トロント・ラプターズで2ウェイ契約選手としてシーズンを過ごしている渡邊雄太は、あるジレンマに直面していた。

「正直、そこは本当に難しいところで……」と渡邊は認める。

 渡邊がラプターズのヘッドコーチ、ニック・ナースから評価されていることのひとつに、ミスが少ないことがある。ターンオーバーや無駄なファウルが少なく、オフェンスでもディフェンスでもチームの決まりごとを守り、手を抜くことなく、堅実なプレーができる。その信頼は、様々な戦術を駆使するナースHCのシステムにおいてはとても大事なことだ。

 特にディフェンスでは、同じ試合の中でマンツーマンからゾーン、時にボックスワンやオールコートのトラップディフェンスなど、何種類もの守り方を切り替えながら戦うこともある。今、どのディフェンスで守っているのか、その中での自分の役割が何なのかを理解し、ミスすることなく実行できる能力は、ラプターズの選手にとって必要不可欠な部分で、渡邊がラプターズのロスターに残ることができた大きな理由だった。

 実際、渡邊のそういった持ち味が認められ、1月下旬には、主力選手が故障していたなかではあったものの、ローテーション入りして堅実なプレーでチームに貢献していた時期もあった。

ローテーションを外れた渡邊

 しかし、フル戦力が揃った状態でもローテーションに定着し、さらには来季以降もNBAで生き延びていくには、それだけでは不十分だった。2月から3月にかけてプレータイムが減り、ローテーションを外れたことにも、それは表れていた。もうひとつ上のレベルを目指して、殻を破る必要があったのだ。

 そこに、渡邊のジレンマがあった。

「僕ぐらいの立場だと、やっぱりひとつのミスだとか、ひとつの悪いシュートで交代させられるというケースが今までもけっこうありましたし、それで交代させられると、もう、その試合は出番が回ってこないこともけっこうあった。

 ただ、それを怖がって無難なプレー、無難なプレーをしていると、それはそれでマイナスになっちゃう。正直、すごく難しい状況ではあるんですけれど……。ただ、だからシュートに行くからには決めなきゃいけない立場ですし、アグレッシブに行くならシュートを決めるだけでなく、パスをしっかり出したりだとか、しっかりリングに向かってプレッシャーをかけてディフェンスを引き寄せ、チームメイトに繋げるだとか、そういうことが要求されてくる。

 正直難しいところではあるんですけれど、それをやらないと次にはつながらないので。そこは今、自分がもうちょっとやっていかなきゃいけない部分かなというふうには思います」

 何度も「難しい状況」「難しいところ」と繰り返したように、渡邊自身、何度も悩み、考えてきたことのようだった。「思い切りよく」「アグレッシブに」と言葉で言うのは簡単だが、その結果、出場時間が短くなったり、試合に出られないといったことを経験すると、自分が確実にできる仕事に専念したくなるものだ。渡邊のようにぎりぎりの立場の選手だと、なおさらだ。

アグレッシブに攻める姿勢

 ナースHCは、かねてから渡邊のディフェンスやリバウンドを評価する一方で、オフェンス面ではシーズン序盤からさらなる成長を求めていた。開幕前に渡邊がロスター入りしたときにも「試合経験を積むことでオフェンスでも成長することを期待している」と言っていた。

 といっても、エース級の得点を期待しているわけではない。ただ、チームとしてのオフェンスが機能するためには、最低限、相手のディフェンスから手を抜かれないだけのアグレッシブさや、決定力があるところは見せる必要があった。

 3ポイントラインの外でパスを受けたときに、シュートを打つことに躊躇があることがわかると、立っていることが脅威にならなくなる。インサイドに攻め込んだときに、自分でシュートを打つ気がなさそうだったら、ディフェンスにとっては守りやすい相手になる。アグレッシブに攻める姿勢があるからこそ、そこから出すパスも生きてくる。

 選手として成長するため、ひとつステップアップするためには、無難なプレーばかりしているわけにはいかない。成長したところを見せないと居場所がなくなるのが、NBAの世界なのだ。

 4月上旬、渡邊のプレーについて聞かれたナースHCは、ディフェンスやリバウンド、ハッスルプレーなどを称賛した後で、「オフェンス面ではまだ十分な成長が見られていない」とコメントした。

「3ポイントのフォームはいいものを持っているので、もっと打ち、もっと決めてほしい」

 3ポイントシュートは、渡邊自身も、NBAロスターに定着するために必要だとあげていたスキルだ。最低ラインとして40%以上の確率で決めなくてはいけないとまで言っていた。実際、1月には13試合出場し、3ポイントシュートを24本中12本、つまり50%の高確率で決めていた。しかし、2月と3月は出場した計15試合で3ポイントシュートを合計11本しか打たず、決めたのはわずか1本。いくら出場時間が短くても、これは消極的すぎると言われてもしかたない。

ナースHCからも積極的な攻撃参加を求められた ©︎Getty Images

 そのことは、渡邊自身もよくわかっていた。

 4月8日、約1カ月ぶりにオンライン会見に出てきた渡邊に3ポイントシュートを打つことに対する躊躇について聞くと、こんな返事が戻ってきた。

「もっと自信をもって、打つべきところは打っていかなきゃいけないなと思います」

 ただ、この時にはすでにトンネルの先の光が見えてきていたのか、続けて、こうも言った。

「今、ちょっと確率は落ちていますけれど、そこに関してはあまり心配はしていません。練習ではよく決まっていますし、きょうもいい感じで打って決められました(4月8日のブルズ戦では、約1カ月ぶりに3ポイントシュートを決めた)。前の試合も、タッチ自体は別にそんなに悪くなかった。そこをしっかり打ちきれて、決めきれるようになれば、もっともっとプレータイムももらえるようになると思いますし、本当にもっといろんな部分で信頼されるようになると思う。そこは精神的にもうひとつ自分が強くならなきゃいけない部分かなとは思います」

 3ポイントシュートのほかに、渡邊はもうひとつ、乗り越えなくてはいけない課題に取り組んでいた。ゴール近くの得点力だ。

「僕にはまだリングまわりのフィニッシュ力がないんで、その部分は重点的に練習した」と語る。

 その面でも、最近になって練習の成果を少しずつ試合で出せるようになってきた。

 たとえば4月2日のウォリアーズ戦では、渡邊自身が覚えている限りではNBAの試合中に初めて『アンドワン』(ファウルされながらシュートを決めるプレー)を決めることができた。4月6日のレイカーズ戦では、トランジションでユーロステップからダンクを決めたりもした。思い切りの良さを表すようにダンクの数も増えていて、今シーズンのダンク合計7本のうち5本が4月に入ってからの6試合で決めたもの。また、同じ6試合ではゴール下の制限区域内のシュートを16本打ち、14本決めているのだ。

 そして、それに引っ張られるように、3ポイントシュートも思い切りよく打つようになった。4月8日のブルズ戦で約1カ月ぶりに3ポイントシュートを決めた後、4月10日のキャブズ戦で2本打って2本、4月11日のニックス戦では4本中2本を決めている。

10日キャブス戦で3ポイントシュートを決める渡邊©︎Getty Images

ベンチ登録50試合に到達

 11日のニックス戦は、渡邊にとってひとつの節目となった試合だった。今季、ベンチ登録された50試合目だったのだ。当初、今シーズンの2ウェイ契約の試合登録上限とされていた試合数だ。コロナ禍でルール変更となり、2ウェイ契約のままでプレイオフを含めてシーズン最後まで試合に出ることができるようになったため、本契約に切り替える必要はなくなったが、契約は変わらなくても、51試合目からはサラリー面ではNBA本契約と同じだけの額をもらえる。

 NBA3年目にして、契約面で次の段階に入った渡邊。コート上でも、殻を破り、ひとつ上の段階に進もうとしている。

文=宮地陽子

photograph by USA TODAY Sports/Reuters/AFLO