時速212キロの高速サーブに反応が遅れ、バックハンド側に目いっぱい伸ばしたラケットで触れるのがやっと。リターンは返らなかった。

 相手が打つ瞬間、錦織はセンターにもワイドにも対応できるようなステップを踏んでいた。だが、この時までに相手サーブの精度の高さは身に染みて分かっていたはず。どちらかのコースに狙いを絞ってもよかった。それが結果的に外れるのは仕方ないが、トライできなかった。

 直後の第8ゲームは攻撃的なショットに押されて背水となり、最後はフォアのミスでブレークされた。

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 敗因は立ち上がりの不調と、勝負どころで積極的なプレーができなかったことに要約できる。

 前者について、錦織は「原因は全く分からない。練習が良かったので、ウォームアップの時点では。(ショットの際に)体が開いてたのか、ちょっとその辺は分からない」と言った。試合の直前まで何の問題もなかったのに、本番で突然ショットの感覚が乱れたのだ。昨年9月に復帰後、3日間連続でシングルスの試合をするのは初めてとはいえ、体力面の問題でなかったことは第2セットからのプレーを見れば分かる。本人もスタミナについては「意外と大丈夫でした」と語っている。

「完全復活」に何が足りなかったのか?

 では、精神面の疲労はどうか。その答えのヒントは、3回戦後のコメントにあった。世界59位のアリャジ・ベデネ(スロベニア)にストレート勝ちした試合。錦織は第1サーブがさえ渡り、第1セットのサービスゲームで与えたのはたった1ポイント。好調時のビッグサーバーのような数字だった。第2セットは少し苦しい場面が増えたが、要所で第1サーブの精度が助けになった。試合後に「完全復活したと言える状態になるために足りないものをまだ感じるか」と尋ねると、次のような答えが返ってきた。

「いや、今のレベルで十分戦えると思う。トップ10の選手でもたぶん戦える。今日は昨日(の2回戦)に比べたら3割減くらい、ストロークの伸びが足りなかったり、ちょっとディフェンシブになったり。毎試合メンタル面も変わるので、ロボットじゃないので、頭との戦いだったりもあるんですけど……」

 1回戦から中1日あった2回戦と比べ、連戦となった3回戦は精神的な疲労が抜けず、ショットの感覚に悪影響を与えていた。必要なショットを瞬時に計算し、技術と体力を駆使しながら実行に移す。考えて、走り、打つのがテニス。3回戦の時点で、錦織は「考える」部分で力を出し切れていないのを自覚していた。3連戦となった準々決勝は精神的な疲労がさらにたまり、思考を鈍らせていたと仮定すると、先ほど挙げた2つの敗因も納得できる。第1セットは集中力が上がらず、最終セットのブレークチャンスでは相手のサーブを読んでヤマを張る果敢な選択ができなかったのではないか。

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 ショットの感覚や体力面は100%の状態に近づいているものの、いわば「精神的なタフさ」を取り戻すにはもう少し時間がかかるのかもしれない。2回戦から準々決勝までの3連戦は午後7時以降に行われた。「回復が遅れたり、次の日の調整が難しかったりする」という理由から「そんなに好きではない」という夜の試合が続いたことも、うまくリフレッシュできなかった要因になり得る。

錦織らしさは着実に戻ってきている

 2019年4月のバルセロナ・オープン以来となるツアー4強入りには届かなかったものの、2回戦で世界13位のダビド・ゴファン(ベルギー)を相手にストローク戦で上回るなど、錦織らしさは着実に戻ってきている。2週間前のロッテルダムで「本当に突然」ショットの感覚を取り戻したのと同様、今回も収穫は多かった。錦織は前向きな言葉で大会を総括した。

「だいぶ自信はついてきた。コートに入る時に、あんまり心配はなくなった。この3週間で吹っ切れて(心配が)なくなった。今週はプレーも上がってきていたので、もうちょっといけたら良かったですけど、この敗戦も経験として反省したいなと思います」

「(復活に向けて)正しい道を歩んでいる」

 錦織が1大会で4戦もするのは久々で、2019年7月のウィンブルドン選手権以来だった。あの時は、準々決勝でロジャー・フェデラー(スイス)と激突。錦織はセットを先取したものの、その後は「芝の王者」に押し返された。試合後の記者会見で「光が見えなかった」と悔しそうに言ったのを、よく覚えている。

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 その年の全米オープンを3回戦敗退で終えた後、右肘の手術を受けて残りのシーズンを休養した。昨年は新型コロナウイルスの影響によるツアー中断などもあり、復帰は9月までずれ込んだ。しかし、秋開催の全仏オープンで右肩を痛め、再び休養。気づけば彼も、もう31歳になった。フェデラーと対戦した際に7位だった世界ランキングは一時、45位まで落ちた。

 そこから這い上がり、今は再びトップ10に戻るために前進を続けている。その足取りは軽やかだ。

「(復活に向けて)正しい道を歩んでいる。リフレッシュして、マイアミに向けて準備したい」

 次は本拠地を置く米フロリダ州で行われるマイアミ・オープン。コツコツと実戦を重ね、勝利を重ねていくことが、完全復活への何よりの近道となる。

文=長谷部良太

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