スターダムのワンダー・オブ・スターダム王座を保持する中野たむは、この通称“白いベルト”を「呪いのベルト」と表現している。

 赤いベルト=ワールド・オブ・スターダム王座が最高峰の実力の証なら、白いベルトは選手同士のストーリー、それぞれの思い入れ重視。「お前にだけは負けたくない」、「許さない、ぶっ潰す」というドロドロとした感情をぶつけ合うものだというのがたむの定義だ。

なつぽい(右)と中野たむ ©Norihiro Hashimoto

 たむ自身、このベルトを巡ってジュリアと激しい抗争を展開。ついには3月3日の日本武道館大会で敗者髪切りマッチを行なうことになった。そしてこの試合で勝ち、たむは白いベルトを巻く。

 初防衛戦は4月4日の横浜武道館大会。挑戦者はハイスピード王座を持つなつぽいだ。昨年秋、リングネームを万喜なつみから変えてスターダムに参戦してきたなつぽいは、たむと元同門だった。

 “女優によるプロレス団体”を標榜するアクトレスガールズの旗揚げ戦で万喜なつみがデビューしたのは2015年5月のこと。子供時代から芸能界で活動し、バトントワリングで全国大会に出場した経歴も活きた。誰が見ても華のあるレスラーだったと言っていい。

 たむがアクトレスガールズに入ったのはその1年後。彼女も芸能界からのプロレス挑戦だ。ノンフィクション番組にも取り上げられたグループ「カタモミ女子」のリーダーを務めていた。

アイドルとして成功できなかったたむ

 お互いを「なっちゃん」、「たむちゃん」と呼び、タッグも組んだ2人。しかしほどなく道が分かれる。2017年、たむは大仁田厚のイベントに出場すると電流爆破デスマッチを経験。さらにアクトレスガールズを離れ、スターダムへ。

タッグを組んでいた ©Norihiro Hashimoto

「アクトレスガールズの初期は私と(安納)サオリが2トップと呼ばれていて。いま思えばそれに守られている部分もあったと思います。たむちゃんはそのことを意識していたのかもしれないです。昔から頭がいいし真面目だし、凄い“仕事脳”だったので」(なつぽい)

 アイドルとして成功できなかったたむはプロレスに懸けていた。だがそこには抜群の輝きを放つ“2トップ”がいた。では自分には何ができるのか。たむは違う道で勝負することを選んだ。スターダムではユニットを移り変わり、何度も手痛い敗北を喫しながら自分だけのポジションを確立する。

 “宇宙一かわいい”をキャッチフレーズにアイドルとしての存在感を発揮しつつ、誰よりも泥臭い。感情むき出しの試合ぶりはジュリアとの闘いでさらに際立った。ついには武道館のメインだ。武道館という舞台に上がることは「アイドル時代にあきらめた夢の一つ」だった。それがプロレスラーになって叶った。

「女優になりたいのになんでプロレスなんか」

 同じ日本武道館大会で、なつぽいは参戦当初から目標にしていたハイスピード王座を獲得した。その日のメイン、選手として負けているつもりなどまったくなかった「たむちゃん」が白いベルトを巻いてメインを締めた。なつぽいはもともと白いベルトを狙っていたが、これで「ただベルトがほしいというだけのことではなくなった」と言う。

なつぽい

 なつぽいにしても、単なる“アイドルレスラー”ではなかった。プロレスに向ける熱意は誰もが認めるところ。アクトレスガールズ自体がナメられがちだったから、余計に努力するしかなかった。

 団体初期、芸能界からプロレスに挑戦することへの抵抗、偏見は今以上に強かった。「二足のわらじで何ができる」、「二兎を追うものは一兎をも得ず」、アクトレスガールズの選手を「アイドル崩れ」と揶揄する他団体のレスラーもいた。女優の世界でも「女優になりたいのになんでプロレスなんかやってんの」と言われた。

「だから他団体に上がらせてもらう時は“試合で分かってもらうしかない”っていうのがアクトレスの選手全員の思いでした。選手としてはもちろんまだまだ。技術も足りないし勝てるかどうかも分からない。でも最後まで気持ちだけは折れずに向かっていく。そういう試合をしようって。1試合ずつ、1人ずつ分かってもらう感じです、もうしらみつぶしじゃないですけど」

「プロレスをやってないと精神的に不安定になるくらい」

 実はなつぽいには“女子プロ保守本流”の血も流れている。アクトレスガールズでは堀田祐美子の指導を受けた。出稽古に行ったのは井上京子率いるディアナ。伊藤薫にプロレスの基礎から教わったという。この3人は現在に至る女子プロレスの流れ、文化を作った全日本女子プロレス出身だ。

 東京女子プロレスにレギュラー参戦していた時期、なつぽいの“ザ・女子プロレス”な闘いはひときわ目立った。東京女子はDDTグループであり試合も独自路線。技術的にはアメリカンプロレスにつながる男子インディーの流れが色濃いと言われる。そんな中でなつぽい、当時の万喜なつみが言っていたのは「私は“日本の女子プロレス”を大事にした試合をしていきたい」ということだった。

「昔の女子プロレスを経験した人たちはやっぱり凄いなと思います。人生すべてをプロレスに注ぎ込んで。伊藤さん、堀田さんから教わったのは、とにかく気持ちで闘え、心のプロレスをしろと」

 2018年にアクトレスガールズを退団し、翌年から東京女子を主戦場に。常にテーマは芸能活動とプロレスの両立だった。だがレスラーとしてキャリアを重ねるにつれ、プロレスへの思いが強くなっていった。

「自分の中でプロレスがどれだけ大きいものか、芸能活動でプロレスから離れた時に凄く感じるんですよ。プロレスをやってないと精神的に不安定になるくらい。ましてプロレスができる時間は限られている。今は自分の人生をすべてプロレスのために費やしたいなって」

 そんな思いからスターダムに移り、リングネームも変えた。業界最大の女子団体は試合数も多く肉体的にはハードだが、それこそ彼女が求めたものだった。

白いベルトに挑戦する理由は2つ

「スターダムは全員が主役を狙ってるし、全員が主役になれる力がある団体ですね。今のポジションに満足してる選手なんていないから、試合をしてもみんなあきらめない。アベンジャーズみたいな団体だなって」

 その頂点の一つである白いベルトに挑むにあたって、なつぽいは個人的な感情を前面に押し出した。白いベルトに挑戦する理由は2つあるとし、1つは語らなかったがもう1つはチャンピオンがたむだからだと明かした。調印式では過去に2人で撮った写真を引き裂き、泣きながら“決別”をアピールしている。

©Norihiro Hashimoto

「たむちゃん、他人に興味ないんでしょ。いつも自分のことばっかり。そうやってほしいものを手に入れてきたんだもんね。私にはそれができなかった」

 たむは答えた。

「ほしいものは自分の力で手に入れる。何が何でもなりたい自分になる。それがプロレスラーでしょ。私はチャンピオンとして、あなたのずっと先を行くから」

「アクトレスをやめた時、裏切り者としか思えなくて」

 “呪いのベルト”のチャンピオンとして、挑戦者のなつぽいが感情をさらけ出してくるのは大歓迎だった。「もっとドロドロした感情を持っているはず」とも語っていた。

「なつぽいはメチャ八方美人なんですよ。すっごい猫かぶってる。これはずっと根に持ってるエピソードなんですけど、私がアクトレスを退団するっていう連絡を入れた時に、なっちゃんは“たむちゃんの決めたことなら応援するよ、頑張ってね”って優しい言葉をかけてくれて。でもその後に雑誌では“中野たむとは2度と会うことはありません、許せない”みたいなことを言っていて。

 ああ、本当はそう思ってたんだ、ドロドロした嫌な気持ちを隠して私と接してたんだなって。そういうのを今回、やっとぶつけてくれるようになったんですよね。2度と会わないって言ってたのに向こうから来てくれた」

中野たむ(左)となつぽい ©STARDOM

 アクトレスガールズを離れてからの4年で、立場を逆転させた自信もあった。それはなつぽいも感じていたことだ。調印式で「自分のことばかり」とたむを非難したが、それが強さなのだということも知っていた。

「たむちゃんは貪欲だし、自分のことを客観的に見れる人なんです。話題を作ることにも貪欲。その差がいま出てるんだと思います。前は、そんなたむちゃんの考え方が理解できなかった。子供でしたね。アクトレスをやめた時も、裏切り者としか思えなくて。今ならたむちゃんがどうしてアクトレスを抜けて、何を考えてスターダムで闘ってきたか分かる気がします」

たむを殴り続けるうち、なつぽいは泣き顔に

 試合はやはり、ドロドロしたものになった。バックスピンキックやダイビング・ボディアタックなど華のある技を使いながらも随所に“この野郎”という気持ちが出る。蹴りは的確に顔面を狙い、張り手を叩き込む。なつぽいがペットボトルの水を顔にぶちまけて精神的にいたぶる場面もあった。同じことをたむもやり返した。

©STARDOM

 勝負どころで、なつぽいは何度も何度もたむの顔を張った。おそらくそれが、最も気持ちを込めることのできる攻撃だったのだ。たむはひたすら受ける。殴り続けるうちに、なつぽいは泣き顔になっていた。挑戦者の感情が沸点に達したところで反撃に転じたたむが、必殺技トワイライト・ドリーム(変形ジャーマンスープレックス)で初防衛を決めた。

©STARDOM

「やっぱりプロレスラーはリングの上でしか生きられない生き物だなって。私はふだんコミュ障で自分の気持ちがうまく伝えられない。でもリングの上ではありのまま生きられるんです」

 なつぽいの“呪い”も感じた。実力に関して言えば、認めていないわけがなかった。

「凄い呪ってきたでしょ(笑)。試合だけじゃなく会見から。夢に出ましたよ。そういう怨念というか情念、本当の執念をぶつけてきてくれたのが嬉しかった。

 なっちゃんはアクトレスの頃からずっと越えられない壁でした。強くて速くてなんでもできて。凄いなって思います。だから私はアクトレスを抜けて、自分の力で這い上がろうとしてきた。だからここまでこれたのはなっちゃんのおかげでもあります」

「たむのこと、まだ嫌い?」「大っ嫌い」

 たむは対戦相手に向かって3つの呼び方を使った。現在形の挑戦者としては「なつぽい」、過去の関係性を強調する時は「なっちゃん」。だが夢中になって「なつみ!」と叫んでいる時もあった。「素になると出ちゃいますね」とたむ。そうした単純ではない思いも“呪い”という言葉には含まれているのだろう。

 敗れたなつぽいは、インタビュースペースで「スッキリしました」と笑顔を見せた。

「たむにも言われたみたいに、私は昔からいつも笑顔で、元気でいなきゃいけないって思ってました。でも負けず嫌いが噴火しそうになる時もある。全部さらけ出せるたむちゃんがカッコいいと思ってました。ある意味、たむのおかげで自分の裏も表も出せるようになりました」

©Norihiro Hashimoto

 試合後のリング上、たむはなつぽいに「たむのこと、まだ嫌い?」と聞いた。答えは「大っ嫌い」だった。

「たむちゃんのせいで、私が性格悪いのバレちゃったじゃん」

ヒザのサポーターに描かれていたイカリのマーク

 その“ハイスピード”でまた追い越しに来てほしい。たむからのエールに、なつぽいは握手やハグではなくベルトに触ることで応えた。たむに勝つことは、さらに大きな目標となった。白いベルトを巻くという夢は、以前から変わらず大きい。

「たむにも白いベルトにも挑戦し続けます。これが終わりじゃなく始まりだと思って。大好きな人にちなんで、絶対あきらめない精神でスターダムを駆け上がっていきます」

 そう言って、取材陣にヒザのサポーターを見せる。描かれていたのはイカリのマーク。この日、なつぽいが着ていたのはカイリ・セイン(WWE)から譲り受けたコスチュームだった。

白いベルトがほしいもう1つの理由

 彼女が新人だった頃、アクトレスガールズはスターダムと提携関係にあった。憧れたのは、後にWWEでも人気を博す宝城カイリ。右も左も分からないなつぽいの指針だった。タッグを組んだり、指導を受けたこともある。調印式では「長くなるから」とあえて語らなかった白いベルトがほしい理由の1つ。それがカイリの存在だった。

「プロレスを始めて、最初はベルトの意味もよく分かってなかったんです。なんでみんなベルトがほしいんだろうって。そんな時に初めてほしいと思ったのが白いベルトでした。私にとって白いベルトはカイリさんのベルト。カイリさんは何回も挑戦したんだけど勝てなくて、それでもあきらめなかった。その姿に心を打たれたし、カイリさんがベルトを巻いた瞬間にプロレスをやる意味、ベルトの意味を感じたんです。カイリさんにはいつも心を動かされます。私もあんな選手になりたい。カイリさんからもらったものを、私も人に与えられるようになりたい。だから白いベルトがほしいんです」

 カイリが渡米する際、スターダムで着用していたコスチュームの1つをもらった。「なんで私なんかに」と思ったが、ここ一番という試合で大事に使ってきた。今回はまた別のコスチューム。カイリがWWEで使ったものだ。なつぽいにとっては初披露。白いベルト初挑戦ほど、それにふさわしい舞台はない。

 試合後、カイリはツイッターでなつぽいにメッセージを送っている。白いベルトは「諦めない気持ち」の結晶だとカイリは記した。

 カイリもたむもそうしてきたように、なつぽいもまたあきらめずに白いベルトに挑む。そしていつかその腰に巻いた時、ベルトには“呪い”とは違うなつぽいならではの意味が生まれているだろう。

©STARDOM

文=橋本宗洋

photograph by Masashi Hara