長谷部誠と鎌田大地が所属するアイントラハト・フランクフルトは、27試合を消化した今季ブンデスリーガで4位と好位置につけている。前節5位ドルトムントとの直接対決を制したことにより、上位4クラブに与えられる欧州チャンピオンズリーグの出場権獲得がかなり現実味を帯びてきた。

鎌田と長谷部は安定してチームに貢献している©Getty Images

 2018年にはドイツカップでバイエルンを下して優勝し、翌19年はヨーロッパリーグで準決勝に進出するなど、ここ最近のフランクフルトの躍進は目覚ましい。しかし、ほんの5年前には2部降格ギリギリまで落ち込んだこともある。

 当時1部16位でシーズンを終えたフランクフルトは、2部3位ニュルンベルクとの入れ替え戦に臨んで、2試合合計2−1でなんとか残留を果たすことができた。多くの関係者はほっとしたことだろう。だが、そこでクラブの立ち位置を見誤ってしまうと、それ以降の舵取りはうまくいかない。

大きかったボビッチの代表取締役就任

 自分たちは何ができて、何が足りなくて、今後どこを目指すのか――。現実を直視せず、自らを過大評価することで転落していくクラブも少なくない。

 そんななかフランクフルトがしっかりと立て直し、上昇気流に乗ることができた理由はどこにあったのだろうか?

 様々な要因があるなか、とりわけフレディ・ボビッチの代表取締役就任は大きかったと思われる。彼はクラブが掲げるフィロソフィーを明確なものとするためのプロジェクトに取り組み、全スタッフが同じ方向を向いて力を発揮できるベース作りに尽力したのだ。

ニコ・コバチ(右)と談笑するボビッチ取締役©Getty Images

「クラブにとって、このチャレンジは特別なことだった。それまでそうしたことに大きなメスを入れたことがなかったからだ。我々は確かな競争力のあるクラブになりたかった。そのためにはクラブ内スタッフで知識を獲得し、明確な役割を作り上げ、リーグのなかで戦いきれる競争力を高めていくことが重要だった」

 改革を進めるなか、ボビッチは補強選手の獲得指針も整理した。可能な限り安価で選手を獲得し、可能な限り高値で売却するというのはどこのクラブでも考えることだが、具体的にどんな選手を狙えばいいのかを明確にした。

引き出しの奥底で眠っている選手を探している

 才能を高く評価されながら、なかなか実力を発揮できず、他クラブで一度ないし何度かうまくいかずに「失格」の烙印を押された選手たちに着目したのだ。

「我々はポテンシャルを秘めた選手、引き出しの奥底で眠っている選手を探しているんだ。誰もが注目するような大きな引き出しを開けたりはしない。クラブとしての将来像を作り上げるためにも、そうした選手を獲得し、クラブで成長を促して、数年後に高値で売れるサイクルを作り出さなければならない」(ボビッチ)

 選手を成長に導くためには、正しいプランとそれを実践できる指揮官が必要不可欠だ。そうした意味で前任者のニコ・コバチ監督、そして現在のアドルフ・ヒュッター監督は、ともに殻を破れない選手のポテンシャルを信じ、辛抱強く支え、その才能を引き出す力に長けている。そこには、同じ哲学がある。

クラブ全体が「再生工場」として機能している

 クラブ全体が「再生工場」として機能していると言えるかもしれない。

 例えば、フィリップ・コスティッチはハンブルガーSVでは思うようなプレーができずにブーイングを浴びることが多かったが、現在の躍動感は群を抜いている。

 ルカ・ヨビッチは2017年にベンフィカからレンタル移籍で加入。その費用は、わずか20万ユーロだった。2200万ユーロで正式獲得に至ったが、2年後にR・マドリーへ移籍した際は6300万ユーロとなっていた。

 今季加入のアミン・ユネスはナポリでベンチ生活を送っていた。レンタル費用は100万ユーロだが、公式戦21試合で4得点をマークし、ドイツ代表に復帰している。ボビッチがチームに来て以降、フランクフルトの選手市場総額は約3倍に跳ね上がったという。

 2016年は総額7200万ユーロだったが、現在は総額2億400万ユーロだ。

 もちろん、獲得した選手のみんながみんな、すぐに期待通りの活躍をするわけではない。そうした際はレンタル移籍をうまく利用する。鎌田は、まさに最大級の成功例だ。

 移籍初年度は出場機会がほとんどなかったが、ベルギーリーグのシント・トロイデンでゴールを量産。フランクフルトへ復帰後はヒュッター監督の信頼を勝ち取り、今やチーム躍進に欠かせない選手にまで成長している。

「レンタル移籍で経験を積ませれば、こうした成果が見られるとイメージしていたのか」という記者の質問に対して、ボビッチ取締役は次のように答えている。

「うちではプレー時間が少なく成長機会を得られないので、外国や他クラブへレンタルで出して、その機会を作ってもらい、成長して帰ってきてもらう。そう考えていなかったら、そもそも移籍の段階で売却しているよ(笑)」

 その選手にどのような環境が必要で、どのような成長段階が大切で、そのためにできることを考える。言葉にすれば当たり前のことかもしれないが、それを正しく遂行することの難しさは、僕らにもよくわかる。

選手スカウティングでは『SAP』を活用

 フランクフルトは、どのように選手をスカウティングしているのだろうか。

 まず、ドイツ『SAP』社が開発したソフトウェアを使用したデータバンクを持っている。世界中のあらゆる逸材のデータが詰まっており、常に更新されているという。ブルーノ・ヒュブナーSDは「世界中のどんなタレントもチェックすることができるプログラムだ」と話していた。

 もちろん、移籍時期に限っての対応ではなく、来るべきときに備えて常日頃から準備しているところも注目だ。ヨビッチに関しては16歳の頃からチェックリストに名前が入っており、ユヌスは「3年前から獲得を画策していた。今回はそのタイミングが来たということだ」とヒュブナーが明かしている。

 また、ボビッチには自身のキャリアで築き上げてきた優れたネットワークがある。R・マドリーのスポーツディレクターとは関係良好。シュツットガルト時代のチームメイトであるバラコフからは、ブルガリア選手の情報を逐一もらっているという。そのうえ中国、日本、アメリカ、南米にも密なネットワークがある。まさにワールドワイドだ。

「シーズン前に市場を調べるんだ。どこに移籍金0の選手がいるのか。チームにはどんなタイプの選手が足らないのか。分析して終わりではなく、スカウトして、ネットワークに情報を飛ばす。監督には監督ならではのアイディアもある。それぞれのネットワークからこれはと思う選手を出し合い、チームにとって本当に必要な選手にアプローチするという流れで行っている」(ヒュブナー)

 そんなフランクフルトにとって気がかりなのは、今季終了後にそのボビッチがヘルタ・ベルリンの新しいプロジェクトに参加するためクラブを去ることが予想されていることだ。ヒュブナーSDも契約満了で辞めることが決まっている。

 さらに、ヒュッター監督にはボルシアMG移籍の噂も出てきている。これまで重要な役割を担っていた人材が抜け、そこから一気に崩れることも予想される。

選手発掘のキーマンと契約延長

 しかし、スカウトチーフを務めるベン・マンガとの契約延長に成功したのは大きい。契約は2026年6月30日まで。インターナショナルに幅広く密なネットワークを築いているマンガは、いわばボビッチの右腕で、選手発掘におけるキーマンである。

「ベンはクラブの成功に大きく寄与している。タレントを嗅ぎ分ける嗅覚は素晴らしいし、その観察眼はとても優れている。契約延長はクラブの将来に向けて力強いサインとなる。彼の引き抜きに動いていたトップクラブもあったのだから」(ボビッチ)

 今回の契約延長により、マンガは今後スカウトチーフと同時にチームメイクマネジャーとしても関わることになる。

「クラブはこの数年間で多くのポジティブな面を証明できたし、大事なベースを構築することができた。クラブがさらに成長していく可能性を感じているし、これからもフランクフルトファミリーの一員でいられることをとても幸せに思う。クラブフィロソフィーに100%のアイデンティティを感じているんだ。仕事環境もトップレベルに整備されている。契約を延長した何よりの理由はそこにある。このクラブには、成功に満ちた将来に向けての重要な条件が揃っている」(マンガ)

 もしボビッチが去ることになっても、ボビッチが中心となって築き上げられたベースは残るのだ。新しい人材が新しい風を吹かせても、クラブの哲学やビジョンは変わらない。新世代を生き抜くために、クラブとしてのバージョンアップに成功したフランクフルトの今後から目が離せない。

文=中野吉之伴

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