サッカー元日本代表の鈴木啓太氏が社長を務める腸内環境解析ベンチャーのAuBが2021年2月、古巣の浦和レッズとアカデミー強化を目的としたパートナー契約を締結した。契約内容は、21年から23年までの3シーズン、専用特設ECサイト(浦和レッズパートナーシッププロジェクト)を通じて購入したサプリメントの売り上げ10%をアカデミーの強化費等に充てるというもの。
 なぜ、支援するのか、なぜ、アカデミーの強化費なのか。将来は浦和レッズの経営に関わりたい――。そう語る鈴木氏が思い描くクラブと地域の理想的な関係性と街づくりのビジョンとは? FC今治の岡田武史氏や鹿島アントラーズの小泉文明氏との交流、さらにリカルド・ロドリゲス体制となった現チームの印象もうかがった。

――引退する際、「ビジネスの世界で頑張って、10年後にはレッズに戻りたい」とおっしゃっていましたが、今回の支援はその第一歩という位置づけでしょうか?

「なんらかの形でレッズに戻りたいという思いをずっと持っていて、想像していたよりも早く関係を持てたと思います。これまで浦和レッズのフロントの方々やファン、サポーターの方々とコミュニケーションを取るなかで、クラブと地域との関係性において、自分にやれることがあるんじゃないかと感じて。僕は今、ビジネスをやっているので、チームの強化という点では貢献できることは少ないけれど、パートナー企業とクラブ、地域コミュニティとクラブの関係において、力になれると思ったんです。弊社の商品をご購入いただくことが、ファン、サポーター、地域の方々の健康に繋がり、それが育成という形でクラブの強化にも繋がる。そういう形でクラブと地域を繋げたいということでスタートしました」

サポーターから「啓太、何やってるの?」って(笑)。

――起業されて5年目。ビジネスが軌道に乗り始めたひとつの成果と言えますか?

「まだまだではありますけれど(笑)。浦和レッズのファン、サポーターの方々から『啓太、何やってるの?』ってよく言われていて(笑)。ありがたいことに『現場のスタッフとして戻ってきてほしい』とも。ただ、僕自身は指導者としてのキャリアを思い描いてこなかった。だから、指導者ライセンスも一切取っていない。でも、違った形で関係性を持てて、まだまだ最初の一歩ではあるんですけど、ファン、サポーターの方々に『啓太も頑張ってるんだな』と思ってもらえる機会を作れたのは良かったと思います」

引退試合ではサポーターと思いを共有した©Getty Images

――なぜ、「アカデミーの強化費」なのでしょうか?

「やっぱり育成って、クラブの根幹だと思うんです。アカデミーで育った選手たちが未来のトップチームを支えていくわけですが、一方で、プロサッカークラブってエンターテインメントであり、街のコミュニティ作りのアイコンだと思うんです。その地域に認められるには、そこで暮らす方々に『自分たちのクラブ』だと思ってもらわないといけない。そう考えると、教育も重要な要素。Jクラブにはアカデミーがありますよね。そこで教えるのはサッカーだけじゃないと僕は思っているんです」

プロ選手を育てる前に、いち社会人として

――浦和レッズのアカデミー出身者が社会に出て、いろいろな分野で活躍してほしいと?

「そうなんです。プロ選手を育てる前に、いち社会人として、どういう人材を育てられるのか。当然、全員がトップチームに昇格できるわけではない。大学に進学した選手が卒業後、社会のいろいろな分野で活躍する。そんな人材を育てられるアカデミーになってほしいなと。子どもたちが『レッズではサッカーに限らず、いろいろなことを学んだな』と思えるような。そんなアカデミーを持てたら、地域において浦和レッズの価値がさらに高まるはず。浦和レッズのアカデミーで育った子どもたちが街の財産になる。だからこそ僕は育成には非常に興味があります。そういったところまで含めて、有効にお金を使っていただけたら嬉しいですね」

――「クラブの強化に役立てます」というのではなく、「育成に役立てます」と用途がはっきりしているのはいいですね。

「例えば、ファン、サポーターの方々がグッズを購入しますよね。もしかしたら、その代金の一部もアカデミーの強化に回っているかもしれないけれど、分からないじゃないですか。でも、今回の形なら、自分の購入代金の一部がアカデミーの子どもたちの育成に使われるんだと明確に分かる。そうすることで、ファン、サポーター、地域の方々が『自分たちもアカデミーの選手たちを育てている』と感じられる。そういう形を作りたかったんです」

会社を経営して分かったこと

――ホームタウンの各団体や浦和レッズのパートナー企業に向けて、「腸活」に関する講演会も計画しているそうですね。

「僕自身、会社を経営するようになって、従業員の健康がすごく気になるようになったし、一般企業においても、もっと気を使わなきゃいけないと思います。『健康経営』という言葉が浸透してきましたけれど、果たして実際のところはどうなのか。業務に追われて、そこまで手が回っていないことも多いのではないかと。そこで、浦和レッズを支えている各団体、応援している企業に対しても、貢献できることがあると思ったんです。僕たちは今、人の健康に大きく関わる腸内細菌の分野で日々、研究しているので、その話をさせていただければ、従業員の方々の健康に貢献できる。『腸内細菌って、聞き馴染みがないと思いますが、実はこんなにも健康に関わっているんですよ』って。浦和レッズを介して、パートナー企業や各団体と繋がれたらいいし、互いに学ぶ場になればいいなと思っています」

ファン、サポーターが多いほど……

現在はコロナ禍で応援は制限されているが、浦和と言えば熱狂的な空間こそアイデンティティだ©Takuya Sugiyama

――クラブへの恩返し、貢献というだけでなく、ホームタウン、街づくりという大きな視野で捉えられていることが伝わってきます。

「僕が考えているのは、浦和レッズというサッカークラブより、ファン、サポーターなんですよ。引退試合のときに『クラブは誰のものかと言えば、ファン、サポーターのものだ』と言ったのは本音で、クラブはファン、サポーターがいなければ成り立たない。ファン、サポーターが多ければ多いほど、クラブの価値は上がる。なぜなら、そこに、地域の方々の喜びがあり、情熱があり、思いがあるから。そう考えると、僕はレッズに育ててもらったわけですけど、あのファン、サポーターに育ててもらったんだと。だから、チームの強化は専門の方々に任せて、僕はクラブとファン、サポーターを繋げたり、その地域の方々が幸せになる、元気になる、その地域において、浦和レッズの価値が上がることをやりたいんです。もっと大きな観点で言うと、日本中が元気になるとか、日本中で次世代のアスリートが育つような環境づくりもしたいので、まずは浦和レッズとスタートしましたけど、サッカー界全体、スポーツ界全体に広げていきたいという思いもあります」

引退時、10年後にレッズに戻りたいと言っていたが

――引退されるとき、「10年後にレッズに復帰したい」とおっしゃっていましたが、その10年後まであと5年。思い描く青写真はありますか?

2007年、ACL優勝時の鈴木啓太©Takuya Sugiyama

「将来、浦和レッズの経営に関わりたいという夢があるんですけど、まだまだ勉強不足。ビジネスの世界に飛び込んで、外の世界を知れば知るほど、簡単じゃないなと強く感じています。サッカークラブが持つポテンシャルを引き出すために、まだまだ勉強の身だなと。サッカークラブは、その街のセンターピンであるべきだと思ってるんです。例えば、浦和レッズが何かアクションを起こすことによって、その街のいろいろな分野に影響を与えていく。そういう力がスポーツにはある。僕が今やっているヘルスケアの領域はほんの一部であって、浦和レッズというクラブが地域でさらに価値あるものになるためには、スポーツビジネスだけでなく、エンターテインメント、教育、IT、地域コミュニティ、飲食の分野などに、もっともっと精通しなければいけない」

岡田さんが「街づくりだ」とおっしゃっていて

――世の中のことをよく知っていなければ、スポーツクラブを地域の方々の生活に生かすことなんてできないと。

「だから、ある種、政治と同じくらいの視座で考えなきゃいけないと思うんです。例えば、浦和レッズというクラブが飲食をやりますと。それはとても魅力的なことだけど、地域にも飲食を生業とする方々がいるわけで、大切なのは共生すること、共に生きることだと思います。アカデミーを通して教育分野に乗り出すとしても、地域にある学校や塾などと連携しながら、子どもたちを育てていくとか。共生してこそ街づくりに繋がっていく」

――クラブ経営と街づくりの両方に乗り出しているのが、元日本代表監督で、現FC今治会長の岡田武史さんです。鈴木さんも交流があるそうですね。

「岡田さんが『街づくりだ』とおっしゃっていて、僕自身も漠然と考えていることなので、自分の力でやり始めている岡田さんの行動力やバイタリティは尊敬します。岡田さんが『すごく大変だ』と言ってもがき苦しむ姿も見せていただきながら、僕自身も学んでいるところです。今治は街の規模で言えば、動きやすさがあると思うんですよ。さすがにさいたま市を動かすのは簡単じゃないですが、それでも、浦和レッズがこうするんだと示すことが大事だと思うんですよね。サッカークラブの経営=街づくりだという考えは、メルカリの小泉文明さん(株式会社メルカリ取締役会長、 株式会社鹿島アントラーズFC代表取締役社長)もそうですよね」

FC今治の経営に携わる岡田氏からも知見を得ているという©Getty Images

小泉さんもジーコスピリットに従っている

――小泉さんのメルカリは鹿島アントラーズのスポンサーからスタートして、クラブを買収しました。小泉さんとも交流があるそうですね。

「小泉さんはまず、サッカーが好きで、鹿島のサポーターだったという思いがスタートにあって。あれだけの企業の社長をされていた方が退任して会長になり、そこまでサッカークラブに入れ込むんだと驚きました。買収しても、誰かに任せることもできるじゃないですか。でも、自ら経営するのが凄い。それに鹿島の経営規模って、メルカリからしたら、そんなに大きくない。でも、サッカークラブにはそれだけの魅力があるということだと思います。実際、小泉さんも『街をつくるんだ』とおっしゃっていますから。僕が感銘を受けたのは、その小泉さんも鹿島のルールに従うこと。ジーコスピリットに従うわけですよ。それって凄いなと思うんです」

――郷に入れば郷に従うと。

「だから、ファン、サポーターの方々が置いてけぼりにならない。根幹となるものは変えず、その土台の上に新しいものを取り入れていく。例えば、新しいテクノロジーを入れて、地域を活性化させて街づくりをしていく。さらに言えば、地域の個人商店の方々がコロナ禍で困っている状況だから、鹿島のプラットフォームに乗せて全国から購入してもらえるようにするとか。まさに自分が考えていることを、もう実践されている。本当に刺激になります」

リカルド体制、阿部についてはどう見ている?

リカルド新体制の浦和は、徐々に勝ち点を積み上げている©AFLO SPORT

――では最後に、経営者・鈴木啓太さんではなく、レッズサポーターの鈴木啓太さんにうかがいます。今季の浦和レッズをどうご覧になっていますか。

「3年計画を掲げて2年目に入ったわけですけど、進捗具合から言えば、遅れていると思います。本来なら昨年1年間でベースを作って、2年目の今年はさらに積み上げていくシーズンだったはずですけど、昨年は、いろいろなことを精査した1年だったのかなと。だから、僕には昨年がゼロ、今年が1年目、来年が2年目のように感じます。実際、監督も代わりましたから。ただ、今季から就任したリカルド(・ロドリゲス)監督のスタイル、ボールを動かして主導権を握るサッカーの色はすでに見えてきていますし、小泉(佳穂)選手とか、明本(考浩)選手とか、新加入で活躍し始めている選手もいますし、もともといた選手で生き生きとプレーしている選手もいる。本当に、ここからだなと。一方、浦和レッズというクラブが求められているものを考えれば、長い時間は待てない、という現実もある。我慢も必要ですけど、それなりのスピードで結果を出していかないといけないかなと思います」

――会社経営で忙しいと思いますが、浦和レッズの試合はチェックされていますか?

「もちろんですよ、パートナーですから(笑)。いや、本当にファンとして見ています。開幕戦のFC東京戦はすごく良かったですよね。トレーニングマッチもチェックしていたので序盤戦は厳しいかなと思っていたら、いつの間にか完成度が上がったなと。ただ、対策されるとうまく対応できなかったりする場面は見受けられますよね。(4節の横浜F・)マリノス戦はやりたいことを相手にやられて、レベルが2つくらい違ったなと。評価しにくい段階ではあります。始まったばかりですし、選手が全員揃っているわけでもないので。チームの得点源だった(興梠)慎三が本調子になれば変わってくると思います。慎三はこの7、8年にわたって大黒柱として活躍している。期待せずにはいられないですね。阿部(勇樹)が元気な姿を見せているのも嬉しいし、槙野(智章)もディフェンスリーダーとしてチームを引っ張ってくれている。新外国人選手も含めて、全員が揃ったときにどう変わるのか、楽しみです」

彼が出ることはチームにとって本当にプラス

――同級生の阿部選手は開幕スタメンを掴むなど、J1出場通算23シーズン目となる歴代最多記録を樹立しました。

「彼が持っている経験やチームへの貢献は、すごく大きいと思うんですよね。試合に出ていなくても、普段の姿勢から学ぶところはたくさんあると思うけれど、試合に出ている、出ていないというところで彼自身のメンタリティにも大きく作用する。そういう意味でも、彼が試合に出ることは、チームにとって本当にプラスになると思います。彼が再びピッチの中で存在感を出せるコンディションにあることが嬉しいですし、リカルド監督がキャプテンに任命して、スタメンで起用したのもすごく嬉しいことでしたね」

<記事内でご紹介しきれなかった写真があります。関連記事よりぜひご覧ください>

文=飯尾篤史

photograph by Kiichi Matsumoto