東京六大学の各校が、関東の社会人野球チームの胸を借りる「社会人・東京六大学対抗戦」は、毎年この時期、週末の3日間を使って、神宮球場で行われる。

 大学生が社会人の胸を借りる……と言っても、そこは「東京六大学」である。社会人野球の先輩たちを手こずらせたり、時には圧倒してしまうこともあるから、社会人側も油断できない。「真剣勝負」の3日間となる。

 初日の第2試合、東京大学が東芝(川崎市)と対戦した。

 少なからず心配していた。一昨年の都市対抗野球ではベスト4に進出。準決勝を闘ったレギュラーが、この日のスタメンに6人も7人もその名を連ねて、東大の秀才たちに襲いかかる……そんな場面を想像していたのだが、数時間後に「それは失礼なことだった」とお詫びすることになる。

「いつもの東大…ではない」

 試合前の練習。キャッチボールを見て、「いつもの東大だな」と思った。

 それがその直後、シートノックが始まって、とんでもない思い違いだとわかった。

 内野手がエラーをしない。捕球→送球の連続動作の中で、ストライクスローが繰り返される。

 併殺プレーになっても、ボールのつなぎに乱れが出ない。ノックの打球を丁寧に扱ってはいるが、決して慎重過ぎるわけじゃない。遊撃手からの「球出し」など、大胆でスピーディーなフットワークと体の回転を使っている。

 選手たちが、イメージ通りの動きを体現できている……つまり、上手いんだ。それでいて、上手いふりをするような嫌らしい動きやしぐさがない。

 きっと、繰り返し、繰り返し、練習して身につけたのだろう。それを素直に想像できるピュアでシンプルなフィールディングだ。

内野手で昨季のレギュラーは1人だけ

 一塁手・井上慶秀(4年・県立長野・175cm92kg・右投右打)
 二塁手・水越健太(4年・明和・175cm78kg・右投右打)
 三塁手・大音周平(4年・湘南・173cm80kg・右投右打)
 遊撃手・中井徹哉(3年・土浦一・173cm66kg・右投左打)

 今日のスターティングメンバーを並べただけでも、昨季のレギュラーは大音選手だけ。ベンチ入りはしていても、実戦経験は浅い選手ばかりで、中井遊撃手は「外野手登録」だった。

 昨秋のシーズンを終えてから5カ月間、いくつもの制約がある中できっと各自が「よい練習」を繰り返してきたのだろう。東大出身、元中日ドラゴンズの井手峻(いで・たかし)監督の指導なのか、選手たちの心がけなのか。

「正しい練習」は決してウソをつかない。

“頭脳的な”外野手3人

 外野ノックになっても、印象は変わらない。

 左翼手・安田拓光(4年・175cm75kg・右投左打・三鷹中等教育学校)
 中堅手・宮崎 湧(3年・171cm72kg・右投左打・開成)
 右翼手・阿久津怜生(3年・171cm73kg・右投左打・宇都宮)

 カットマンを突き抜けるような返球のできる「強肩」はいない。

 そのことを「よい方」に認識しているのではないか。距離が出ない代わりに、それぞれの外野手がワンバウンド返球の「落としどころ」を心得ていて、返球を受けた野手がタッチプレーをしやすい「バックサード」、「バックホーム」を繰り返す。

 理知的なフィールディング。

 強肩をひけらかすような力任せの返球がショートバウンドになって捕手が捕れない、遠投競争みたいなダイレクトスローが捕手のはるか頭上を通過……ハイレベルと言われるチームでよく目撃する幼い「ラフプレー」がない。

「なんのためのシートノックなのか」を理解している選手たちの“実戦”に直結した直前練習だ。

0対2…東大優勢で後半へ

 ブルペンで投球練習をする先発の井澤駿介投手。

 その名に聞き覚えがあった。札幌南高の頃、当地では「好投手」の1人に挙げられていた右腕だ。180cm80kg、均整のとれた長身、オーバーハンドから投げ下ろすボディバランスが光る。

 両サイドに構えたミットにピシピシきめて、投げ損じがめったにない。

 こりゃあ、東芝も苦労するぞと思ったら、案の定、5回まで東大の先発・井澤駿介投手が3安打無失点に抑えて、東大・安田拓光の2点タイムリーで先制。2対0で試合後半にもつれ込んだ。

東大版「いい匂いのする捕手」

 その「東京大学」の中に“逸材”を見つけた。

 捕手・松岡泰希(3年・174cm76kg・右投右打・東京都市大付)…ディフェンス能力にかけては、東京六大学の他校のレギュラーマスクと比べても全く遜色なしの、なんとも「いい匂いのする捕手」なのだ。

 シートノック前、先発の井澤投手と遠投するダグアウト前の姿に、強烈に惹きつけられた。

 遠投のボールだから、上下左右にいくらかはブレる。そのボールの「捕球点」をひとつひとつきっちり決めて、ミットを止めて捕球する。ミットを流して捕らないから、重量感のある捕球音だ。この捕球音が、試合前のどこか不安な投手の心情を鼓舞し勇気づける。まさに「キャッチャー」である。

 スローイングもいい。

 軸足(右足)の足首がクルッとひっくり返って、スパイクの足の裏が見える。甲が地面に付いたままなかなか離れないから、その間は指先からボールが離れず、リリースでものすごく指先のかかりがいい。投手でいえば、「球持ちがいい」というやつだ。

 7分の力感ぐらいで、送球がスルスルと伸びていくように見えて、二塁ベースの上にポンと乗せられる本物の「強肩」。東京六大学では、3、4年前の早稲田大学・小藤翼捕手(日大三、現・JR東日本)が、ちょうどこんなふうな、品の良いスローイングを見せてくれていた。

 キャッチャーズボックスでミットを構える姿は、全身が丸いミットそのもののように見える。いい匂いが漂う。見るからに、投手が投げやすそうな捕手だ。

 ホームベースの両端ではなく、バッターボックスの縦のラインでミットを構えるような、大胆で意図のはっきりした所作は、投げる投手の意識を間違いなく“決然”とさせる。

 あまりにも堂に入った仕事ぶりだから、てっきり最上級生かと思ったら、この春から「3年生」と気づいて、また驚いた。

 でも、そのほうがよい。もっと上手くなれる時間が、もう2年ある。

9回まで東大2対0のままだったが……

 そのうち東芝も怒るだろう……と思いながら、いつの間にか、東大2対0とリードのままに、試合は最終回に進んでいた。

 よもや、と思ったあたりから、試合の流れが変わった。内野ゴロで東芝が1点を返すと、東大は「受け」にまわってしまった。

 1点リードをなんとか守らなくちゃ……マウンド上の投手が硬直する。押し出しが2つ続いて、東芝が土壇場で逆転し、試合が終わった。

 結果は敗戦でも、社会人野球の猛者たちを最後は真っ青にさせた。守った野手にエラーはなく、東芝打線を8回まで無失点に抑えた井澤駿介、小宗創(4年・177cm78kg・左投左打・私立武蔵)両投手に続く頼もしい「3人目」、「4人目」が名乗りを挙げてくれば、リーグ戦でも互角以上に闘えるチームだ。

 能力に秀でた個人が結集した強いチームではないが、日頃からよい練習を積み重ねているチーム。今日の東大の闘いぶりを見て、そんな印象を得た。

 よい練習とは何か? 何を成すための練習なのか、何ができるようにするための練習なのか…それを具体的に、人に語って聞かせられるほど理解した練習なのではないか。

 10年近く前になろうか、母校・早稲田大学野球部がリーグ戦で5位に甘んじた時、「東京六大学で“5位”とは最下位を意味する」と、年長のOBからたくさんのお叱りがあったと聞いている。

 東京大学野球部にとっては、こんなに失礼な認識もないと思うが、他の5大学と力量差があまりに開き過ぎた時、「時代は、すでに“東京五大学”ではないのか」……そんな議論が巻き起こらねばよいがと「東京六大学」を愛する者として、心配になりもする。

 東京大学野球部台頭の兆しが見えたこの試合、自分がお世話になった大学ではないのに、すごく嬉しかったのは、どうしてだろうか。東京六大学春のリーグ戦は4月10日、いつものように神宮球場で開幕を迎える。

文=安倍昌彦

photograph by Sankei Shimbun